朴勝俊 Park SeungJoonのブログ

反緊縮経済・環境経済・政策に関する雑文 

エコノメイト・マクロ計量モデルで消費税減税を試してみた

先日、念願の「エコノメイト・マクロ計量モデル」を入手した。これは過去30年以上の実績があり、販売元の湘南エコノメトリクスが膨大なデータファイルと計量モデルのアップデートを続けてこられているものだ。今回入手したのは基本システムと、マクロ経済モデル&データ2019年版である。

マクロ経済モデルは内生変数の数が106個の、中規模の標準的なマクロ計量モデルで、主に国民経済計算(GDP統計)の主要データをモデル化したものである。2019年版は、2017年までのデータを用いてモデル推計が行われている。政策変更の影響が見たければ、外生変数を変更すれば、簡単にシミュレーションが行える。

 

今回は手始めに(モデル使用の練習として)、デフォルトのモデルをそのまま用いて、消費税率の変更の影響を見てみた。シミュレーション期間は2018年から2025年で、消費税率は以下のように設定する:

 

1.ベースライン: 2018年は8%、2019年は9%として、あとは10%とする

2.シナリオ1: シミュレーション期間を通じて8%を維持する

3.シナリオ2: 2018年は8%、2019年は9%、2020年は10%として、
2021年以降は0%とする。

 

 これを実行したところ、以下のような結果となった。

 

f:id:ParkSeungJoon:20200904174733p:plain

 

 実質GDPは、ベースラインと比べて、シナリオ1で僅かに高まり、シナリオ2では大幅に高まる(2025年で、ベースライン比6.5%増)。

 

f:id:ParkSeungJoon:20200904174821p:plain

 

 物価は、ベースラインではデフレーションが予測されていることが分かる。これと比べて、シナリオ1では僅かに高まり、シナリオ2では大幅に高まる(2025年で、ベースライン比17.1%増)。また、シナリオ1では物価安定目標値の年率2%上昇に至らない(2020年から2025年までの年平均で0.6%)。それに対して、シナリオ2では物価安定目標を超えてしまう(同、年平均で3.0%)。消費税減税によって、デフレスパイラルが引き起こされるということはなさそうである。

 

f:id:ParkSeungJoon:20200904174839p:plain

 

 税収合計は、消費税減税にもかかわらず、シナリオ1、2ともに最終的にはベースラインを上回る。景気回復によって税収が増えるということである。ただし、この税収の金額は(マニュアル等に明記されていないが)おそらく名目であるので、実質額としても増加しているかどうかについては注意が必要である。

 

 ここまでの結果報告は、入手できたマクロ計量モデルを試しに使ってみた、というだけのもので、読者の皆さんはこれを参考とするにとどめ、何らかの論拠として活用するようなことは控えていただくようお願いしたい。

 今後はエコノメイト・マクロ計量モデルの推計式をより丹念に読み込んで、その構造に関する理解を深めるとともに、独自のモデルを構築してシミュレーションを行うことが課題である。

 

実質GDP

10億円(実質)

     

 

BASE

シナリオ1

シナリオ2

1対BASE増

2対BASE増

2018

535,594

535,594

535,594

0.0%

0.0%

2019

540,123

541,463

540,123

0.2%

0.0%

2020

544,100

547,723

544,100

0.7%

0.0%

2021

548,257

553,418

561,596

0.9%

2.4%

2022

552,618

558,842

575,343

1.1%

4.1%

2023

556,939

563,978

585,501

1.3%

5.1%

2024

561,432

569,160

594,522

1.4%

5.9%

2025

565,313

573,621

602,109

1.5%

6.5%

           

物価指数(GDPデフレータ)

     

 

BASE

シナリオ1

シナリオ2

1対BASE増

2対BASE増

2018

102.8

102.8

102.8

0.0%

0.0%

2019

103.0

103.2

103.0

0.2%

0.0%

2020

102.6

103.4

102.6

0.7%

0.0%

2021

102.0

103.6

103.8

1.5%

1.8%

2022

101.5

104.0

106.9

2.4%

5.3%

2023

101.3

104.6

110.8

3.2%

9.3%

2024

101.4

105.4

114.8

3.9%

13.3%

2025

101.8

106.5

119.3

4.6%

17.1%

           

税収合計

10億円(名目?)

     

 

BASE

シナリオ1

シナリオ2

1対BASE増

2対BASE増

2018

95,210

95,210

95,210

0.0%

0.0%

2019

97,637

96,782

97,637

-0.9%

0.0%

2020

99,870

98,375

99,870

-1.5%

0.0%

2021

100,347

99,595

91,256

-0.7%

-9.1%

2022

100,636

100,982

93,054

0.3%

-7.5%

2023

101,074

102,565

97,988

1.5%

-3.1%

2024

101,768

104,338

103,867

2.5%

2.1%

2025

102,811

106,359

110,098

3.5%

7.1%

【動画】国の借金を返すとおカネが消える-池上彰さんの「国の借金1100兆円」にこたえて


【みんなのおカネの紙芝居シリーズ 第一弾】「国の借金を返すとおカネが消える-池上彰さんの「国の借金1100兆円」にこたえて」v3 朴勝俊

 

池上彰さんは「国の借金が1100兆円」などと間違った事実を拡散しています。彼の説明がわかりやすいのは、これまでの「常識」に合致しているからです。しかし、お金や経済の真相は「常識」では捉えられないのです。
正しい経済の仕組みを短時間で分かり易く解説します。

 

※v3では、スライド19(14:07~15:50)をv2からさらに発展させました。他にもご意見を受けて、若干の修正を加えています。

 

※Prof Nemuroという方がこの動画をよくご覧になって批判的に検討して下さったようです。お忙しいなかのご対応を感謝します。

note.com

 

ご批判の点は、主に以下の3点のようです。


(1)明治初期の紙幣の話が「事実と異なる」
(2)財政支出国債発行のプロセスが「現実とは異なる」、「民間銀行と中央銀行は人々(民間非銀行部門)⇄政府のカネのやり取りを仲介しただけでおカネは生まれていない」
(3)「税金を取って、国債を返す(償還する)って、いいこと?」と論じているが、「おカネは納税者から国債保有者に移転しただけで全体では減っていない」

 

(1) については、そもそも明治初期(ごく初期)の紙幣の話が「たとえ話」であることは明白だった思っていたのですが、「事実の記述」と見なして批判をいただくことがあることが分かりましたので、「たとえ話」だと明言することとします。事実を知りたい方は、Prof Nemuroさんのご解説、および以下の拙ブログを参考になさってください。
https://parkseungjoon.hatenadiary.com/entry/2020/07/14/142008
 いずれにせよ、第1期と第2期(明治2年9月まで)で支出の大部分が政府紙幣でまかなわれたことは、Prof Nemuroが示して下さった図からも明白です。また彼は、それ以降に政府が地租などの税金をとっていることが「安定財源の確保である」としていますが、これは解釈の相違に過ぎません。

 

(2)と(3)につきましては、Prof Nemuroさんは民間の金融部門ではなく、非金融部門(一般企業や人々)が引き受ける国債(個人向け国債等)を例に出して、国債発行による政府支出でお金が増えないこと、徴税による国債償還でおカネが減らないことを論じていますが、非金融部門が買う国債なら、そうなることは当たり前です。金融部門が保有する国債の場合は私の説明が当たります。Nemuroさんが引用した文に「この国債市中銀行が引受けた場合には、銀行の対政府信用創造が行われるわけで、・・・・・・MS総量は市中銀行国債引受け分だけ増えることになる。これが個人・企業等非銀行による国債引受けのケースとの決定的な違い」とある通りで、むしろ私の説明の正しさを補完して下さっています。
 動画では、金融機関が購入する国債についてしか論じていませんが、それは初学者のためにお話をシンプルにするために、非銀行が保有する国債を捨象しているためです。ちなみに、日本銀行国債等の保有者別内訳(令和2年3月末(速報))」を見ると、国債約1033兆円のうち、日銀47.2%、銀行等14.4%、生損保等21.1%、公的年金3.9%、年金基金3.1%、海外7.7%、家計1.3%、その他1.0%、一般政府0.3%となっています。

 

 いずれにせよ、Prof Nemuroさんには、理解を深めるきっかけを与えてくださって改めて感謝を申し上げます。

消費税・付加価値税の負担と国の幸福度には何の関係もない:OECD諸国データ分析による簡易な考察

■ はじめに

 消費税の増税に賛成する人々の中には、消費税が高い北欧諸国の幸福度が高いことを論拠にする人がいる。そうした考えを代表する論考のひとつが、井手英策教授の「全国民に批判されても、僕が「消費税を上げるべきだ」と叫ぶ理由」(現代ビジネス、2018.11.27)であろう。井手教授は「なぜ、税がとても高いことで知られる北欧の国ぐには、日本よりも経済成長率が高く、所得格差が小さく、社会への信頼度や幸福度が断然高いのだろうか」、「ひとつの提案をしたい。それは、消費税を軸として、みなが税で痛みを分かち合う一方で、子育て、教育、医療、介護、障がい者福祉といったベーシックなサービスを、無償ですべての人に提供するというアイデアだ。端的にいおう。もし消費税を7%強あげられれば、そんな社会は実現可能だ」と論じている。

 これは消費税の増税が、社会保障の充実を可能とし、幸福度の高い社会の実現に寄与する、という考え方である。消費税増税に賛成する人の多くは、このような考え方をとっていると考えられる。Twitterで「幸福度 消費税」というキーワードで検索すると、幸福度の高い北欧諸国は消費税も高いとする書き込みを、多く見つけることができる。

 だがこれは本当だろうか。留意すべきは以下の2点である。

(1)日本で消費税増税が行われた場合、社会保障の充実に使われるとは限らず、幸福度にはつながらないかもしれない。特に、財政破綻論を懸念する政治家が、消費税から得られた税収を誤って国債残高を減らすために使う場合は、そのようになると考えられる[1]。

(2)社会保障の財源は、消費税に限らず、他の税によるものでもよいし、デフレ脱却が完了していない状況では、貨幣発行(見た目は赤字国債発行)でもかまわない。

本稿が目的とするのは、上記2点の議論の掘り下げではない。北欧諸国等から得られた、消費税が高い国ほど幸福度が高いという観測が、より一般に先進国(OECD諸国)に当てはまるかを確認するものである。幸福度を被説明変数、消費税の負担を説明変数の一つとして回帰分析を行い、消費税が高い国ほど幸福度が高いとは言えないことを示す。

 

■ 方法論

 各国の人々の幸福度と、付加価値税(消費税)の負担との関係を、重回帰分析を用いて明らかにする。その際、各国の幸福度と女性議員比率の間に統計的に有意な関係があることを示した長谷川羽衣子&ひとびとの経済政策研究会(2018)と同様の手法とデータを用いる(データは本稿の末尾に示す)。OECD加盟国34カ国(付加価値税のない米国は除く)の幸福度、付加価値税の負担、経済的豊かさ、女性の活躍度に関する代理変数を用いている。

 代理変数として、幸福度(Yi)については世界幸福度報告(World Happiness Report 2017、WHR)より2014~2016年の値を、経済的豊かさ(X1i)については国際通貨基金IMFによる一人当たりGDP(PPP$単位)の2016年の値を、女性の活躍度(X2i)については列国議会同盟(Inter Parliamentary Union、IPU)による2017年の女性議員比率(%)を、さらに付加価値税(消費税)の負担(X3i)については経済協力開発機構(OECD)のデータベースより付加価値税収対GDP比の2017年の値を、それぞれ用いている。付加価値税率が高い国でも、軽減税率等で実質的な負担を低くしている国も多いので、付加価値税収対GDP比は、税率そのものよりも適切な変数と考えられる。

 推定に用いる回帰式は 

Yi0+β1X1i+β2X2i+β3X3ii

である。iは国番号であり、εiは誤差項であり、β0~β3がパラメタ(定数や係数)である。β3=0という帰無仮説が棄却されなければ、付加価値税の負担が高くなっても幸福度は高まらない、すなわち付加価値税と幸福度は無関係である、という議論を否定できないことになる。

 

■ 分析結果

 末尾のデータを用いてYと、X1、X2、X3それぞれの散布図を描くと、以下のようになる。YとX1、YとX2の間には明確な正の相関が見られるが、YとX3(付加価値税負担)の間の相関関係はほぼゼロである。ただし、YとXの相関が見られなくても、重回帰分析にかけて他の説明変数の影響を制御してみると、相関が現れることがあるので注意が必要である。そうした分析をこの後ただちに行う。

 

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さらに、各変数の相関係数をとると下表のとおりである。

 

幸福度

一人あたりGDP(PPP$)

女性議員
比率(%)

付加価値税
GDP

幸福度(Y)

1.000

     

一人あたりGDP(PPP$)(X1)

0.565

1.000

   

女性議員比率(%) (X2)

0.566

0.258

1.000

 

付加価値税収対GDP比 (X3)

-0.035

-0.176

0.222

1.000

 

 説明変数(X1~X3)の間の相関係数は低く、多重共線性(互いに相関の強い変数を入れると正確な推定ができなくなること)の懸念はない。

 これらのデータについて重回帰分析を行った結果が次のとおりである。

Yi*=4.860+0.199 X1i+0.036 X2i-0.025 X3i
      (0.000)   (0.003)      (0.002)       (0.644)
  括弧内はP値、補正済み決定係数0.462

 括弧内の値は各係数のP値であるが、この値が示すのは、端的に言えばパラメタの真の値がゼロであるという帰無仮説が当たっていそうな確率である。その判断基準として有意水準が用いられる。0.1が甘い基準、0.05が通常の基準、0.01が厳しい基準であり、そうした値をP値が下回っていれば、そのパラメタは「有意にゼロではない」と判断する。

 だとすれば、定数β0と係数β1およびβ2は、厳しい判断基準を用いても有意にゼロではないことが分かる。

 X1iの係数推定値0.199は、一人あたりGDPが1万ドル(約107万円)上昇すると幸福度が1段階上がること、すなわち幸福度を1段階上げるためには5.03万ドル(約538万円)増加せねばならないことを示唆している。X2iの係数推定値0.036は、女性議員比率が1%上昇すれば幸福度が0.036上昇すること、すなわち幸福度を1段階上げるためには女性議員比率が約28%高まれば良いことを示唆する。1段階の幸福度は大まかにいって日本と、ドイツやベルギーとの差である、経済的豊かさだけで日本がドイツに追いつくためにはGDPを倍以上にせねばならない(これはほぼ不可能である)のに対し、女性議員比率を高めることは選挙制度の改正(女性議員割当制など)で実現可能と考えられる。

 さて、問題の付加価値税負担であるが、この係数はP値が0.644(64.4%)となっていることが分かる。つまり、この係数の真の値がゼロであるという帰無仮説が妥当である可能性が64.4%ということである。従って、ここではマイナス0.025という値は意味をもたず、付加価値税負担が重くなることと幸福度には、何の関係もないと結論づけられる。

 

■ 結論

 本稿の簡易な分析が明らかにしたのは、OECD諸国の幸福度データについてみれば、付加価値税(消費税)の負担と幸福度には何の関係もないということである。本稿の考察外であるが、もし、社会保障の充実が幸福度を高めるのであれば、各国は主に付加価値税以外の財源でそれを行っているのであろう。その財源は社会保障負担でも他の税でもかまわないし、国債という名の貨幣発行でもかまわないのである。消費税で社会保障を充実させようと考えている人々は、しっかりと消費税を目的税化して「借金返済」など他の用途に使われないようにせねばならない。

 

★注釈

[1] 消費税は法律上も社会保障の財源とされているが、特別会計を作って特定財源化されている分けではないので、実際に社会保障に使われたかを確認することができない(参考:梅田英治(2018)「消費税の「社会保障目的税化」「社会保障財源化」の検討」『大阪経大論集』69(2)、2018.7)。また、立憲民主党の公式の政策ではないが、「立憲パートナーズ社会構想研究会」というグループが、齊藤誠教授(一橋大学)の意見として「1世紀かけて借金返済」を「まっとうで立憲らしい」政策と謳っている(参考:立憲パートナーズ社会構想研究会「第一次政策提言書スライド版」(スライド76)、https://www.slideshare.net/ssuser51024a/20181225-178662021)。ひとびとの経済政策研究会は、税で国債を償還しても、おカネが世の中から消えるだけなのでやってはならないと論じている(ひとびとの経済政策研究会(2020)「世界でも特異な国債60年償還ルールは廃止が当然」https://economicpolicy.jp/2020/02/25/1191/

[2]  長谷川羽衣子&ひとびとの経済政策研究会(2018)「女性議員比率と社会の幸福度に関する計量分析」2018年1月27日、https://economicpolicy.jp/2018/01/28/1031/

 

★データ

順位

国名

幸福度

一人あたりGDP(PPP万$)

女性議員比率(%)

付加価値税収対GDP比(%)

1

ノルウェー

7.537

6.9249

41.4

8.6

2

デンマーク

7.522

4.7985

37.4

9.5

3

アイスランド

7.504

4.9136

38.1

8.9

4

スイス

7.494

5.9561

32.5

3.4

5

フィンランド

7.469

4.2165

42

9.1

6

オランダ

7.377

5.1049

36

6.8

7

カナダ

7.316

4.6437

26.3

4.5

8

ニュージーランド

7.314

3.7294

38.3

9.7

9

スウェーデン

7.284

4.9836

43.6

9.3

10

オーストラリア

7.284

4.8899

28.7

3.5

11

イスラエル

7.213

3.5179

27.5

7.4

12

オーストリア

7.006

4.8005

34.4

7.7

14

アイルランド

6.977

6.9231

22.2

4.4

15

ドイツ

6.951

4.8111

30.7

6.9

16

ベルギー

6.891

4.5047

38

6.8

17

ルクセンブルク

6.863

10.4003

28.3

6.2

18

イギリス

6.714

4.2481

32

6.9

19

チリ

6.652

2.4113

15.8

8.4

20

チェコ

6.609

3.3232

22

7.7

21

メキシコ

6.578

1.8938

42.6

3.7

22

フランス

6.442

4.2314

39

7

23

スペイン

6.403

3.6416

39.1

6.4

24

スロバキア

6.098

3.1339

20

7

25

ポーランド

5.973

2.7764

28

7.8

26

イタリア

5.964

3.6833

31

6.2

27

日本

5.92

4.1275

10.1

4.1

28

ラトビア

5.85

2.5710

16

8

29

大韓民国

5.838

3.7740

17

4.3

30

スロベニア

5.758

3.2085

36.7

8.1

31

エストニア

5.611

2.9313

26.7

9.1

32

トルコ

5.5

2.4912

14.6

5

33

ハンガリー

5.324

2.7482

10.1

9.5

34

ギリシャ

5.227

2.6669

18.3

8.1

35

ポルトガル

5.195

2.8933

34.8

8.6

出典:Inter Parliamentary Union (IPU) http://archive.ipu.org/wmn e/classif arc.htm

World Happiness Report (WHR) http://worldhappiness.report/

International Monetary fund (IMF) World Economic Outlook Database, April 2017

http://www.imf.org/external/pubs/ft/weo/2017/01/weodata/index.aspx

 

OECD.Stat, Global Revenue Statistics Database, 5111 VAT (% of GDP)

 

 

 

PCR検査の「正確さ」入門

 日本のPCR検査数(人口比)は、4月末に先進国で最下位レベルと指摘され[1]、7月末には世界で159位と[2]、アフリカ諸国よりも少ないです。その理由は、マスコミ等でPCR検査の「不正確さ」が宣伝され[3]、それによって、検査を増やさない政策が正当化されてきたからです。ここでは、PCR検査の「精度」についてやさしく学び、虚偽の宣伝に騙されないようにしたいと思います。筆者は医療の専門家ではありませんので、専門の文献や専門家等のブログを参考に、この記事を書いています。

 

■ よくあるウソの数値例

 PCR検査の拡充に批判的な人々がよく持ち出すウソの数値例があります。例えば、朝日新聞科学コーディネーターの高橋真理子氏は、次のように書いています。「感染者が正しく陽性と判定される「感度」は70%程度といわれる。もっと低いという説もあるが、ここでは70%と見ることにしよう。一方、非感染者が正しく陰性と判定される「特異度」は高い。これを99%と仮定して、1億人に検査した場合にどうなるかを見てみよう。感染者の数はわからないのだが、100万人いると仮定してみる」。こんな例を挙げて、検査を拡大すべきではないという議論をしているわけです[4]。政府専門家会議のメンバーが中心になって作られているコロナ専門家有志の会でさえ、同様の数値例を用いて議論しています[5]。これは、どこがウソなのでしょうか? それを理解するためには、ここに出てくる「感度」や「特異度」といった用語を、正確に知っておく必要があります。難しいことはありません、以下の2×2表が分かれば、簡単に理解できます。

 

表1 2×2表

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 まずa~dには人数が入り、その合計はNとなります。次に、感染(i=infected)と非感染(n=non-infected)は、対内にウィルスがいるかどうかを意味しています。感染者数はNiでa+c、非感染者数はNnでb+dとなります。さらに、陽性(+=positive)と陰性(-=negative)とは検査の結果です。陽性者数N+はa+b、陰性者数はN-はc+dです。

 高橋氏の数値例だと、以下のようになります。1億人のうち感染者数は100万人、そのうち陽性と正しく判定されるのは70万人です。非感染者数は9900万人ですが、そのうち正しく陰性と判定されるのは9801万人で、99万人は間違って陽性と判定されることになります。

 

表2 高橋真理子氏の数値例

f:id:ParkSeungJoon:20200807122340p:plain

 ここで、高橋氏が使った用語を含めて、必要な用語を数値とともに表3のように定義しましょう。すると、高橋氏の数値例では、陽性と判定された169人のうち、本当の陽性は70人(41.42%)しかいません(表3の陽性的中率41.42%を参照)。有病率が1%のように非常に低い場合、こういうことがよく起こります。また、非感染の9900人のうち99人(1%)が非感染なのに陽性となります(表3の偽(にせ)陽性1%を参照)。さらには、感染者100人のうち30人(30%)が、感染しているのに陰性となります(表3の偽(にせ)陰性30%を参照)。これらの数字が意味するところは、お分かりいただけましたでしょうか。

 ちなみに、ここで偽陽性をあえて「にせ陽性」とよんでいるのは、「擬陽性」と区別するためです[6]。「擬陽性」はツベルクリン反応検査などで陽性とも陰性とも言い切れない状態を意味します。

 

表3 用語の定義と数値

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 この事から、PCR検査拡大反対論者は、感度が70%しかない正確さにかけるPCR検査を広めると、偽陽性の患者が殺到して医療崩壊が起こるし、偽陰性の患者が安心して動き回ってウィルスを拡散させる、などと主張しているわけです。

 そんなことにはなりません。なぜそう言えるのか? 彼らが当てはめている数字が事実に反するからです。

 

■ 事実に即した数値例

 そもそもPCR検査そのものの特異度は100%、偽陽性は0%です。

PCR検査は妊娠検査薬などとはわけが違います。体の中にウィルスがいることを確認する、確定診断の検査なのです。言わば、産婦人科のお医者さんが、女性のおなかの中に胎児がいることを確認するのと同じです。なぜなら、体内からウィルスが見つかったから陽性なのに、感染していないということはありえないからです。検査機械が別の人のウィルスに汚染されていたとか、他の人の検体と間違えたとかいうことがごくまれに起これば、わずかに偽陽性が発生することがあり得ます(特異度が下がります)。しかし、100回に1回の割合でそんなミスが起こると考えるのは、日本の医療現場をバカにしすぎではないでしょうか。

 感度70%はどうでしょうか? 日本疫学会のHPでは、「PCR検査の感度は?についての結論ですが、PCR検査の感度については、PCR検査自体以外の要因の影響が大きいこともあり、一概に感度は何パーセントであると言い切れないのが実情です。あえて、Kucirkaらの結果から感度を示すとすると、感染から8日目(症状発現の3日後)に偽陰性割合が最も低くなり、その値が、20% (95%信頼区間:12% ― 30%)となることから、感度として一番よい値になるのが、感染から8日目(症状発現の3日後)の80%(95%信頼区間:70%-88%)となります」と書かれています[7]。つまり、感染からの日数なので感度が変わるので、幅をもって考えましょうということですから、仮に70%とすることも、そうおかしいことではなさそうです。また、感染者の7割を陽性判定できるというのは、必ずしも低いとは言えません。さらに感度を上げたければ、検体を2つ3つに増やすとか、検査を2回3回と繰り返せばよいのです。感度70%(偽陰性率30%)の検査を2回行うと、2回とも偽陰性になる確率は9%に減り、感度は91%に上がります(1-0.3×0.3)。3回繰り返すと、3回とも偽陰性になる確率は2.7%ですから、感度は97.3%になるわけです。とはいえ本稿では、感度70%のまま話を続けましょう。

 有病率については、現時点で分からないことが多いので、あくまで仮定として1%を想定しつつ、実例に応じて調整することとします。

 要するに、高橋氏らが設定した有病率、感度、特異度のうち、特異度だけを99%から100%変更して検討を進めます。これだけで、結果が大きく変わります。表4は、特異度を100%にした場合の2×2表です。これは、偽陽性がゼロになることを意味し、医療崩壊の懸念はなくなります。

 

表4 特異度を100%にした場合の2×2票

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 実際には機器の汚染や患者の検体の取り違えがごくまれに起こって、特異度が100%より少し低くなるかもしれません。そのような場合についても計算し、表5に整理しました。1億人に検査しても、特異度が99.9999%(9が6個)なら偽陽性は99人、特異度が99.999999%(9が8個)なら1人しか出ません。特異度の妥当な値については、次節で検討します。

 

表5 1億人に検査をした場合の偽陽性の人数と特異度の関係

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■ Jリーグの検査報告とてらし合わせると?

 Jリーグの第3回公式検査の結果が7月24日に出されました。3299人が検査を受けて、この時点では全員の陰性が確認されたということです[8]。そして、24日の検査で1人の感染(38.0度の熱や頭痛の症状あり)が見つかり、25日に報道されました[9]。ここでは、この合計3300人について、表6のようにまとめます。このような結果と整合性がとれる、現実の特異度や有病率はいくらでしょうか?

 

表6 Jリーグ7月の検査結果

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表7 Jリーグ7月の検査人数に感度70%と特異度99%、有病率1%を与えた場合

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 高橋氏の仮説例のように、感度70%と特異度99%、そして有病率1%を設定すると、表7の数字になります。この場合、陽性者は56人も出なければなりません。これは実際の検査結果から大きくはずれています。特異度99%、有病率1%はあり得ません。表6と同じ数字が再現できるのは、特異度99.99%以上、有病率が0.03%か0.04%の場合だけです(人数の小数第一位を四捨五入)。

 

■ 結論

 PCR検査の特異度が99%と低いことは、実際のJリーグの検査結果と照らし合わせてもあり得ません。ですから、PCR検査を拡充することによって、偽陽性患者が増えて医療崩壊するということはあり得ません。感度が70%の場合、当然のことながら偽陰性患者が30%発生することになりますが、複数の検体をとったり、繰り返し検査を行うことによって感度を90%以上に高めることができます。大量の偽陰性患者が動き回るということも、誇張された主張でしょう。現実には、検査さえ受けられない人々が、生きるために動き回らざるを得ない状況を考えれば、なおさらです。検査を増やさないという選択肢はあり得ません。

 

■ 付記

本稿の数値計算を自動化するために、簡単なExcelシートを作成しました(添付)。表7の黄色いセルに数値を入力すれば、あとのセルは自動的に計算されるようになっています。例えばJリーグの事例は、人数3300人、有病率0.03%、感度70.00%以上、特異度99.99%以上と設定すれば、1人の感染者が出ることが分かります(陽性・陰性の的中率は、四捨五入された整数ではなく、四捨五入前の小数の数値に基づいて計算されていますので、ご注意ください)。

今回は、国内外で報告されている数々の検査結果を十分に検討できませんでしたが、検査総数と陰性・陽性の数が分かれば、同じような分析が可能です。ご活用ください。

 

表8 PCR検査の正確さ分析Excelシート

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 PCR検査の正確さ分析ExcelシートはこちらからDLして頂けます↓

drive.google.com

 

 

参考文献

[1] 高橋浩祐(2020.4.30)「新型コロナ、日本のPCR検査数はOECD加盟国36カ国中35位。世界と比べても際立つ少なさ」YAHOO! JAPANニュース
https://news.yahoo.co.jp/byline/takahashikosuke/20200430-00176176/

[2] 新聞赤旗(2020.7.30)「検査数「159位」の衝撃 人口比 日本、アフリカ諸国より低く」
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik20/2020-07-30/2020073003_03_1.html

[3] 例えばTBSテレビ「ひるおび」2020/6/1で、発症日前後の陽性判定率の違いを示した米国の研究を紹介しつつ「症状のない人も広く検査すべきだとの声もあるが、PCR検査だけでは感染の特定に非効率で今後慎重論も出そうだ」というミスリーディングなコメントが流されたことや、朝日新聞科学コーディネーターの高橋真理子氏が出した「コロナ「全国民検査」は無意味である」というタイトルの記事が「Dr. Tairaのブログ」(2020.6.1)で紹介され、批判されています。このブログ記事は、本稿を書く上でおおいに参考にさせていただきました。御礼申し上げます。

https://rplroseus.hatenablog.com/entry/2020/06/01/203148

[4] 高橋真理子(2020.6.1)「コロナ「全国民検査」は無意味である 検査結果は曖昧、それでも知りたい必然性がある人だけ受けるべきもの」『論座

https://webronza.asahi.com/science/articles/2020052900006.html?page=2

[5] コロナ専門家有志の会(2020.5.14)「国が承認した「抗原検査」ってどんなもの?」
https://note.stopcovid19.jp/n/n39ce45e14481

[6] 名取宏(2020.5.12)「「擬陽性(擬陽性)」と「偽陽性」は違います」BLOGOS

[7] 日本疫学会(2020)「新型コロナウイルス感染予防対策についてのQ&A」日本疫学会・新型コロナウイルス関連情報特設サイト

[8] サッカーダイジェストWeb編集部(2020.7.24)「Jリーグ、第3回公式PCR検査の最終結果を報告。3299件すべての陰性を確認」
https://news.goo.ne.jp/article/soccerdigestweb/sports/soccerdigestweb-76740.html

[9] Jニュース(2020.7.25)「DF宮原に新型コロナウイルス感染症の陽性反応【名古屋」

https://www.jleague.jp/news/article/17454

[10] 分析の参考にしたのは、牧田寛(2020.7.28)「日本医師会にも棄却された「検査をすると患者が増える」エセ医療・エセ科学デマゴギー」ハーバー・ビジネス・オンライン
https://hbol.jp/224656

 

太政官札の発行・流通・廃止の経緯 『明治財政史 12巻 通貨(2)、銀行(1)』から学ぶ

2020.6.24

解説・要約:朴勝俊

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https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=11895319

 

■ 解説

 太政官札(だじょうかんさつ)は明治元年(1868年)に、新政府によって発行された政府紙幣です(ちなみに太政官は現在の総理大臣に相当する役職です)。それまでの小判とは異なる紙切れであって、政府は金などとの交換(兌換)を約束することで、その価値を保証していたわけではありません。そのため現在では、すぐに政府が太政官札を乱発して、ひどいインフレを引き起こしたと、つまり太政官札は失敗の歴史だと信じている人が少なくありません。

 しかし実際には、西南戦争が起こる明治11年頃までは物価は安定し、むしろ下落傾向にあったことが知られています。戊辰戦争(1868年1月~5月)のあとは若干の物価上昇が見られたものの、明治10年の物価水準は明治元年よりも8%低く、その前年の慶応3年(1867年)に比べると18%も低かったということです。新政府が、慶応3年末から明治2年9月にかけて行った財政支出は、戊辰戦争の戦費も含む5129万円でしたが、そのうち実に4800万円を「太政官札」の発行でまかなっていました(丹羽2005;廣宮2013、pp.95-96)。

 常識的に考えると、こんなことをすると激しいインフレにつながると想像されますが、どうして物価が安定していたのでしょうか。

 昨年あたりから日本で広く知られるようになった現代貨幣理論(MMT)では、「租税が貨幣を動かす」ということが言われます。紙幣であっても、その貨幣単位(当時は両)で税額を定め、その紙幣で税を納めるようにさせれば、人々は紙幣が必要になり、その流通が促進され、価値が保たれる、ということです。そこで筆者(朴)は、明治政府発足当時の税制を調べると、太政官札が流通するようになった経緯が明らかになると考え、1905年にまとめられた『明治財政史 12巻』(明治財政史編纂会編 1905)を紐解きました。

 その結果、明らかになったのは、どうも「税さえ課せば貨幣が簡単に流通する」というような話ではなさそうだ、ということです。紙幣を金と交換する者を処罰したり、小判の使用を禁じたり、地方政府に金と引き換えに紙幣を受け入れさせたり、色々なことが行われました。しかし明治2年5月ごろには、早くも太政官札の廃止が予定され、発行高も3250万両に制限されることとなりました。

 1871年明治4年)には金の裏付けのある新紙幣との交換が始まり(新貨条例)、政府紙幣は1879年(明治12年)ごろまでかかって回収されていきます。1873年明治6年)の地租改正で、日本も本格的な徴税システムを導入するのですが、それよりも早くに、廃止されることとなったのです。

 以下の資料では明治元年~2年に関する記述の要点を、現代文で読みやすく記しました(厳密な現代語訳ではありません、原典は財務総合政策研究所のHPで読むことができます)。この資料を見ていただけると、新政府の人たちが新貨幣を流通させるためにいかに苦労し、課税でだけでなく、いかに様々な策を凝らしたがよく分かるのではないかと思います。貨幣論を研究する方々にも、最近になってこの分野に興味をもつようになった方々にも、お役立ていただけたら幸いです。

 

■ 資料:『明治財政史 12巻 通貨(2)、銀行(1)』(pp.14-22)

明治元年(1868年)

[明治元年2月の]発行後、金札(太政官札)に慣れないのと、政府の信用が固くないことで、流通は困難となり、価値は正貨(小判等)に比べて著しく低かった(三都でも金札100両=正貨40両)。

6月20日、政府は打歩引換(金札を割り引いて正貨と引き換えること)を厳禁した。それでも効果はなかった。

9月23日の布告で、租税その他、一切の諸上納に金札を用いることを命じた。それでも十分な効果はなかった(これは、少しは効果があったという意味か)。その後もいろんな方策をとったが、金札は正貨より2割ほど安かったという。いろんな方策とは、禁令者の処罰等である。

12月4日の御沙汰では、金札の時価通用を認めた。
12月24日の御沙汰では、諸上納は物納・金納をすべて金札で、時価で収めさせることとした(金100両=札120両)。

それでも、人々は金札を忌避し、禁令・勅諭が出るごとに拒否感を募らせたため、政府は政略を一変することとした。

 

明治2年

2月3日の布告で、金札に関する禁令に違反して投獄されたものを特赦した。

さて、当時流通していた正貨は、幕府末期の小判等であったので、粗悪であった。2月5日の決議で、太政官の中に造幣局を設置し、東京の金座・銀座を廃止し、自ら貨幣改鋳に乗り出すことと、政府のあらゆる支払は正貨ではなく金札で行うことを決めた(外国人に対するものだけは例外)。官吏の給与や物品の代価もすべて平均相場で、金札で支払うこととした。全国の府・藩・県に対しても、金札を正貨に換えて支出することを禁じた。

しかし、全国の金札流通量が急に増えたため、金札価格は激変を起こし、商家の破産・閉店が増えた。官吏も金札を両替店で正貨に換える有様であった。

4月8日の御沙汰では、政府は商品の売買に正貨の使用を禁止した。それでも、金札の価格回復と流通円滑化の効果はなかった。

4月29日の布告で、政府は金札の通用年限を改訂し、新貨幣が鋳造されればそれと交換することとして、それまでは金札と正貨は同じ価値で通用するよう命じた。断固として、金札相場を廃止するとしたのである。この布告により、5月2日からは金札と正金の引換を禁止し、租税その他の上納のうち、金納されていたものは全て金札を用いるようにさせた。

5月28日の布告では、金札の発行高を3250万両に制限することとして、製造機械を廃棄すると宣言した。また、この年の冬から明治5年まで、金札を新貨幣に兌換し、兌換できなかった金札は、1月あたり5朱の利子を付けるとした。金札と正金の両替を行った者に対する罰則も制定した。

これによって、ようやく金札が流通するようになった。

6月6日、ここに乗じて政府は、府・藩・県に1石あたり2500両の金札を配布し、これと同額の正貨を納付させた。地方の金札流通をはかったのである。地方への配布高のうち1550万両は、発行制限高3250万両には含まれない。こうして発行高を増やしたが、金札の価格は安定し、流通はむしろ円滑化した。その理由は主に、5月28日の布告によって金札の信頼度が高まったことであるが、他にも重要な原因があった。江戸末期より当時まで主に流通していた正貨(二分金)が粗悪だったことである。

 

 

参考資料

丹羽春喜(2005)「時事評論」『カレント』、平成17年2月号

廣宮孝信(2013)『国債を刷れ![新装版]これがアベノミクスの核心だ』彩図社

明治財政史編纂会編(1905)『明治財政史 12巻 通貨(2)、銀行(1)』
https://www.mof.go.jp/pri/publication/policy_history/series/meiji.htm

 

「構造改革」で労働生産性を向上させることは本当に、「給料安すぎ問題」の解決策なのか?

toyokeizai.net
2020/09/11 追記:関連動画とスライドはこちら(説明の図式は若干異なります)

parkseungjoon.hatenadiary.com


<はじめに>

 経営アナリストのデービッド・アトキンソン氏が「MMTでは解決しない「日本人の給料安すぎ問題」 労働生産性向上のため「産業構造」を転換せよ」という論考を発表された(東洋経済Online,2020/7/9)。この論考はあるツイートの引用からはじまる。「アトキンソン氏のお話は先日ある学界で聞いたが、端的に言ってマクロ経済の理解を誤っている。GDP=人数×生産性なる数式を出して、小企業を淘汰して生産性を上げれば日本は成長するという。逆です。生産性=GDP÷人数だから、積極財政で成長させることが第一です」というツイートであり、この論考はこれに対する「反論」なのである。

 実は、このツイートは他ならぬ、わたくし朴勝俊のものである。なお、私はMMT(現代貨幣理論)の論者ではないので、彼のMMTの理解についてはあまり深く詮索しない。しかし、MMTはひとつの経済学説なのだが、氏は政府支出をいくらでも増やす政策と勘違いしている可能性があることは、指摘しておきたい。

 拙稿の問いは、タイトルのとおり「「構造改革」で労働生産性を向上させることは本当に、「給料安すぎ問題」の解決策なのか?」ということである。アトキンソン氏は生産性向上によって「日本人の給料安すぎ」を解決しようとしているようである。しかし、本稿は、現状の不完全雇用下で、「ゾンビ企業」の淘汰を含む労働生産性向上策が仮に成功したとしても、失業が増えるだけで給料は上がらず、一人当たりGDPはむしろ下落することを明らかにする。

 

アトキンソン氏の理解>

 氏は上記のツイートを引用した上で、「「GDP=人口×生産性」も「生産性=GDP÷人口」も数学的には同じことですが、言わんとする意図は伝わります。この意見は、「政府が財政支出を増やせばGDPが増える。生産性=GDP÷人口なので、生産性を上げることもできる」と解釈できると思います」と述べた。ほぼ、その通りである。いつの間にか、人数が人口に変わっているが、私の意図するところはある程度、理解していただけたものと思う。

 引用箇所についてひとつ付け加えるなら、「数学的には同じ」式であっても、経済学の方程式については一般に、左辺に来る変数が結果を意味し、右辺にくる変数がその原因とみなされる、ということである。アトキンソン氏は、生産性が原因となってGDPが決まると考え、私はGDPを決める様々な要因によって、結果として生産性が決まると考えているのである。

 氏は(彼が解釈するところの「MMTの主張」が正しいとすれば)「日本政府は支出を大きく増やすことで、GDPを高めることができます。「生産性=GDP÷人口」ですから、生産性も上がります」と述べられている。このカッコ内の理解はほぼ正しい(正確には、労働生産性GDP÷就業者数であり、GDP÷人口=一人当たりGDPであるので、話はちょっとだけ違ってくるが、後に詳しく説明する)。

 さらには、氏が「労働市場完全雇用に近くなると、労働参加率はもう上がらなくなります。そこから生産性をさらに上げるには、労働生産性を高めていくしかありません」と言っていることにも、異論はない(多分、MMT論者も異論はないであろう)。完全雇用になってはじめて、生産性の上昇がGDPや賃金の上昇と矛盾しなくなるのである。

 ここまでで、現時点におけるアトキンソン氏の認識はかなり正しいことが分かる。

 そのため、話はこれで終わりだと思いたいのだが、それでは終わらない。氏は、「人の給料は、国全体の生産性で決まるものではありません。人の給料は、労働生産性で決まります。ですからMMTは、労働生産性を高める効果がない限り、給料とは関係のない経済理論なのです」という。やはり労働生産性にこだわりがあるというか、労働生産性があたかも、何らかの能率のようなものと考え、能率を上げることによって賃金が上がると言いたいようである。では、「国全体の生産性」とはなんだろう? 「労働生産性」との違いは? そして、「労働生産性」と「給料」との関係は、いかなるものだろう。以下で詳細に検討する。

 

アトキンソン氏の生産性概念の混乱>

 アトキンソン氏は、左辺を生産性とする式(生産性=GDP÷人口)を、次のように展開してくれている。

 

「冒頭に引用した意見にもあったとおり、「生産性=GDP÷人口」です。この式は「生産性=労働生産性×労働参加率」と展開することができます。
【補足】生産性=GDP÷人口=GDP×(1/人口)=(GDP/就業者数)×(就業者数/人口)=労働生産性×労働参加率
 実際に仕事をしている就業者の労働生産性が1000万円の場合、国民の中で就業者が占める比率、すなわち労働参加率が50%であれば、国全体の生産性は500万円となります(1000万円×50%=500万円)。

 このときの失業率が10%だとしましょう。国がお金を出して需要を増やし、企業が労働者を雇って失業率がゼロになれば、労働参加率は60%になります。労働生産性が変わらなくても、生産性は600万円まで高まります(1000万円×60%=600万円)。」(※改行位置は筆者(朴)が適宜変えている)。

 

 この箇所を読まれた方は混乱を覚えたに違いない。ここは、アトキンソン氏が人数を人口としたことによって、混乱が生じたものと思う。アトキンソン氏は「労働生産性」とは別に、一人当たりのGDPのことを「生産性」とか「全体の生産性」と呼んでいるのだが、このような言葉の使い方は特殊である(生産性の分母となりうるのは、あくまで働き手の数である)。そこで、GDP÷人口のことを、ただしく「一人当たりGDP」と呼ぶ。また、就業者数÷人口のことを氏は「労働参加率」と呼んでいるが、正確には、労働参加率とは一般に、15歳以上の人口に占める、失業者を含む労働力人口(就業者数+失業者数)のことであるから、氏が意図する意味(就業者数÷人口)とは異なる。ここでは就業者数÷総人口を「就業者総人口比」と名付ける。

 彼がここで言っていることは要するに、失業が解消され、就業者数が増えることによって、労働生産性が変わらなくても、一人当たりGDPが増えるということである。これは当然のことである。そして、失業が解消されれば、アトキンソン氏の言うように、1人あたりGDPの増加は労働生産性の向上とともに起こらねばならない。逆に言えば、就業者数が一定の場合も、全体のGDPが増えれば労働生産性が向上することに代わりはないが、そのGDP成長は、供給力(設備・技術力)の増強によって行われねばならない。この理解は正しい。

 同じことだが、ある箇所で「労働生産性が上がらないと、政府支出を増やした分だけ、おそらくインフレになっていくと考えられます」と彼は述べているが、これは言い換えれば、完全雇用時には、供給力の増強が必要だということである。これも正しい(全てのMMT論者が、そのことを正確に理解していると思う)。

 他方、別の箇所で「労働参加率(※就業者総人口比)が高まることによって全体の生産性(※一人あたりGDP)は上がっていますが、労働生産性はあまり上がっていません。金融政策、財政政策の限界にさしかかっていると考えられます」と述べている。どこかで聞いたような話だが、今回の議論は「金融政策や財政政策の限界」の話とは無関係である。一般に、不完全雇用時には財政政策は有効であるし、民間の需要と外需が停滞している時には、政府が支出を増やすしかない。

 さらに付け加えるならば、労働生産性と賃金はまた、別の話である。労働生産性が上がったからと言って、企業の取り分が増えるだけで、賃金が上がらないこともある。賃金が上がるためには何が必要なのか? 不完全雇用の状況で「ゾンビ企業」をなくすことによって賃金を上げることは可能なのか? 次節で、簡単な数値例を用いて検討する。

 

<数値例による検討>

 日本の2018年度の名目GDP(Y)は、約548兆円である。うち、民間消費(C)は約305兆円、民間投資(I)は約106兆円、政府支出(G)は約137兆円、純輸出(NX)は約1兆円である。また、2018年度の雇用者報酬は285兆円である(総務省統計局、GDP統計より)。従って、GDPに占める雇用者所得の比率は約52%である(表1)。それ以外の48%は、営業余剰や間接税などであり、これらをまとめて「それ以外のGDP」と呼ぶ。不完全雇用時には、Y=C+I+G+NXという式が必ず成立する。GDPが需要側(YD)で決まるのである。完全雇用時にはYが一定の上限(Ymax)を超えることはできない(右辺の総額や各要素は、それに制約される)。つまりYD>Ymax=Yの時は、需要を増やしても物価上昇が起こるだけで、実質のGDP労働生産性も高めることはできない。従って、設備増強・能率向上が必要となる。なお、ここでは名目GDPをそのまま用い、物価上昇に伴う名目GDPと実質GDPの乖離についての議論は、単純化のため捨象する。つまり、物価上昇が起こった場合は、実質値は変化しないものと考え、値は実質値として解釈する。

 人口や労働力に関する近年の数値は表2に示すとおりである。日本全体の人口は1億2593万人である(総務省統計局「人口推計」2020年6月推計値)。そして、2020年5月の労働力調査によれば、就業者数6656万人、15歳以上人口1億1084万人である(総務省統計局「労働力調査」2020年5月分結果)。これらを用いて、一人当たりGDPや一人あたり賃金等を求めた(表3)。GDPと人口の推計年次が異なるが、ここではそのまま計算に用いる。

 

 

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[1] 不完全雇用時の政府支出の増加の効果

 現状の、GDPが548兆円の状況を、物価上昇率がゼロ未満であることから、不完全雇用と判断する。不完全雇用時に政府支出を20兆円増加させると、乗数を1とすれば、GDPも20兆円増加(3.6%増加)し568兆円となる。一人あたりGDPは451万円となる。仮に、就業者数を一定とすると、3.6%の生産性向上となり、労働生産性は853万円/人となる(ただし、労働生産性が上がったからと言って賃金が上がるとは限らない)[1a]。しかしながら、[1a]のような状況になることは考えにくい。アトキンソン氏が想定するように、労働生産性が一定(823万円/人のまま)で、就業者数が増加するケースの方が現実的である。この場合、3.6%だけ就業者数が増加することになる。就業者1人あたり賃金も変化しないとすれば、428万円/人のままである[1b]。現実は[1a]と[1b]の間になると考えられる。例えば生産性が1.6%向上し、雇用が2%増加する状況である。いずれの場合も、悪化する指標はないので、経済状況は改善したと言えるだろう。この状況で、生産性の低い企業が生き残っても、誰に迷惑をかけるわけでもない。

 消費税の減税によって、消費(C)を増やす政策も、これと類似した結果をもたらす。

 

[2] 完全雇用時の政府支出の増加

 完全雇用時に政府支出を増加させても、実質GDPを高めることはできない(物価は上昇するかもしれないが、ここでは捨象されている)。政府支出が増加したぶん、民間の消費や投資が減少する。しかし政府支出が行われた部門で、労働需要が増えるならば、物価上昇とともに経済全体の賃金を引き上げる効果があるかもしれない。

 

[3] 不完全雇用時の「構造改革

 アトキンソン氏が提唱しているのは、現状のような不完全雇用時でも政府支出を避け、「産業構造を効率化して労働生産性を高める」ことである。ここで、生産性の低い企業を淘汰するような「構造改革」を行い、就業者数を3%減らしたとしよう。構造改革GDPを増やす魔法ではない。C+I+G+NXのいかなる需要項目をも増やす効果がないので、GDPを増やす手段にはならない。

 さらに就業者の減少に伴って、消費支出(C)が(控えめにみて)2%減少するものと考えよう。この時、GDPは6.1兆円減少(305×0.02=6.1)して、541.9兆円となる(波及効果を捨象)。1.1%の減少である。一人あたりGDPも1.1%減少し、約430万円となる。GDPが1.1%減少し、就業者数が3%減少するとき、労働生産性は約2%向上する。しかし、これは労働者数を削ったことによる生産性向上なので、賃金の上昇にはつながらず、その成果は使用者側(企業側)にゆくと考えられる(賃金はむしろ下落する可能性もあるが、ここでは不変とする)。

 

[4] 完全雇用時の能率向上

 完全雇用の場合で、実際の需要(YD)が上限(Ymax)を上回っている場合には、民間消費(C)や民間投資(I)の需要が、供給の制約によって満たされていない。この時には、能率の向上は望ましい。まず、その時には能率の向上によってYmaxが増えると、潜在的な需要が満たされCやIが増えるので、GDPも増加する。次に、ある企業が「人減らし」によって能率を上げようとした場合にも、解雇された人は他の職に移ることができる可能性がある。この時、政府支出(G)をことさらに増やす必要はない(必要な公的支出を増加させるためには、CやIを増税などで抑制する必要がある)。

 そのような理想的な状況(日本では満たされていないが、過去において、多くの国々で普通だった状況)は、以下の数値例で表現できる。まず、能率の向上によってYmaxを2%上昇させることに成功したとしよう(上限GDPは11兆円の増加)。この時、ある部門で失業した人は他の職を見つけることができたと仮定して、就業者数を一定とすれば、一人当たりGDP労働生産性も2%上昇することになる。しかしながら、この時に、全般的な労働力不足が起こらず、賃上げが起こらなければ、賃金はおそらく一定となる(表4の[4])。従って、賃金上昇圧力が生じるためには、それ以上の需要圧力がなければならない。このケースでは労働不足の状況や賃上げの状況しだいでは、賃金が上がる可能性もあるが、それは能率向上の結果ではない。

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  上記の[1]~[4]のケースを要約したものが、表4である。理想的なケースは[4]であり、この時には能率向上のための企業や政府の施策が、労働生産性と一人あたりGDPを向上させる可能性があるが、必ずしも賃上げにつながるとは限らない。賃上げが生じるためには、需要圧力が十分高くなければならない(アトキンソン氏が他の箇所で論じている最低賃金の引き上げも有効かもしれない)。他方、アトキンソン氏が言うような構造改革や「ゾンビ企業」の淘汰を、不完全雇用時に行えば、ケース[3]で示したように、たとえ労働生産性が上がったとしても、一人あたりGDPが減少するだけである。

 

<結論>

 アトキンソン氏の論考は、「やはり産業構造を効率化して労働生産性を高める以外、「給料安すぎ問題」の解決策はありえません。日本政府は、政府支出を増やしても増やさなくても、結局は産業構造の問題にメスを入れざるをえないのです」と結論づけている。労働生産性を高めるべく、生産性の低い企業を淘汰するような「構造改革」を行うことによって、「給料安すぎ」を解決できるという考えであるが、これは誤りである。

 現状は、物価上昇率が低迷していることから、不完全雇用であると推定できる。そのような状況で「ゾンビ企業」をつぶして就業者を失業者に変えれば、企業部門の能率や、定義上の労働生産性は向上する可能性があるが、一人当たりGDPは減少し、賃金は上がらない(ケース3)。

 それよりは、政府支出を増加させ、一人当たりGDPを上昇させた方が望ましい結果になる。生産性が低いとされる企業が生き残ることは、誰に迷惑をかけることでもなく、望ましいことである。

 アトキンソン氏の主張がそれなりの合理性をもつ理想的な状況は、完全雇用で需要が十分にある場合である(ケース4)。この時、ことさらにGDPを増やす目的で政府支出を増やす必要はない(ただし、無駄な民間から、必要な公共にシフトすることは意味がある)。このような状況では生産性向上とGDP上昇は並行して起こる。従って、民間企業の能率向上につながるよう、「技術の普及、産業構造の効率化、企業規模の拡大、輸出の促進、規制緩和、新商品の開発などが不可欠です」という氏の提言はおおむね妥当であると考えられる。それに反対する「MMT論者」など、誰もいないのではないかと思われる。

 しかし、生産性と賃金は別である。生産性が上がったからといって、賃金が上がるとは限らない。賃金を上げるためには、需要が十分に増えて、労働市場が逼迫するとともに、労働者の交渉力が高められる必要がある。アトキンソン氏が別の箇所で主張している最低賃金の引き上げも有効かもしれないし、労働組合の交渉力を強くする規制強化や、労働時間の短縮のための政策も求められよう(生産性を労働者1人の労働時間1時間あたりで定義するならば、なおさらのことである)。

 アトキンソン氏の提言は、現在の日本の状況下では失業者を増やすことに繋がり、有害ですらある。アトキンソン氏の提言を充分な検証なく持ち上げ、実行に移せというようなメディアや企業、政治家がいれば、厳しく批判されるべきであろう。