先日、以下「補足:地方債の発行について」(以下、「補足」)という文書が、ツイッターを通じて、「宇都宮けんじ 広報」というアカウントから拡散されました。筆者自身は、この「補足」に書かれていることを、選挙戦で超多忙な宇都宮けんじ候補は承知しておらず、宇都宮陣営のスタッフの意見と考えていますが、ここに誤解をとくためのコメントをいたします。正確な引用のために、まずコピーを転載します(ホームページで同じものを見つけることができませんので、ツイッターからコピーしたものを用いています)。
なお、この文書は筆者の見解であり、山本太郎候補とは一切関係ありません。
出典: 宇都宮けんじ広報アカウントからのTwitter、2020年7月2日、午後9:29
[宇都宮陣営] 結論: 「コロナ感染症を都が災害に指定し、災害対策のための地方債を10兆円以上発行して、対策に宛てる」ことは、現行法のもとでは実現困難。
[コメント] まず、もし現行法のもとで実現可能であれば「コロナ感染症を都が災害に指定し、災害対策のための地方債を10兆円以上発行して、対策に宛て」、人々を救うような経済政策を実施しようと考えるか、否か、ということが候補者には問われます。そしてこれは実現困難なものではありません。以下、詳細に説明します。
[宇都宮陣営] 理由①: 将来世代への大きな負担になる。地方自治体には通貨発行権がないため、結局これらの地方債は将来の都民の税金によって返済するしかなく、未来世代に大きな負担を課すことになります。地方債は補充的に用いるべきものです。
[コメント] 地方自治体には通貨発行権がない、ということは周知のことです。逆にいえば中央政府には通貨発行権があるため、国債発行(国債という名前のついた貨幣の発行)は必ずしも、将来世代の負担にはならなりません。それに対して、通貨のユーザーである自治体にとっては、地方債は返済が必要の借金です。
とはいえ、宇都宮陣営のように、地方債は負担だが、基金の取り崩しは負担にならないと考えるのは誤りです。地方債発行と基金の取り崩しは、同じ金額であれば、自治体の純資産を減らし、将来の「いざという時」の資金を逼迫させます。その意味で「未来世代に大きな負担」という意味では大差がありません。差があるとすれば、借入金利と預金金利の差額だけです。
経済の回復と成長こそが、将来の税収を生みます。例えば山本太郎氏の案では、都債は30年で償還することを想定しています。その税金の大部分を収めるのは主に「未来世代」ではなく、今の苦境から回復した、現在生きている都民の方々です。現在困窮している若者が、結婚・出産・子育てができなくなれば、生まれてくる「未来世代」が減ってしまいます。現在の危機を、どの程度の危機と捉えているかについては、宇都宮候補と山本太郎候補の間に差異はないはずです。今こそ、地方債をメインの財源として、積極的な財政支出を行うべき時です。
[宇都宮陣営] 理由②: 実現するためには法改正が必要。時間がかかり、迅速な救済ができない。4月28日の衆院予算委員会で、新型コロナ担当の西村康稔経済再生相は「(内閣)法制局と早速相談したが、(新型コロナを)災害救助法の災害と読むのは難しいという判断だ」と説明。従って、総務省の同意を得て、災害給付のために起債することは絶望的であり、その実現のためには法改正が必要です。つまり、この提案はただちに実現する政策ではないのです。
[コメント] 4月28日の衆院予算委員会で、西村経済再生相が上記のように答えたのは、枝野幸男・立憲民主党代表が、新型コロナに対して災害救助法の「災害」を適用すべきだと訴えたからです。従って、立憲民主党なども「災害」を適用できるという認識だと判断できます。また、防衛省・自衛隊はコロナウィルスに対する「災害派遣」を行っているとしています。これは、コロナを「災害」と見なしているという事実に他なりません。内閣法制局の公式見解も、必ずしも明らかにされているわけではありません。
<参考>
朝日新聞2020年4月28日
https://www.asahi.com/articles/ASN4X41B5N4XUTFK014.html
防衛省・自衛隊「新型コロナウイルスの感染拡大防止に向けた取組」
https://www.mod.go.jp/j/approach/defense/saigai/2020/covid/index.html
[宇都宮陣営] 理由③:建設債でない起債は認められていない。「総務省が20兆円の起債を認めた」とされていますが、それはあくまで東京都の財政状況からみた起債限度のことを述べているだけであり、建設債でないコロナ対策についての起債を総務省が認めているわけではありません。
[コメント] 災害対策としての起債は認められています。山本太郎氏の政策では、国が災害指定しない場合にも、東京都として「災害(異常な自然現象)」とみなし、都債を発行するとしています。
(参考: 山本太郎東京都知事候補特設サイトhttps://taro-yamamoto.tokyo/policy/2-2)
総務省「地方債の協議制度について」より引用
宇都宮陣営の「補足」の下部にある「さらに補足」でも説明されているように、総務大臣の許可や同意がたとえ得られなくても、自治体は自らの責任で「同意のない地方債(不同意債)」を発行することができます(右図「地方債協議制度のしくみ」を参照)。山本太郎氏は、最終的な手段としてこの不同意債を想定していますので、この「理由③」の批判は全く当たりません。
もちろん不同意債は今後の税収から償還してゆくものです。東京都の財政状況からみて20兆円程度の起債が可能であることは、宇都宮陣営も「理由③」で認めたことになります。山本太郎氏は、安全のために最大限でも15兆円として、コロナが収束すれば、もっと小さくなる可能性もあると言っています。
ところで、宇都宮陣営の「起債限度」というのは正式な用語でしょうか?どのような定義なのでしょうか? 地方公共団体の財政の健全化に関する法律(以下、財政健全化法)では、財政の健全化が求められる「財政健全化団体」、財政の再生が求められる「財政再生団体」に分類される基準があります(表「早期健全化基準と財政再生基準」参照)。また「起債許可制度」のもとでは、実質赤字比率が2.5%以上、実質公債費比率が18%以上となっれば、今後の起債の際に総務大臣の許可が必要になります(総務省「地方債の協議制度について」を参照)。そこで、ここでは「実質赤字比率」と「実質公債費比率」を検討します。
表:早期健全化基準と財政再生基準
出典: 総務省『地方財政の状況』令和2年3月、p. 資173
■実質赤字比率:東京都の場合、早期健全化基準は5.54%、起債許可制度の基準は2.5%
東京都の「平成30年度 財政状況資料集」によれば、東京都の実質「黒字」比率は、実質収支3408億円、標準財政規模3兆8242億円より、割り算によって、プラス8.9%程度となります。
財政健全化団体となる基準は、実質赤字比率が5.54%ということです。これは、実質収支の赤字額でいうと2118億円です(38242×0.0554≒2118)。ですから「余裕」は5526億円ということになります(3408+2118=5526)。起債許可制度の基準は2.5%ですから、これは実質収支の赤字額で956億円です(38242×2.5≒956)。ですから「余裕」は4364億円となります(3408+956=4364)。
10年債で15兆円を借りて、2回借り換えて30年で完済する場合を想定します。毎年0.15%の金利を払う場合を想定します(参考として、一般財団法人地方債協会の資料によれば、2020年5月に発行された地方債10年債の金利は0.096~0.131%です、http://www.chihousai.or.jp/11/03_02.html)。この時、毎年の元金返済額は5000億円、毎年の利払いは225億円ですから、毎年の国債費の増分は合計5225億円となります。これは、起債許可制度の「余裕」である4364億円より大きくなりますが、早期健全化基準に基づく余裕5526億円には収まります。
■実質公債費比率: 早期健全化基準は25%、起債許可制度の基準は18%
東京都の「平成30年度 財政状況資料集」によれば、平成30年度の実質公債費比率は単年度で1.3%です。これは全都道府県で最も低い値です。かりに、上記と同様の条件で15兆円の都債を発行した場合で、元利償還金が5225億円増えた場合でも、実質公債費比率は18%を下回り、16.1%にとどまります。これは、現在の大阪府よりも低い値です。
表: 実質公債費比率の試算
単位:千円 |
平成30年度 |
都債15兆円 |
|
分子 |
元利償還金(5225億円の増加) |
111,531,116 |
634,031,116 |
|
準元利償還金 |
420,282,774 |
420,282,774 |
|
194,187,770 |
194,187,770 |
|
|
元利償還金・準元利償還金に係る基準財政需要額参入額 |
290,322,813 |
290,322,813 |
分母 |
標準財政規模 |
3,824,151,838 |
3,824,151,838 |
|
元利償還金・準元利償還金に係る基準財政需要額参入額 |
290,322,813 |
290,322,813 |
実質公債費比率 |
1.3% |
16.1% |
資料: 東京都の「平成30年度 財政状況資料集」に基づき作成
注: 実質公債費比率1.3%は単年度の値。過去3年間の平均は1.5%
[宇都宮陣営]
さらに補足①:地方公共団体が国・総務省と協議し、同意を得られなかった場合は「地方議会に報告」後に「同意のない地方債」として発行できますが、都議会で多数の賛成が得られると思えません。
さらに補足②:東京都が国と議会の同意を得ないで地方債を発行するという最後の手段はあり得ます。しかし、そのような起債に全国の他の自治体や地方債を引き受ける金融機関の理解が得られるとは思えず、このような方法で資金調達ができるか疑問です。
[コメント] 地方財政法第五条三の9を参照すると、都議会に対して必要なのは「報告」です。賛成が得られなければ都債が発行できないわけではありません。また、金融機関がこの都債を購入するかどうかについては、現在、日本の金融機関等は350兆円もの超過準備を、ほとんど金利が得られないにも関わらず日銀に預けたままにしています(参考:日本銀行「業態別の日銀当座預金残高」2020年6月16日)。しかも、東京都の起債に応じる15兆円程度の資金について言えば、準備預金にはゼロかマイナスの金利が適用されています。ですから、それよりも良い条件であれば、かならず買い手がつくと考えられます。
参考: 地方財政法第五条三の9
地方公共団体が、第一項の規定による協議の上、総務大臣又は都道府県知事の同意を得ないで、地方債を起こし、又は起こそうとし、若しくは起こした地方債の起債の方法、利率若しくは償還の方法を変更しようとする場合には、当該地方公共団体の長は、その旨をあらかじめ議会に報告しなければならない。ただし、地方公共団体の長において特に緊急を要するため議会を招集する時間的余裕がないことが明らかであると認める場合その他政令で定める場合には、当該地方公共団体が、当該同意を得ないで、地方債を起こし、又は起こそうとし、若しくは起こした地方債の起債の方法、利率若しくは償還の方法を変更した後に、次の会議においてその旨を議会に報告することをもつて足りる。