朴勝俊 Park SeungJoonのブログ

反緊縮経済・環境経済・政策に関する雑文 

ブロック&ソマーズ「スピーナムランド制度の影で:社会政策と旧救貧法」の翻訳

論文

ブロック&ソマーズ「スピーナムランド制度の影で:社会政策と旧救貧法」紹介文

朴勝俊

 

 スピーナムランド制度の名を知る人はおそらく、マルクスエンゲルスの著作か、カール・ポランニーの『大転換』か、あるいはベーシック・インカム(BI)を唱道するルトガー・ブレグマンの『隷属なき道』を通じて知ったのではなかろうか。

 この制度はイングランド救貧法の一部として、救貧院(事実上の労働収容所)に入らない健常者にも手当を支給するものであり、1795年から1834年にかけて、ごく一部の地域で導入されたものである。しかし、救貧政策を批難し手当を廃止に追い込んだ古典派経済学者(マルサスリカード等)だけでなく、マルクス・エンゲルスウェッブ夫妻などの社会主義者や、カール・ポランニーまでが、これを英国社会を荒廃させた社会保障の失敗例と断じる歴史資料(特に王立委員会による13000ページの報告書など)を信用して、批難の輪に加わった。したがって権威あるかれらの著書に触れた幅広い教養層も影響を受けた。このことは、BIに似た米国ニクソン時代の所得保障政策の導入を妨げ、近年の社会保障の切り詰めにも影を落とした。

 その誤った常識を批判し、スピーナムランド制度は実際には成功であったと説いたのがブレグマンの『隷属なき道』(第4章)である(なおベーシックインカムを唱道する本の中で紹介されたことで、この制度を「ベーシックインカムのようなもの」と誤解した読者もあったかもしれないが、この本でも「勤勉ながら貧しい男性とその家族」を支援するものと明記されている)。彼が根拠としたのが、救貧制度に関する歴史学者たちの近年の研究である。ここで紹介するブロックとソマーズの論文は、ブレグマンの参考資料のひとつである。

 ブロックとソマーズの論点は多岐にわたる。マルサスなど自由主義者の救貧制度批判の倒錯性、フランス革命の衝撃が農村エリートを救貧制度の改善に向かわせたこと、手当制度はエンクロージャーと手工業の衰退で困窮する貧農家族を支え、彼らが大挙して都会に向かうのを防いだこと、などである。またスピーナムランド制度のせいで英国の農業や経済が荒廃したとされているが、実際には穀物の生産量も生産性も改善していた。スピーナムランド制度のせいで労働者が怠惰になったとか、農業雇用主が賃下げをしたということも考えにくい。最も興味深い指摘は、リカード自由主義経済学者の主導で行われた1820年頃の金本位制への復帰が、デフレと農工業の混乱を悪化させたという点である。そして、1834年救貧法改革に向かう思想の変化は、この混乱の真因を隠蔽し、責任を貧困者に押しつけるものだったと彼らは指摘している。


スピーナムランド制度の影で: 社会政策と旧救貧法
フレッド・ブロック&マーガレット・ソマーズ*
翻訳:朴勝俊(2023/9/4)
Fred Block and Margaret Somers (2003) In the Shadow of Speenhamland: Social Policy and the Old Poor Law,
POLITICS & SOCIETY, Vol. 31 No. 2, June 2003 283-323 DOI: 10.1177/0032329203252272

<要約>
1996年、米国議会は「個人責任および雇用機会調和法」を可決し、公的扶助に対する貧困家庭の受給資格を廃止した。この福祉政策の転換に至る議論は、英国救貧法 Poor Law) の歴史的一幕であるスピーナムランド制度の影で起こった。この論文では、スピーナムランド制度のエピソードを再検討し、そのもつれた歴史を解き明かす。著者は、40 年にわたる最近の研究成果をもとに、スピーナムランドの政策が、これまで言われてきたような結果をもたらすことはあり得なかったことを示す。論文の最後には、そのようなスピーナムランドに関するストーリーがなぜ深く定着したかを説明する、もう一つの物語を紹介する。

 

キーワード:貧困、福祉、社会政策、ポランニー、旧救貧法

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円安およびエネルギー資源価格高騰で物価はどれだけ上がるか:産業連関分析を用いた価格波及分析

円安およびエネルギー資源価格高騰で物価はどれだけ上がるか
産業連関分析を用いた価格波及分析

朴勝俊

2023年7月7日

 

1. はじめに

 2021年頃から世界的にエネルギー資源(石炭・原油天然ガス)の価格が倍以上に高騰しており、2022年に入っては2~3割におよぶ大幅な円安によって輸入物価が上昇したため、日本の消費者物価指数(総合)もピークで4%以上上昇した(2023年1月、前年同月比、図1参照)。とはいえ、エネルギー資源の価格の倍増や、2~3割以上の円安が起こっても、最高でも前年同期比でせいぜい4%程度の物価上昇にとどまっていることは、ある意味で直感に反する。エネルギー資源の価格が倍増すれば、コストがどんどん転嫁されて物価は倍になるのではないのだろうか? 3割の円安が起これば、それが波及して、物価が3割上がるのではないのだろうか? 

このようなエネルギー資源高や円安が、どの程度の物価上昇につながるのかについて、理論的な把握をし、価格波及の程度の試算をしておくことは、こうした変化に冷静に対応する上でも有用であろう。本稿では、まず産業連関価格分析を用いて「石炭・原油天然ガス」の価格が2倍になった場合と、円ドル為替レートが3割円安になった場合(例えば1ドル110円→143円)について、最終消費の価格指数が何%上昇するかを計算する。その上で、近年のエネルギー資源価格と為替レートの実際の動きを確認し、起こり売る物価上昇について検討する。

 

図1 消費者物価指数の推移

 

2.産業連関価格分析の考え方

 表1に産業連関表の例を示す。これは、横向き(行方向)に見れば、細かく分類された産業部門の生産物が別の産業部門や最終消費部門にどれだけ買われたかを示し、縦向き(列方向)に見れば、各産業部門の生産物(最下行の粗生産額として金額が示される)が、どの部門からの中間投入(原材料・部品・サービス等)と労働・資本の投入(賃金・利潤の支払い)によって生み出されたかを、金額で示している。ここでは、部門数と財(モノやサービス)の種類の数とは一致しており、各部門はそれぞれ1種類の財を生産しているものと仮定される。この表の各産業部門を特に縦方向に見ることによって、各部門の生産コストの構造を知ることができる。

 

表1: 非競争輸入型産業連関表の例

   

農業

工業

サービス業

石炭原油

最終消費

その他需要

粗生産額

国産

農業

pD1xD11

pD1xD12

pD1xD13

pD1xD14

CD1

FD1

pD1XD1

工業

pD2xD21

pD2xD22

pD2xD23

pD2xD24

CD2

FD2

pD2XD2

サービス業

pD3xD31

pD3xD32

pD3xD33

pD3xD34

CD3

FD3

pD3XD3

石炭原油ガス

pD4xD41

pD4xD42

pD4xD43

pD4xD44

CD4

FD4

pD4XD4

輸入

農業

pM1xM11

pM1xM12

pM1xM13

pM1xM14

CM1

FM1

 

工業

pM2xM21

pM2xM22

pM2xM23

pM2xM24

CM2

FM2

 

サービス業

pM3xM31

pM3xM32

pM3xM33

pM3xM34

CM3

FM3

 

石炭原油ガス

pM4xM41

pM4xM42

pM4xM43

pM4xM44

CM4

FM4

 

付加価値

賃金

W1

W2

W3

W4

     

利潤

R1

R2

R3

R4

 

 

 

 

粗生産額

pD1XD1

pD2XD2

pD3XD3

pD4XD4

     

 

表1は「非競争輸入型産業連関表」と呼ばれるもので、財やサービスが国産品(添え字Dで区別)と輸入品(添え字Mで区別)に分けられている。pは価格であり、小文字xは中間投入の量なので、p×xは中間投入の金額である。数字の添え字は部門および生産物の番号を表しており、中間投入の部分では、どの部門の生産物がどの部門に投入されたかを意味する。Cは最終消費であり、消費者は各部門の国産品と輸入品を消費する。Fはその他需要である(本稿では重要ではない)。またWは各部門の賃金、Rは利潤の金額である。一番下の行の粗生産額(生産された総額)と、一番右の列の粗生産額(売れた総額)は、各部門について必ず一致する。また、この表では全ての賃金と利潤を合わせたものが国内総生産であり、国産品に対する最終需要(最終消費とその他需要の合計)と一致する。

 価格波及分析は、次のような考え方をとる(参考:宮沢1979)。まず表1の全部門の生産物の価格は1(単位なし)と仮定する。すると表のセルの金額は、物量を金額で表したものとなる。表の一番下にある各部門の粗生産額(XD1XD2XD3XD4)で、その上にある全てのセルの値を割り算すると、各セルの値は各投入物の費用シェアを意味することになる(表2)。

逆に、各セルの値を縦に足し算してゆくとその部門の国産品価格となるが、これは当初はすべて1である。

 

 

表2: 投入係数行列および消費ウェイト

   

農業

工業

サービス業

石炭原油

 

消費ウェイト

 

国産

農業

aD11

aD12

aD13

aD14

 

cD1

 

工業

aD21

aD22

aD23

aD24

 

cD2

 

サービス業

aD31

aD32

aD33

aD34

 

cD3

 

石炭原油ガス

aD41

aD42

aD43

aD44

 

cD4

 

輸入

農業

aM11

aM12

aM13

aM14

 

cM1

 

 

工業

aM21

aM22

aM23

aM24

 

cM2

 

 

サービス業

aM31

aM32

aM33

aM34

 

cM3

 

 

石炭原油ガス

aM41

aM42

aM43

aM44

 

cM4

 

 

付加価値

賃金

w1

w2

w3

w4

 

1

   

利潤

r1

r2

r3

r4

 

 

 

 

 

粗生産額

1

1

1

1

 

     

 

いずれかの投入物の価格が変化すると、この価格も変化する。例えば輸入された石炭・原油天然ガスの価格が1%上がったとき、ちょうどそのコスト上昇分だけ生産物価格に確実に転嫁されるとするならば、その費用シェアの1%ぶんだけ生産物の価格が上昇することになる。

 

輸入されたエネルギー資源の価格が2倍になるならば、それは100%の価格上昇であり、これがちょうど完全に価格転嫁されるならば、生産物の価格はちょうどこのコストシェアと同じだけ上がる。

 

 

 このようにして、石炭・石油・天然ガスの輸入価格上昇によって全部門の国産品価格が上昇すれば、こんどはこれらを投入する全ての産業部門で中間投入財のコスト上昇となり、これがさらに国産品の価格を押し上げる。この価格上昇が、さらに波及してゆく。しかしこの波及は無限に続くわけではなく一定の値に落ち着く。これは簡単な行列計算によって求めることができる(説明は省略)。

 例えば3割の円安が起こる場合には、全ての輸入品の価格が3割上昇することになる。輸入中間財のコストが全て3割上昇することにより、それらの費用シェアに応じて国産品の価格上昇が起こり、それがまた投入産出関係を通じて波及する。

 消費者は最終的に、値上がりした輸入品と、価格波及によって値上がりした国産品を消費することになる。それらの各生産物の消費ウェイトを計算しておけば、各品目の価格上昇率とウェイトとの積を全て合算することによって、消費物価(産業連関表上の民間最終消費部門の価格指数)の上昇率を推計することができる。ここでの消費物価と消費者物価指数はおおむね同じ意味をもった指標と考えてよいが、推計方法やウェイトが異なるため、同様の分析を行った場合に、価格上昇率の推計値には差が生じることが考えられる。

 

3. 分析方法と結果

 産業連関表としては、内閣府のホームページから現在入手可能なものとしては最新の、2015年表を用いる。非競争輸入型産業連関表は入手不能であるが、107部門の輸入表が利用可能なので、107部門の競争輸入型産業連関表と輸入表を用いて、簡単な引き算によって107部門の非競争輸入型産業連関表が作成できた。この表を用いて投入係数行列(国産品、輸入品別)と付加価値係数行列を求めた。

 日本においては、輸入の比率は意外に小さい。産業連関表上の粗生産額の合計(GDPと中間投入を合わせたもの)は1018兆円であるが、輸入総額は102兆円であり[1]、このうち69.9兆円ぶんが中間投入として用いられ、32.3兆円ぶんが最終需要に用いられる。したがって、全部門を平均的に見れば、輸入中間財の投入係数の合計は約6.9%に過ぎない。また、「石炭・石油・天然ガス」の輸入額は約17.6兆円であるが、これはほぼ全てが中間投入として用いられている。これも全部門の平均として見れば、投入係数は1.7%程度となる(もちろん、石油精製業や電力産業では著しく高くなる)。また、「民間消費支出」に関しては、その総額は約305.6兆円なのに対し、輸入品の消費支出は約18.3兆円(6.0%)に過ぎない。これには、消費支出の大部分(約79.4%)を占めるサービスがほとんど輸入できないことも関係している。エネルギー価格の高騰や大幅な円安の結果として生じる物価上昇率が意外に低いのは、このような理由のためであろう。

 上記のようにして得られた投入係数行列と、産業連関表に含まれるレオンチェフ逆行列([I-Ad]1型)を用いて、価格波及を計算した。具体的には、「石炭・石油・天然ガス(輸入)」の投入係数ベクトル(横ベクトル)と、レオンチェフ逆行列の積を求めるだけで、その波及後の国産品の価格上昇効果が計算できる[2]。また、各部門の輸入中間財の合計の投入係数ベクトル(横ベクトル)の値を全て0.3倍して、レオンチェフ逆行列を乗じれば、30%の円安にともなう全ての国産品の価格上昇率を求めることができる。消費支出の物価上昇率は、国産品各品目の値上がり率と、輸入品各品目の値上がり率を、それぞれの消費ウェイトとかけ算して、総計することによって求められる。

 計算の結果、30%の円安の結果として、消費物価の上昇率は4.40%となった(表3)。同様に、「石炭・原油天然ガス」の輸入価格が2倍になった場合の消費物価の上昇率は3.15%となった。産業連関分析の計算は線形(比例的)であるため、円安率やエネルギー価格上昇率が変わった場合の結果は、適当な倍率をかけ算すればよい(例えば、エネルギー価格上昇率が三倍(200%上昇)なら、3.15%の2倍の6.30%とすればよい)。

 

表3: エネルギー価格高騰や円安、賃金上昇、利潤上昇が消費物価に及ぼす影響

 

上昇率

消費物価上昇率

参考:
投入・付加価値係数

円安で全輸入品価格上昇

3割高(+30%)

4.40%

0.0687

石炭・石油・天然ガス価格上昇

2倍(+100%)

3.15%

0.0173

賃金上昇(雇用者所得)

1%

0.34%

0.2611

利潤上昇(営業余剰)

1%

0.23%

0.1021

 

 またさらなる検討の参考として賃金と利潤が1%上昇した場合の、消費物価上昇率も計算しておいた(表3下部)。これらも、上昇率が高まった場合の物価上昇影響は、そのさいの上昇率の倍率をかけ算すれば計算できる。賃上げや利潤追求の価格波及効果について考える参考にしていただきたい[3]。ただし、賃上げや利潤の増加があった場合にも、人々の所得増加・支出増加に伴う価格上昇効果については、産業連関分析で推計することはできないので、注意が必要である。

 

4.実際の円安・エネルギー価格上昇との比較

 本節では、ここ数年で実際に生じた円安とエネルギー価格上昇について確認し、前節の計算結果から得られる知見を深める。

 表4は過去11年年間の国際エネルギー価格(年平均)である。日本が輸入する石炭・原油天然ガスの価格が2022年に入って急上昇したことが分かる。2022年の価格を、2015年から2020年までの6年間の平均価格で割った倍率でみれば、石炭価格は4.51倍、原油価格は1.89倍、天然ガス価格は1.96倍である。財務省貿易統計によれば、2015年の石炭・原油天然ガスの輸入金額比はそれぞれ16%、52%、32%であった。これをウェイトとすれば、2022年の価格上昇は加重平均で約2.33倍(+133%の価格上昇)となる。前節の分析結果(100%のエネルギー価格上昇で消費物価は3.15%上昇)を用いれば、消費物価で4.19%の上昇につながると推計される(3.15×1.33=4.19%)。

 

表4: 2012年以降の国際エネルギー価格および為替レート(暦年)

 

2012

2013

2014

2015

2016

2017

2018

2019

2020

2021

2022

倍率

石炭

96.36

84.56

70.13

58.94

66.12

88.52

107.03

77.85

60.68

139.01

344.89

4.51

原油

109.5

105.94

96.19

49.56

40.68

52.51

69.52

64.02

41.37

69.72

100.14

1.89

天然ガス

16.55

15.96

16.04

10.93

7.37

8.61

10.67

10.66

8.53

10.32

18.54

1.96

/ドル

79.79

97.6

105.94

121.04

108.79

112.17

110.42

109.01

106.79

109.79

131.38

1.18

出典: 新電力ネットHPにまとめられた国際的な統計資料より

注: 石炭価格は豪州産($/トン)、原油価格はOPECバスケット($/バレル)、天然ガス価格は日本向け($/mmbtu)。倍率は2015年から2020年までの平均に対する、2022年の値の倍率。ちなみに為替レートは140円/ドルで1.26倍、150円で1.35倍となる。

 

 また、円/ドルの為替レートは、2015年から2020年の平均に比べれば、2022年平均は1.18倍に上昇した。これによって2022年の輸入材価格がすべて1.18倍(+18%)となったならば、それによる物価上昇は2.64%と推計される(4.40%×(0.18÷0.30)=2.64%)。なお、2022年においては秋に一時的に150円/$のドル高に達し、足下では140円/$程度で推移している。2015~2020までの平均と比べ、為替レートは140円/ドルで1.26倍、150円で1.35倍となる。したがってその際の物価上昇は、140円/$のレートが定着するなら3.81%、150円/$のレートが定着するなら5.13%と推計される。なお、ここでは単純化のために、円/ドルレートで全ての通貨の為替レートを代表させていることに注意されたい。仮に名目実効為替レートのようなものを用いるとしても、考え方は同じである。

 ただし、ここまでは国際エネルギー価格の上昇か、円安かのいずれか一方が起こった場合の物価上昇である。

 実際には2022年にはエネルギー価格上昇と円安の両方が起こった。1.18倍のドル高が起こった上で、石炭・原油天然ガスの価格が2.33倍に上がるならば、円換算の価格上昇は約2.75倍となる(1.18×2.33≒2.75)。この場合、18%のドル高によって全ての輸入財の価格が上がると同時に、輸入される「石炭・原油天然ガス」も18%値上がりしているから、この2.75から0.18を引いた2.57倍の価格上昇(+157%の価格上昇)を別途考慮してやれば、両方の影響を定量化できることになる。ドル高が1.18倍(+18%の価格上昇)の場合の消費物価への影響は2.64%であり、それに加えて「石炭・原油天然ガス」の価格が157%高くなることの消費物価への影響は4.95%であるから(3.15×1.57)、2.64%と4.95%とを足して7.59%ということになる。実際の消費者物価指数の上昇幅は高い時でも前年同期比で4%を超えた程度なので、日本の産業部門は、輸入物価やエネルギー価格の上昇分を、価格に転嫁しきれていない可能性が示唆される。

 なお、円ドルレートが140円/$や150円/$で定着したとしても、考え方は同じである。150円/$の場合には、輸入品価格が全て1.35倍となり、消費物価は5.13%上昇する。このとき、国際エネルギー価格が2.33倍ならば、円建てで3.15倍となる。したがって、輸入価格上昇分とは別に考慮すべき石炭・原油天然ガスの価格上昇分は2.8倍(3.15-0.35=2.80、増分は180%)であり、このときの消費物価の押し上げ効果は5.67%である。物価上昇効果は5.13%と5.67%を足して10.8%となる。もちろん実際に観測されている消費者価格の上昇はこれよりも低い。

 したがって、1.18~1.35倍のドル高と、2.33倍の国際エネルギー価格上昇を想定するならば、消費物価の上昇幅は7.59~10.8%と推計される。実際に観測されている消費者物価上昇率は4%強とこれより低く、産業はこのコスト上昇分を十分に価格転嫁できなかった可能性が考えられるが、それは同時に、何らかのきっかけで完全な価格転嫁が進むことになれば、少なくとも1回かぎりは年率で7~10%程度の価格上昇が起こってもおかしくないことを意味している。

 

5.結論

 本稿では、2015年の産業連関表を用いて、2022年に起こった円安とエネルギー資源価格の上昇の効果を、産業連関価格分析の手法で試算した。その結果、コスト上昇がちょうど完全に価格に転嫁されるという仮定のもとで、全産業のすべての中間投入財の価格上昇が波及してゆくとすれば、消費物価(産業連関表の民間最終消費に基づいてウェイトを計算して加重平均を求めたもの)は、1.3倍のドル高が起こると4.40%上昇し、石炭・石油・天然ガスの国際価格が2倍になれば3.15%上昇するものと計算された。すなわち、3割のドル高が起こったからといって物価が3割上がるわけでもなければ、エネルギー資源価格が2倍になったからといって物価が2倍になるわけでもない。それは、日本では中間投入においても最終消費においても、輸入が占める比率が低いためである。

本稿の後半では、上記の試算結果を、実際の為替レートとエネルギー価格高騰のデータに照らして検討した。2020年以前の6年間の平均と比較すれば、2022年の石炭・石油・天然ガスの国際価格は、約2.33倍に上昇しており、円・ドル為替レートは1.18倍のドル高となった。この数値を用いれば、円安とエネルギー高の複合効果によって7.59%程度の消費物価の上昇となる。また、150円/ドル程度の円安(1.35倍のドル高)を想定すれば、10.8%の消費物価の上昇となる。実際の消費者物価指数の上昇が、この水準と比べればはるかに低く、4%強にとどまっているのは、コスト増分の価格転嫁が十分に行われていないためと考えられる。これは賃金や利潤の押し下げ要因になっているかもしれない。他方で、価格転嫁がよりスムーズに行われるようになれば、コストプッシュの要因だけで、7~10%程度の物価上昇が起こっても不思議ではないことが分かる。

 

参考文献

ウェーバー&ワスナー(2023) 「売り手インフレと利潤および賃金闘争 なぜ大企業は非常事態で値上げができるのか?」マサチューセッツ大学アマースト校経済学部ワーキングペーパー2023、朴勝俊訳

宮沢健一(1979)『産業連関分析入門』日経文庫

 

[1] 財務省貿易統計では、2015年の輸入額は約78.4兆円であった。このような差がなぜ生じるのかについて、筆者は現時点では説明できない。

[2] 日本には「石炭・原油天然ガス」の他にも、外国で精製・加工された石油製品や石炭製品が輸入されているが、その比率は小さい(産業連関表ベースで輸入エネルギーの8割以上が「石炭・原油天然ガス」である。そのため、本稿の分析では簡単化のために石油製品や石炭製品の価格上昇については考慮に入れていない。

[3] 日本では利潤追求のための値上げは観測されていないように思われるが、欧米では「売り手インフレ」が問題として認識されている。ウェーバー&ワスナー(2023)を参照。


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アーチャー&モーザー=ベーム(2013)『中央銀行の財務』(第1部第2節)抄訳

アーチャー&モーザー=ベーム(2013)『中央銀行の財務』(第1部第2節)抄訳

David Archer and Paul Moser-Boehm (2013) “Central bank finances”, BIS Papers, No. 71, Part A, 2. The relevance of own finances, as viewed from the economics literature (pp. 11-17)

翻訳:朴勝俊(2023年5月18日) 

※ 翻訳は朴勝俊個人によるもので、その正確性に原著者およびBISには何ら責任がありません

※記事の最後にPDF版をアップしております

 

解説(朴勝俊)

 日本では、経済学者の野口悠紀雄氏や政治家の河野太郎氏、前原誠司氏などが、日銀が債務超過となると円の「信認」が維持できなくなるなどという懸念を表明しており(朴勝俊ほか2020、p. 141、p. 148)、そのようなことが起こりうると信じる人も多い。しかし「世界の中央銀行中央銀行」とも呼ばれる国際決済銀行(BIS)の研究者たちは、中央銀行債務超過となっても、金融政策を遂行する能力が妨げられることはないと考えている。BISの紀要2023年68号には「中央銀行は民間銀行と違って利潤を追求するものではなく、自国通貨建て債務を履行するために原理的に通貨を発行できるので、常識的な意味で破産することもなく、まさに独自の目的によって最低資本規制を受けることもない」と記されている(Bell et al. 2023, pp. 4-5)。むしろ彼らは、中央銀行債務超過になると困るという「誤解」が厄介であり、適切なコミュニケーションが必要であると論じているのである。

しかし、先に引用した箇所のすぐ後に「しかしながら例外的に、誤った認識や政治経済の力学が財務的損失と相互作用して、中央銀行の地位を損なうような状況もあり得る。マクロ経済の不始末があり、政府が信頼性を欠いている場合には、財務的損失が中央銀行の地位を低下させ、その独立性を危うくし、通貨の崩壊につながる可能性もある[9]中央銀行の信頼性はまた、将来の収益能力や政府による資本増強など、条件付きの政治的影響なしに運営上の必要資金を調達するのに十分な資源がない場合にも、リスクにさらされる可能性がある」と述べている。この真意はいかなるものであろうか。ここで、引用文の脚注[9]において参照されているのが、ここに抄訳したBIS研究者らの2013年の論文である(Archer and Moser-Boehm 2013)。この論文の抄訳箇所では、財務上の懸念が中央銀行の政策に影響を与えうるとする経済学的な文献が参照され、またそうした問題を検証した実証研究の結論が示され、総じて、そうした理論的懸念は完全に否定されるわけではないが、主に途上国の中央銀行に当てはまるごく例外的なものであるということが説明されている。

 

解説の参考文献

朴勝俊&シェイブテイル(2020)『バランスシートでゼロから分かる 財政破綻論の誤り』青灯社

Bell, Sarah, Michael Chui, Tamara Gomes, Paul Moser-Boehm and Albert Pierres Tejada (2023) ”Why are central banks reporting losses? Does it matter?” BIS Bulletin, No. 68, 7 Feb., 2023

 

翻訳

第2節. 経済学の文献から見た自己資金の重要性

既存文献では、中央銀行の財務状態が、政策義務を果たす能力とあまり関係がないと考えられる3つの論拠が確認される: 

 

(1)ベースマネーは必要に応じて作ることができる、

(2)ベースマネーという負債は、資金調達コストがゼロのため、その発行権の独占が長期的な収益性を保証していると見られる[14]

(3)政府が中央銀行を所有していることが後ろ盾となっている。

 

この3つはいずれも議論の的であった。

 

  1. 理論編

Bindseil et al. (2004)は、人々が中央銀行の負債を無利子で保有することを望み、少なくともベースマネーが少なくとも運営費と同じ速さで成長するかぎり、不都合な出来事は、財務的な強みを長期的に確保する上でのつまずきに過ぎないと主張している。この観点からは、中央銀行の包括的純資産は、公表されたバランスシートに記されている純資産よりも大きい。なぜなら、公表されたバランスシートには、ベースマネーの(独占)発行権のフランチャイズ価値のような無形資産が含まれていないためである(Fry (1992), Stella (1997), Ize (2005), Buiter (2008))[15]。Fry(1992)は、包括的純資産が、物価が安定している(定形化されているが現実的な)ケースでも、年間GNPの3分の1以上に達する可能性があるとしている[16]

 しかし、ベースマネーを作り、それを中央銀行の運営に必要なリソース、あるいは政策の実施に使われる資産と交換する能力は、見かけとは違って、財務上の「常温核融合装置」ではないかもしれない。その限界はある。中でもBIS (1996)や Friedman (2000), Goodhart (2000)およびSantomero and Seater (1996)は、中央銀行による現金の発行は、電子通貨によって脇に追いやられるだろうという見通しを示している。また、ドル化によって中央銀行が紙幣発行の独占権を事実上失う可能性もある(Papi(2011))。より一般的には、金融緩和によるリターン(中央銀行の収入増)は、シニョリッジ・ラッファー曲線に従うと考えられ、インフレ率が上昇し続けると、あるピークを境に減少に転じると考えられる(Cagan (1956), Anand and van Wijnbergen (1989), Easterly, Mauro and Schmidt-Hebbel (1995) and Buiter (1986))〔※ラッファー曲線は、ある税率以上に増税すると税収が減ってゆく可能性を示している。それとの関連で、シニョリッジ(通貨発行権)のラッファー曲線中央銀行が貨幣発行量を増やしても実質の収入を増やせない状況を意味している〕。

しかし、ベースマネーの価値の低下に伴ってベースマネー保有者の行動が変化することによる制約は、ただちに拘束力を持ちそうではない。法律等に示されたマクロ経済目標によって、政策決定者に求められるインフレ率は、ふつう、インフレ率の上昇によって中央銀行の収入が減少に転じるような水準を大きく下回っている[17]。一見すると、これは「話は終わりだ、政策目標に合致したインフレ率よりも高いインフレ率が収入にもたらす影響は重要ではない」と言っているように受け取られるかもしれない。しかし別の角度から見れば、政策目標と財務目標との間の潜在的な対立やトレードオフが問題であることが明らかにとなる。

Stella and Lönnberg (2008)は、(政府からの移転なしに)長期的な収益性を確保する唯一の方法が、政策目的と合致しない伸び率でベースマネーを増やすことである場合を「政策破綻」あるいは「政策破産」という言葉で表現している[18]。Buiter (2007)は、上記のラッファー曲線のせいで中央銀行インフレ目標を「独立的にやりくりできなくなる」条件を分析的に導出している。この言葉で彼が意味しているのは、中央銀行の長期的収益性に合致せず、それゆえにプラスの包括的純資産とも矛盾することである[19]。Stell and Lönnbergの政策破綻とは、選ばれた目標が中央銀行によって独立的にやりくりできない状態だと考えることができる。

しかし、中央銀行の長期的な収益性が危うく、包括的な純資産がマイナスになり、インフレ目標を独立的にやりくりできなくなって、政策破産に追い込まれるようなことは、どれほどの頻度でありうるのだろうか。これは実証的な問題である。二つめの論拠として、ベースマネーの独占的発行によって長期的収益性が確保されるとしたが、これは、政策破産に追い込まれるような状況が極めて稀であることを示唆している。ならば、中央銀行の財務状態が政策目標の達成に支障をきたすことを懸念する必要はない。このような見方は、進歩した大規模な金融市場のある米国のような国々で、中央銀行に対する考え方を固めた経済学者によって、しばしばなされるものである。(これは実証的な問題であるので、利用可能な証拠については次のセクションで議論する)。

中央銀行の財務を懸念すべきではないとする第三の論拠は、中央銀行の経営者のポケットの深さである。中央銀行の包括的純資産が単体でマイナスになったとしても、政府の徴税力がその後ろ盾となり、それが政策を妨げることなく活用できるのであれば、問題はないとする[20]。多くのマクロ経済学者は、金融政策と政府財政を、金融当局と財政当局からなる統一的な制度構造の中で考えることで、暗黙のうちにそう仮定している(例えば、Romer (2011) や Walsh (2010) などの標準マクロ経済学の教科書を参照)。だとしても、標準的なマクロでは、インフレを税収源として、しかも潜在的に効率的な税収源として扱うことが一般的である[21]。〔すると〕物価安定という政策目標と、政府支出のための効率的な資金調達という政策目標との間に、矛盾が生じる可能性がある。より極端な場合、金融政策を意図的に軽視する財政当局が、物価安定と整合的でないほど大きな役割を、インフレ税に担わせるかもしれない(Sargent and Wallace (1981))。このような財政の支配が将来的に起こる可能性は、平時においても影響をおよぼすかもしれない。平時においてインフレが歳入増加の手段として利用されるならば、異時点間の予算制約の管理にたいする政府の政策選好についてのシグナルが発せられることになる。財政制約がある時にインフレ税が使われる可能性が大きいとみなされれば、中央銀行による政府収入への貢献が下がれば、税率が上がるよりもインフレ率が上がる可能性が高まるであろう[22]

これらの財政学的な検討は、中央銀行が、少なくとも物価安定の追求を妨げられることなく、包括的なバランスシートの穴を埋めるために、税収からの移転を常にあてにできるかどうかを疑う理由となる。

 さらに、政策立案者の最大の関心事は、インフレ税の濫用を防止することであったため[23]中央銀行財務省との制度的分離が好まれ、中央銀行にはインフレ税収が失われることへの財政的配慮に優先する、物価安定の目的が付与された[24]。この文脈では、公共部門を一体にとらえるという仮定はもはや妥当ではない。政治家が最終的な支払い主であり続ければ、政策における政治的選好の役割を制限するための制度的分離が損なわれる可能性がある。中央銀行の包括的純資産を支えるために、税収からの将来の移転にさえ依存することは、制度設計の目的に反することになる。Ize (2005)によれば、インフレに関する信頼性を維持するためには、中央銀行は、現在の利益や現在の会計上の資本がマイナスであっても、その包括的純資産(将来の実質利益)がマイナスでないことが必要である。Buiter (2008)も同じ結論に達している。

このように、中央銀行の財務状態は、政策的義務を果たす能力と本質的に無関係であるという考えを、その結論に導きうる3つの理由すべてに関して否定する文献が存在する。この3つの理由すべてに関連して、既存文献は、中央銀行の財務が政策にとって重要ではないことに異をとなえる、反対の事例や実証的証拠を挙げている。(1) ベースマネーは必要に応じて作ることができるが、物価の安定を犠牲にする可能性がある。(2) ベースマネーの発行を独占しても、政策目的を犠牲にしないかぎり(それにも限界があるのだが)、長期的な収益性は保証されない。(3)政府による所有は、財務的な後ろ盾となりうるが、これは毒薬であるかもしれない。意思決定者のインセンティブを変化させることで、政策パフォーマンスにダメージを与えるかもしれないのである。これらの反例と限界がどの程度一般的で、どれほど実際に重要であるかを評価するために、次に実証的証拠を検討する。

 

  1. 実証的な証拠

最も重要な実証的問題は、本質的に中央銀行が常に安定的な巨額の収入源を享受しているのかということである。Martínez-Resano (2004, p. 8)は、この考えを「ナイーブ」だと評している。Schobert(2008)は、1984年から2005年の間に、108箇所の中央銀行のうちで、少なくとも1年間は赤字となった事例を43件報告している。また、Stella and Lönnberg (2008)は、1987年から2005年の間に5年以上連続して損失を出した中南米の事例15を表にまとめ、そのうち8事例は10年以上も損失を出していることを示した。

Fry (1992)は、公表されている利益はふつう、計算上のシニョリッジによる収入よりもはるかに小さく、その差は通常、サブスタンダードの(非市場の)資産と、高価な負債の保有によって説明されると指摘している。Ize (2005)は、純外貨準備の保有コストに着目し、中央銀行の運営コストの伸びと通貨発行との関係に焦点を当てた。こうして彼は、長期的な収益性の問題を定型的に表現し、平均的な低所得国(および、いくつかの中所得国)の中央銀行が、収入ギャップを埋めるのに十分な純資産を持っていなくとも、あるいは物価安定水準以上のインフレがなくとも、運営できるほどの「構造的」利益[25] が十分にあるとは考えにくいと結論付けた。他の研究でIze (2006)は、2003年の87箇所の中央銀行のサンプルのうち、およそ3分の1で構造的利益がマイナスであること、その理由は、典型的には純金利マージンがマイナスで、運営コストが比較的高いせいであることを発見した。構造的利益がプラスであった約3分の2のサンプルでは、これらの純利益は平均でプラス(通貨発行額の10%近く)であったものの、残りの3分の1では大幅にマイナス(3%以上)であった。弱い方のグループの構造的利益の欠如は、運営コストが高いことで悪化した(運営コストは通貨発行額に占める割合でみて、もう一つのグループよりも平均40%高い)。

明らかに、中央銀行が本質的に儲かるものだとは言えない。反例が多すぎるからである。実際、この論文で指摘したいのは、中央銀行の財務は(他の特性もそうであるが)非常に多様だということである。通常時でさえ、多くの中央銀行に長期的収益性があるかは微妙である。

ベースマネー発行の独占権が収益性を保証するという命題に、このような明らかな反証が見られるのはなぜか。Fry(1992)は、中央銀行が引き受けた、あるいは引き受けを強いられた、財政に準ずる活動(準財政活動)のせいだという[26]。他の論者は、為替レートに関連する問題を指摘する。例えば、Schobert (2008)は、調査対象となった(108箇所の中央銀行1984年から2005年の)年次財務報告のうち、8%で損失が報告されており、その大部分が〔為替介入の〕不胎化費用や為替差損を、最大の支出項目として挙げていると述べている[27]。Cukierman (2011)は、特に金融市場が狭い国では、金融レジームや金融セクター構造の変化が、ともに中央銀行の損失計上を助長するとした。私たちもまた、その理由の一部は、先進国でない国々の金融システムの特性に根ざしており、構造的なものであると考えている(第C部の第1節)。

しかし、財務的な弱さは、本質的に無視しうるものではないとしても、また実際には珍しいことではないとしても、それならば、中央銀行の財務状況はふつう、その目的にとっては重要ではないと言えそうである。Ize (2006)は、これらが一般的に、中央銀行の政策目的にとって重要ではないとは言えないという、それらしい証拠を示している。87箇所の中央銀行のサンプルを、構造的利益がプラスの銀行とマイナスの銀行に分けたところ、2003年の前者の平均インフレ率は後者の平均インフレ率の約3分の1だったという(3.5%対9.5%)。Stella(2003)も、同様の手法を用いて、異なるサンプルで、1992年と1996年、2002年の3年間を対象として、同様の結果を出した(中央銀行を財務的に強いグループと弱いグループに分けたが、指標は損失を用いている)。Stella(2011)は、より広いサンプルと、異なった年次(1992年、1997年、2004年)、異なる財務力の定義(IMFのInternational Financial Statisticsにおける「資本」と「その他の純項目(other net items)」)を用いて、ほぼ同じ結果を得た。財務力が弱い中央銀行には、より高いインフレの傾向がある(2倍)というのである[28]

また、検討すべきいくつかの事例研究がある。Friedman and Schwartz (1963) によれば,FRB が自らの純資産を気にしていたことが、大恐慌の勃発に対する積極的な拡張的対応を妨げた要因であったという。時計の針を進めると、Ueda (2004)は、1980 年代から 1990 年代にかけてのベネズエラや、同様の時期のジャマイカの事例を、財務的な弱さによってインフレ抑制を断念せざるを得なくなった例として取り上げている[29]。日本は自らを、財務的な弱さによって(あるいはむしろその心配によって)金融政策が制約された例に挙げてきた。中でもVan Rixtel (2009)は、日本銀行の数人の政策担当者たちの、積極的な量的緩和日本銀行の財務を弱め、独立性の喪失につながりかねないとする懸念の言葉を引用した[30]

 Dalton and Dziobeck (2005)は、個別の具体例としていくつかの事例を取り上げた(ブラジル、チリ、チェコハンガリー、韓国、タイ)。これらにおいては、事前の政策の誤りによって損失が生じたが、多くの場合にはその後の中央銀行の改革によって、損失が政策問題の悪化にはつながらなかった。Schobert(2005)は東欧やトルコの事例を挙げている。これらにおいては、準財政的な理由で取得した不良資産がバランスシート上で十分に大きく、利益を悪化させ、時には政策に支障をきたすこともあった。Stella(2008)はコスタリカハンガリーニカラグア、ペルー、ウルグアイ、そしてベネズエラの事例を考察している。例えばペルー中央準備銀行は、新しい中央銀行法が導入される前の数年間、主に準財政的な原因による赤字が続き、1987年にはそれがGDPの5%を超えたが、その赤字は主に通貨創造によって賄われた。インフレは爆発的に進み、1990年には7000%に達した。アジアの事例も繰り返し引用されている。フィリピンでは、政策能力を再確立するために、1993年に旧中央銀行清算し、きれいなバランスシートと新しいガバナンス体制を備えた新中央銀行を設立した。Stella (2011)はまた、1990年代半ばのハンガリーや、1980年代後半から1990年代前半のペルーとウルグアイ、それに1990年代前半のニカラグアの事例も取り上げて、中央銀行の財務上の弱さとマクロ経済政策の成果の悪さが対応していることを示した[31]

しかし、中央銀行に関する重要な最近のケーススタディで、チリに関するもの(特にRestrepo et al (2009))とチェコ共和国に関するもの(Cincibuch et al. (2008) and Frait and Holub (2011))は、財務上の弱さそのものが、実際の政策パフォーマンスを悪化させるものではないことの証拠となる。財務上の弱さにもかかわらず、政策的に良好な結果を実現した中央銀行をざっと確認すれば、これにはイスラエルやメキシコの中央銀行も含まれる。この4つのケースについては、本論文のパートCで詳しく解説する〔※抄訳には含まない〕。

中央銀行が財務上の弱さやストレスを抱えている時期と、政策の結果とを、単純に関連づけるだけでは不十分である。少なくとも、政策の結果を左右する可能性のある他の要因を制御することが求められよう。はっきりと可能性として挙げられることは、国の経済政策のアレンジメントの悪さが、マクロ経済の結果の悪化と、中央銀行の損失の、両方の原因になりうることである。このような可能性をコントロールするために、計量経済学的手法を用いた研究を、私たちは3つだけ知っている。

 Klüh and Stella (2008) は(130箇所の中央銀行のサンプルで)、2005年までの10年間で、中央銀行の財務力が低下し、平均資産利益率が約1.7%から約0.75%に低下したことを報告している。彼らは、1987年から2005年までのラテンアメリカ15カ国を対象としたパネル回帰分析によって、購買力の低下を説明する上で、中央銀行の財務が統計的に有意な役割を果たすことを発見した(時には非線形の証拠もあった)。しかし、財務が大幅に悪化しなければ、マクロ経済に結果に重大な影響を与えることはなかった。Benecká et al (2012)は、これらの結果の頑健性をチェックするために、ラテンアメリカ以外の地域にもサンプルを拡大し、異なる実証的手法も追加的に用いた。彼らは、KlühとStellaの結果が確認される場合もあったが、一般的にはその関係は弱く、頑健ではないと結論付けている。

Adler et al. (2012)は別のアプローチをとり、中央銀行の財務がマクロ経済政策の結果に与える影響を問うのではなく、金融政策のありかたに与える影響を問うた。そのさい、最適化された政策反応関数をベースラインとした[32]。これは、中央銀行がコントロールできる範囲を超えた、マクロ経済政策の結果を決定する追加的要因という問題を回避するためである。その結果、中央銀行の財務の脆弱性が、「最適」な金利設定からの乖離に、統計的に有意な影響を与えることがわかった。ただし、これらが最も頑健かつ有意に現れるのは、政策の乖離が大きい場合に限られる。しかも、これらの結果があてはまるのは、先進国でない場合に限られる。これは、政策機関の質が違いをもたらしている可能性がある。

 

 

  1. 要約

既存文献のメッセージを要約するならば、理論的には中央銀行ベースマネー発行の独占権や、破産手続きからの保護、〔政府〕という極めてポケットの大きな所有者の後ろ盾といった、明確な財務上の利点があるにもかかわらず、財務上の困難に陥る可能性がある。このような問題は、包括的純資産がマイナスであること(つまり赤字を埋め合わせるだけの、恒久的な将来の収益性が不十分であること)によって特徴づけられる。このような状況に陥る恐れのある中央銀行が利用できる回避策は2つしかないようであるが、そのどちらも、魅力的なものではない。一つは、インフレ対策をゆるめたり、〔経済的に〕望ましくとも財務的なリスクのある政策行動を避けたりといった、政策方針の変更である。この回避策にも限界がある。インフレ率の上昇によって、得られる利益は結局のところ減ってゆくし、金融市場の機能低下によって仲介機能が海外に出て行く可能性もある。第二の回避策(すなわち納税者からの新鮮な実物リソース)は、納税者のリソースが政治的プロセスを通じて仲介されることになるため、中央銀行の独立性によって意図的に構築された政策決定インセンティブ構造と、矛盾する可能性がある。また、政府がインフレ税に手をつけようとしないほどには、財政のあり方はよくできたものではないかもしれない。

利用可能な限られた実証的エビデンスは、中央銀行の財務的な弱さがその政策の成功の見込みに与える影響について、確定的ものではない。文献で指摘されているような、理論的な財務的障害は、一般的には認識されていないが(特に発展度合の低い国々では)現実に存在する。既存文献でさほど明確になっていないことは、中央銀行が最終的に財政支援を必要とするかもしれないという(理論的な)可能性が、現在すぐ、様々な経済主体の態度や期待に影響を与えるかどうかである。我々はこの文脈においては、財務上の強さや弱さを示す、現在慣習的に用いられている会計指標が、様々な経済主体によってどの程度まで、政策の深遠なる限界に近づいたことを示すノイジーなシグナルとみなされるかについて、フォーマルな証拠を持っていない(実際には、後述するように、しばしば誤解を招くシグナルとなる可能性がある)[33]。この未知の部分が、より重要性を増しているのかもしれない。2007年の金融危機が発生する以前から、中央銀行の財務状況が弱まる傾向にあったことを示唆する暫定的なデータもある。本稿で論じるように、金融危機によっていくつかの先進国の中央銀行の財務エクスポージャー〔リスク資産を含む資産の構成〕が大きく変化し、その結果、後進国中央銀行の財務状況とよく似たものになるかもしれない。

 

 

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Woodford, M (2000), “Monetary policy in a world without money”, International Finance, no 3, pp 229–60.

 

[14] 印刷費その他の通貨管理コストや、中央銀行における預金口座を支えるコンピュータシステムの維持コストは、一般的には些少ものであるため無視している。

[15] これは、中央銀行ベースマネー発行を独占することによる未登録のフランチャイズ価値よりも大きな正味現在価値を持つ偶発債務やその他のオフバランス負債を持っていないことを前提としている。

[16] 限定詞の意味は、インフレ率が高いほど名目金利は高くなり、中央銀行の純利鞘が拡大するということである(仮定として、ベースマネー負債の大部分が無利子であり、それによって市場利回りを稼ぐことができるものとする)。

[17] Easterly, Mauro and Schmidt-Hebbel(1995)の研究では、1960年から1990年の間に、高インフレ(年率100%以上)の途上国11カ国のサンプルでは、インフレ率が250%程度になることが示唆されている。

[18] Fry (1992)は、中央銀行が負債を返済し続けるためには加速度的なインフレが必要となる状況を、中央銀行の破綻とした。

[19] Buiterはまた、インフレ目標中央銀行財務省の「協働してもやりくり可能」でない条件も導出した。このような場合には、政府が中央銀行を救済して目標をやりくりさせることもできない。

[20] Buiter (2008)は納税者が、財務省を通じて中央銀行の支払能力を保証する究極かつ唯一の保証人であると論じている。したがって、各国の財政当局は、納税者が中央銀行の純資産を保証していることを周知する必要がある。彼は(この2008年の論文では)、中央銀行の独立性が(例えば、物価安定目標の達成や規制の執行を見合わせないという約束の信頼性を高めることによって)公共政策目標の達成を支援するために定められた状況における、中央銀行の政策の有効性に対する財政当局のこの重要な役割の意味するところを論じていない。

[21] Phelps (1973)や Poterba and Rotemberg (1990) 、Chari and Kehoe (1999)を参照。もしインフレが多くの税源の一つであると実務上広く考えられていれば、ある種の景気循環に関連する特性が観察されるはずである。しかしRoubini and Sachs (1989) や Edwards and Tabellini (1991) によれば,一般的にはそうではない。Delhy Nolivos and Vuletin (2012) は,これは中央銀行の独立性の程度をコントロールできていない結果かもしれないと示唆している(独立した中央銀行は,税率(すなわちインフレ率)を反循環的に調整したり、他の税収が減ったことによる穴を埋めたりすることはない)。

[22] 物価水準の財政理論では、財政当局が政策パスを選択するまで物価は不確定であり、物価水準は財政政策と金融政策の結合関数となる(Leeper (1991), Sims (1994), Woodford (1995), Kotcherlakota and Phelan (1999) を参照)。Sims (2003, 2008)は、中央銀行の独立的アイデンティティを無視できるかどうかは、税金が最終的に中央銀行の純資産をバックアップするという理解にかかっていると指摘している。このような裏付けがない場合(SimsはECBがそのような立場にある可能性を示唆している)、中央銀行は純資産を維持することにもっと気を配る必要があるかもしれない。一方、Zhu (2003)は、Benhabib et al (2002)の財政理論モデルにおいて、中央銀行が自らの純資産に関心を持つと仮定することで、中央銀行の財務に独立した役割を持たせている。流動性の罠では、中央銀行が自らの財務を気にするあまり、十分に積極的な政策をとれなくなり、マクロ経済が不安定になる(局所的不確定性や分岐)。

[23] ここでいう濫用とは、インフレのコストに対する誤った認識や、意思決定者のインセンティブのゆがみによって、最適なインフレよりも高いインフレを許容してしまうことを意味する。

[24] 制度的な分離や独立性を主張する文献には、主に2つの流れがある。一つは、インフレバイアスがインフレと短期生産のトレードオフの相互作用に起因し、それが政策決定者の行動に対する期待に影響を与える(Barro and Gordon (1983); Persson and Tabellini (1993); Walsh(1995); and Albanesi et al (2003) )というモデルである。もう一つは、景気循環や変動の要因として、政治的競争がマクロ経済政策に与える影響に着目したものである(Alesina (1987) に始まり、その後の様々な共著者による研究、Drazen (2000) など)。これらのインフレバイアスの原因は、概念的にはインフレ税とは無関係であるが、制度的分離を動機づけることによって、同じように、中央銀行が政策目標の達成を妨げられることなく財務体質を保証するために、政府の救済に依存できるという命題を弱めることになる。

[25] これは大まかに言えば、発行通貨の裏付けとなる資産から生み出される利益から、有利子負債の支払利息や運営コストを差し引いたものである。Ize (2005)も参照。

[26] 準財政活動とは、財政当局が税や補助金の組み合わせによって予算内で実施できたはずの、再分配的な政策行動のことであると考えられる。

[27] FryとSchobertの見解は、必ずしも対立するものではない。とりわけMackenzie and Stella (1996)は、為替レートに関する行動は、再分配的である(例えば、輸出企業を優遇する)という意味で、しばしば準財政的な性質を持ち、原理的には財政による、明示的な税や補助金、支出によって実施しえたものと主張している。多くの金融政策措置が所得分配と財政に(部分的には中央銀行自身の財務活動を通じて)影響を与えるのであるから、財政政策と金融政策の間の境界線は全く明確なものではない。Goodfriend (2011)によれば、信用政策は明らかにその境界線を超えている(信用政策は、中央銀行のバランスシートの構成を変えるが、銀行の準備預金(bank reserve)やそれに対する支払利息に影響を与えないため、政策金利フェデラルファンド金利)を変えない行動と定義されるものである)。金融政策と、準備預金に付利をする政策は(彼が論じた他の2つのカテゴリーであるが)、財政的効果を持つものの、より明確に金融的な性質を持っている、と彼は述べる。それでもGoodfriendは、ゼロ金利下限においては、利潤に対するリスクと、財政的収入に関するリスクが大きくなりうるので、中央銀行の財務的独立性を維持するためには、財政当局による事前の支援が必要になる場合があると論じている。Shirakawa (2010)はより明確に述べている:「中央銀行が行う非伝統的政策手段には、準財政的な要素が含まれている。たとえば、そうしたオペレーションによる損失に伴う潜在的な納税者負担や、ミクロレベルでの資源配分への介入などである。...民主主義国家においては、これらの措置は政府によって決定さ実施される必要があるのであるから、政府が決定を先送りすれば、中央銀行は難しい立場に置かれる。」

[28] ハイパーインフレの異常値を除いても、99%の信頼水準で統計的な差が見られる。

[29] Vaez-Zadeh (1991) もジャマイカの経験を論じている。彼による歴史的解釈では、中央銀行は、自分の負債に支払う金利を引き上げれば、金利支払いコストが増え、既存の損失が増幅することになるので、金融抑圧(中央銀行の施設を利用する銀行に対する経済的に非効率な罰則)に転じざるを得なかったという。

[30] van Rixtel (2008) の Box 1 を参照。Cargill (2005) と Benecká et al (2012) も参照。Sims (2003)は、自らの独立性を心配する中央銀行が、自身の財務リスクへの影響を考えて金融刺激策を控えるかもしれないと述べたが、この問題を日本銀行ではなくECBと関連付けていた。その代わりに彼が示唆したのは、日本の財政当局の側が、中央銀行の実質的な負債の増加を懸念して、景気刺激策を弱めた可能性であった。重要なのは、そのようなことが政策に影響を与えたことを、現在の日銀幹部が否定していることである。白川総裁は、政策的な利益と日銀の財務上の利益との間に対立があることを認識しつつも、政策的利益の方が支配的であると明言している(Shirakawa (2010))。

[31] 我々はここでは明確化のために、財務上の弱さに関する定義として、「政策目標の達成を妨げる財務状況」というStella(2008)の定義を用いない。本稿の文脈では、このような定義では循環論法となるためである。

[32] 政策反応関数はテイラールールの精神を受け継いだ道具的ルールであるが、金利の平滑化と為替レートへの反応を許容している。サンプルは、為替レートの柔軟性がある程度ある国に限定されている。

[33] Vaez-Zadeh (1991)は、中央銀行に損失が現れるだけで、マクロ経済の結果に悪影響が及ぶ可能性があることを示唆した。

 

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資金循環統計を用いた近年のマネーストック増加率の要因分解

概要と結論

 

 資金循環統計を用いて、近年のマネーストック増加率の要因分解を試みた。M3は2000年第に停滞し、2010年代に伸び、2020以降に急激に増えたように見える(図1)。ちなみに、2021年3月末までの1年間で約103兆円も増加した。これについてはまず、2020年度(コロナ禍初年度、4月から翌3月)における政府の財政支援策がマネーストックM3の増加に寄与したかのように考えられる。

 しかし要因分解を行った図2を見れば、マネーストックが6~7%も伸びた2020年度においても、財政要因(社会保障基金を含む中央政府の赤字)の寄与度は伸び率の半分弱であったことがわかる(金額は約52兆円)。この年度において最も寄与度が高いのは、通貨保有主体(金融機関と中央政府および海外以外の部門で、地方自治体を除く)における「資金調達要因」すなわち負債等の増加である(約67兆円、うち借入れは約60兆円)。また、それよりも少ない度合いで海外要因(日本の経常収支黒字)が寄与している。なお、M3は通貨保有主体の現金・預金である。「資金シフト要因」とは、金融資産全体のうちM3以外のものの増加分の寄与度である。これを見れば、2021年以降は、通貨保有主体は負債や資本金の増分とほぼ同額をM3以外の金融資産で保有するようになっていることがわかる。

 最後に、データが利用可能な全期間(1999年から2022年)についてのグラフが図3である。これによれば、2009年から2013年頃の方が、2014年以降(コロナ禍の2020年以降を含む)よりも財政要因の寄与が大きかった(すなわち財政赤字が大きかった)ことがわかる。近年においては、税負担だけでなく社会保険料等の負担も増加していることが背景にあると考えられる。

 

 要因分解やデータの詳細については解説編において説明する。

 

出典:日本銀行「資金循環統計」データより筆者作成。ただし通貨保有主体の現金・預金等をM3とした。

 

注:M3は通貨保有主体の現金・預金の保有高である。この増加率は、以下の寄与度の合計と一致する。

資金調達要因:通貨保有主体の金融負債等の増加の寄与度

財政要因:中央政府社会保障基金を含む)の赤字の寄与度

海外要因:日本の経常収支黒字(海外部門の赤字)の寄与度

金融機関要因:金融機関部門の赤字の寄与度

資金シフト要因:通貨保有主体の金融資産のうち、M3(現金・預金)以外の金融資産の増加の寄与度

 

 

解説編

 

 資金循環統計は日本経済における諸部門および海外部門の金融資産のバランスシートを統合的に表現した統計集であり、日本銀行のホームページで利用可能である(日本銀行調査統計局経済統計課2001、日本銀行調査統計局[日付なし])。最新の統計はExcelファイルとして利用できるが、それ以前のものは「日本銀行時系列データ検索サイト」から読み出すこととなる。

 マネーストックは民間部門が保有する貨幣(通貨、おカネと同義)である。これには日本銀行財務省が発行する現金(日本銀行券と硬貨)の他に、金融機関が供給する「預金通貨」(普通預金や定期預金など)が存在する。マネーストック保有する「通貨保有主体」は、金融機関や中央政府(社会保障基金を含む)および海外を除いたものである。

 資金循環統計の各部門のバランスシート(フローとストック)から必要な数値を抽出して、必要に応じて統合すれば、マネーストックの伸びの要因分解(いわゆるバランスシート分解)が可能となる(内閣府2014の付注1-7を参照、本稿末尾に収録)。通貨保有主体は金融資産として現金・預金等(流動性預金、定期性預金、譲渡性預金、外貨預金)を保有し、これらがマネーストック(①M3)となるが、それ以外の金融資産も保有する(②その他金融資産)。また負債等には借入金(表2の分類における「貸出」)の他に債務証券や株式なども含まれる(④金融負債)。バランスシート左側の金融資産から右側の金融負債を差し引いたものが、フロー表では資金過不足であり、ストック表では純金融資産である(⑤純金融資産)。資金循環表においては複式簿記の方法で部門間の金融資産・負債の対応がついているので、通貨保有主体と金融機関、政府、海外(この4部門に統合されたものがすべてである)について、資金過不足ないしは純金融資産を合計するとゼロとなる。従って、通貨保有主体の純金融資産(⑤)は、中央政府(⑥)と海外(⑦)、および金融機関(⑧)の純金融負債の合計と一致するのである(フロー表では、通貨保有主体の資金余剰が、中央政府と海外および金融期間の資金不足と一致する)。

 付注1-7によれば、マネーストックの増減に関して、「②その他金融資産」の増加はM3の減少要因であり、「④金融負債」の増加はM3の増加要因であり、また「⑥中央政府」と「⑦海外」、「⑧金融機関」の資金不足もM3の増加要因となる。すなわち、

 

  • M3の増減=④金融負債の増減+⑥中央政府の資金不足+⑦海外の資金不足
          ⑧金融部門の資金不足-②その他金融資産の増減

 

である(⑥~⑧については、付注1-7に「資金過不足」とあるのは「資金不足」の誤りであり、上の式では訂正をした)。中央政府の資金不足とは広い意味での財政赤字のことであり、海外の資金不足とは日本からみた経常収支黒字であり、金融部門の資金不足とは金融部門の赤字のことである。内閣府の解説では、これらを名付けて、

 

 M3の増減=資金調達要因+財政要因+海外要因+金融機関資金不足要因-資金シフト要因

 

としている(著者のグラフでは、金融機関資金不足要因は金融機関要因と呼んでいる)。

 

グラフを作成するために、日本銀行のホームページ(時系列統計データ検索サイト)の、資金循環統計より、各部門のフローとストックのバランスシートの四半期データを入手する(非金融法人企業、家計、非営利、地方公共団体、金融機関、中央政府社会保障基金、海外の、資産側の現金・預金と資産合計、負債側の貸出と資金過不足について、1997年第4四半期以降の全データを一挙に入手した)。本稿では、表1における各部門の中で、非金融法人企業と家計、対家計民間非営利団体の他に、地方自治体を統合したものを通貨保有主体とする。金融機関と海外は統計のまま1つの部門であるが、中央政府社会保障を合わせて1つの部門とする。

フロー表において、当該期の「①M3」の増分に相当するのは通貨保有主体の「現金・預金」であり、資産合計から「現金・預金」を引いたものが「②その他金融資産」の増分である。また、通貨保有主体の資産合計(バランスシートの負債側の合計と同じ)から資金過不足を引いたものが「④金融負債」の増分である。通貨保有主体の資金過不足(プラスが資金余剰として定義されている)は「⑤純金融資産」の増分であるが、これは「⑥中央政府」と「⑦海外」、「⑧金融機関」の資金不足に分解される。

ある四半期におけるマネーストックの増加率および各要因の寄与度は、それぞれの値の過去1年間の増加分(当該期と過去の3四半期を合わせた4四半期ぶんのフローの合計)を、前年同期のM3のストックで割ったものとする。例えば2020年第2四半期(2020[2])の場合のマネーストック(M)の伸び率と、負債等(D)の寄与度(資金調達要因)は、

 

(M2020[2]+M2020[1]+M2019[4]+M2019[3])÷M2019[2]=6.1%

(D2020[2]+D2020[1]+D2019[4]+D2019[3])÷M2019[2]=3.2%

 

となる。このようにして計算を行い、2004年第1四半期から2014年第1四半期までのグラフを描いたものが図4である。これは、内閣府・年次経済財政報告(2014)に掲載されたグラフ(図5)と、若干の違いはあるが、おおむね一致している。従って、ほぼ同様の手法で作図を行うことができたと考える(付注1-7では部門分けや計算方法に関する説明が不十分であったため、たとえ元のデータが同じであったとしても、全く同じグラフを描くことは難しい)。

 グラフを描く元となる計算結果は、本稿末尾に付表として収録してある。

 

 

図5:内閣府・年次経済報告(2014)のグラフ

 

出典:日本銀行調査統計局(日付なし)、p. 2-20より

 

出典:日本銀行調査統計局(日付なし)、p. 2-21より

内閣府(2014)の付注1-7

 

出典:内閣府(2014)より

 

参考文献

内閣府(2014)『平成26年度 年次経済財政報告(経済財政政策担当大臣報告)-よみがえる日本経済、広がる可能性-』平成26年7月

日本銀行調査統計局経済統計課(2001)『入門 資金循環 統計の利用法と日本の金融構造』東洋経済新報社

日本銀行調査統計局(日付なし)『資金循環統計の解説』

日本銀行(2021)『マネーストック統計の解説』2021年7月

 

付表: 寄与度計算の結果

M3
増加率

資金
シフト要因

資金調達要因

財政
要因

金融機関要因

海外
要因

M3
増加率

資金
シフト要因

資金調達要因

財政
要因

金融機関要因

海外
要因

1998

4

3.6%

3.5%

-4.4%

4.5%

-1.4%

1.4%

2011

1

2.6%

-0.8%

-1.5%

3.7%

-0.4%

1.7%

1999

1

3.6%

1.7%

-4.0%

5.3%

-0.7%

1.3%

 

2

2.7%

-0.8%

-1.2%

3.6%

-0.4%

1.4%

 

2

3.4%

1.3%

-5.4%

5.5%

0.8%

1.2%

 

3

2.6%

-0.7%

-0.6%

3.8%

-1.2%

1.3%

 

3

3.2%

1.0%

-5.9%

5.8%

1.1%

1.2%

 

4

2.8%

-0.6%

-0.6%

3.8%

-0.8%

1.0%

 

4

2.9%

-0.4%

-1.9%

3.1%

0.9%

1.2%

2012

1

2.6%

-2.0%

0.8%

4.2%

-1.2%

0.8%

2000

1

3.0%

-1.6%

-0.6%

3.3%

0.7%

1.3%

 

2

2.0%

-2.0%

0.1%

4.0%

-0.9%

0.7%

 

2

2.2%

-2.0%

0.2%

3.0%

-0.3%

1.3%

 

3

2.4%

-1.2%

-0.3%

3.9%

-0.5%

0.5%

 

3

2.5%

-2.4%

0.8%

3.5%

-0.7%

1.4%

 

4

2.4%

-1.0%

-0.8%

3.8%

-0.1%

0.4%

 

4

1.2%

-1.2%

-0.2%

3.1%

-1.9%

1.3%

2013

1

2.8%

-0.6%

-0.6%

3.5%

0.0%

0.3%

2001

1

1.0%

-1.4%

-0.6%

2.8%

-1.0%

1.3%

 

2

3.3%

-1.2%

0.1%

3.5%

0.5%

0.4%

 

2

1.2%

-0.6%

-1.0%

3.4%

-1.7%

1.2%

 

3

3.3%

-1.5%

0.0%

3.5%

0.8%

0.4%

 

3

0.7%

0.8%

-2.6%

2.8%

-1.3%

1.1%

 

4

3.4%

-2.3%

1.5%

3.3%

0.6%

0.3%

 

4

1.0%

2.0%

-3.6%

2.9%

-1.3%

1.0%

2014

1

2.4%

-1.9%

1.4%

2.8%

0.0%

0.2%

2002

1

2.2%

2.8%

-3.7%

3.5%

-1.6%

1.1%

 

2

2.3%

-0.7%

0.7%

2.5%

-0.3%

0.1%

 

2

1.7%

2.0%

-4.0%

3.3%

-0.9%

1.2%

 

3

2.5%

-1.6%

1.9%

2.4%

-0.3%

0.1%

 

3

1.4%

2.7%

-4.7%

3.2%

-1.1%

1.3%

 

4

2.8%

-1.7%

2.0%

2.1%

0.0%

0.3%

 

4

0.9%

1.2%

-3.7%

3.1%

-1.0%

1.3%

2015

1

3.1%

-1.6%

1.6%

2.0%

0.4%

0.7%

2003

1

0.1%

0.3%

-2.6%

2.8%

-1.5%

1.3%

 

2

3.4%

-1.9%

2.0%

1.7%

0.7%

1.0%

 

2

1.2%

0.9%

-3.1%

3.3%

-1.1%

1.3%

 

3

2.9%

-1.2%

1.1%

1.6%

0.3%

1.2%

 

3

1.5%

-0.4%

-2.1%

3.5%

-0.9%

1.5%

 

4

2.8%

-1.3%

1.4%

1.4%

0.0%

1.4%

 

4

1.4%

-1.0%

-2.0%

3.3%

-0.4%

1.6%

2016

1

2.6%

-0.7%

0.7%

1.4%

-0.2%

1.5%

2004

1

1.8%

-0.4%

-3.4%

3.9%

-0.1%

1.7%

 

2

2.7%

-0.6%

1.1%

1.4%

-0.7%

1.5%

 

2

1.0%

-1.6%

-2.2%

3.5%

-0.6%

1.8%

 

3

2.8%

-1.1%

1.7%

1.2%

-0.7%

1.6%

 

3

0.9%

-2.2%

-1.4%

3.2%

-0.6%

1.9%

 

4

3.2%

-1.0%

1.8%

1.1%

-0.4%

1.7%

 

4

0.6%

-2.6%

-1.2%

2.9%

-0.4%

1.9%

2017

1

3.3%

-1.9%

2.6%

1.2%

-0.4%

1.7%

2005

1

0.6%

-2.2%

-0.7%

2.9%

-1.2%

1.9%

 

2

3.3%

-1.9%

2.2%

1.1%

0.2%

1.7%

 

2

0.3%

-2.4%

-0.7%

2.4%

-0.8%

1.8%

 

3

3.7%

-2.5%

2.6%

1.4%

0.4%

1.8%

 

3

0.4%

-2.6%

-0.2%

2.5%

-1.1%

1.8%

 

4

3.1%

-2.0%

1.8%

1.5%

0.0%

1.8%

 

4

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2018

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2006

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2020

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2008

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2021

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2022

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2.3%

2.5%

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クナップ『貨幣の国家理論』に関する概念整理

本稿は2022年11月に新訳が出版された、ゲオルグ・フリードリヒ・クナップの『貨幣の国家理論』(小林純・中山智香子訳、日本経済新聞出版)を読み進める方々の便宜のために、概念整理を試みたものである。貨幣に関して我々が平素使っている用語と、クナップの用語は異なるものもあるが、どちらが正しいという性質のものではない。本稿はクナップの概念分類体系を理解するためのものである。

訳書は非常にこなれた良訳であるが、さらに別の訳語を充てた方が明快になると思われる箇所はそのようにしている(訳書の訳語を〔括弧〕で示す)。本文・出典中のページ番号は、上記の書籍(日本語版)のページである。説明には整理者の解釈が入ってしまっているので、注意深い読者は原典で確認してほしい。訳書の読者の理解の助けになれば幸いである。

 

1.正貨と本位貨幣、および請求権としての貨幣の意味

 正貨と本位貨幣(本書の最重要語)は意味が全く異なる。正貨は本位貨幣にも補助貨幣にもなりうるし、また非正貨でさえ本位貨幣にも補助貨幣にもなりうる(表1)。

 

表1 正貨と補助貨幣

 

本位貨幣

補助貨幣

正貨

金貨・銀貨等

政府が支払・受取の用意をしない金銀貨

非正貨

政府紙幣、銀行券等

卑金属硬貨、兌換券等

出典: クナップ(2022[1905])、p.111より作成

 

では正貨と本位貨幣とは何か。その定義を示す。

 

1.1. 正貨とは

 正貨とは(p.65~)、以下の様な条件を全て満たす金属貨幣である(満たさなければ非正貨である)。

 

1.正貨素材金属〔貨幣素材金属〕の種類と、そのメダル1個あたりの絶対的純分量(品位)を政府〔国家〕が規定する(例: 正貨の金貨1個は1グラムの純金を含まねばならない)。

2.上記のメダル1個の名目価値単位(通用力Geltung)を政府が定める(正貨素材発生の基準、例:正貨の金貨1個を1円とする)。

3.正貨素材金属を無制限に鋳造できる規定がある(制限があれば「非正貨素材」となり、正貨を作る材料にはならない。時代によって正貨素材が金の時期もあれば、銀や銅などの時期もある)。

4.過去に正貨として製造されたメダルも、純分量の基準と、正貨素材発生の基準を上回れば正貨として通用する。

 

 上記の条件を満たされると、メダルに含まれる金属の金額と、メダルの名目価格が固定される。ここで正貨素材とは「正貨になりうる素材」のことであって、正貨素材を(少しでも)用いれば必ずしも正貨ができるわけではない〔訳書では「貨幣素材」と呼ばれる〕。基準に従って製造されたメダルには、政府が権威・法令によって名目価値尺度(通貨名)を刻印する。それ以外の(正貨素材金属を含む)商品の価格はこの名目尺度で測定される。ふつう、金を正貨素材とすれば銀は正貨素材ではなくなる。逆に銀を正貨素材とすれば金は正貨素材ではなくなる。なお歴史的には、金と銀の両方を正貨素材とする場合もある(金と銀で上記の条件を満たすようなルールにすればよい)が、これは金銀「複本位」制ではない。

正貨素材金属量と金額の関係(例:金1g=1円)は自動的に常に固定されるわけではなく、素材金属の価格の相場は変動しうる。また、金貨も摩耗によって、名目価格に比べて含有金属量が下がることもある。そのため、金貨の名目額と金属価値を固定し続けるために、以下のような「正貨素材相場規制」が行われる必要がある(p.82)。これには、上記の「正貨素材発生の基準」の他に、「素材受迫制の基準」と「素材幻想制の基準」がある。

 

1.正貨素材発生の基準(例): 1グラムの純金を含むメダル1個を1円と決める。

2.素材受迫制の基準(例): 鋳造所は持ち込まれた正貨素材金属を全て受け入れて、上記の基準どおりの正貨に鋳造せねばならない(自由鋳造)。ただし鋳造手数料を取ってもよい。これによって正貨素材(金)の下限価格が決まる(メダル1個の鋳造手数料を5銭とすると、1グラムの金は少なくとも95銭以上の価値が保証される)。

3.素材幻創制の基準(例): 正貨素材の上限価格を決めるためには、正貨素材がいくらでも供給されるか、メダルの品位を十分に保つ規制が必要である。例えば1円金貨は0.95gの純金を含んでいなければ1円として通用しない(それよりも摩耗した金貨は従量を測って価値を決める)とすれば、正貨はそれ以上に摩耗する前に、国庫向け支払いに用いられて流通から消える。これによって、正貨枚数に比べて十分な正貨素材金属が生まれて、メダル額面よりも素材の価値が低く維持されるかのような錯覚をもたらす(p.84)。1グラムの金の価値は約1.05円(1÷0.95)よりは高くならない。

 

1.2. 本位貨幣とは

 本位貨幣(p.104)は、政府〔国庫〕からの支払のためにつねに準備され、政府がそれを支払うことを強制され、また政府がそれを無制限に受領することを約束しており、民間にも一般的受領義務が課されたものである。また、兌換されない最終的(definitiv)な貨幣である。本位貨幣は上述の正貨でなくてもよく、兌換義務のない紙幣でもかまわない(現在はそのようになっている)。この本位貨幣以外のあらゆる貨幣を補助貨幣と呼ぶ。

 

1.3. 支払と受領

 あらゆる人と人との間には、また人と企業の間にも、人と政府の間にも、債権・債務の関係がある。債務を負っている個人や法人が、貨幣を債権者に引き渡すことによって債務を消滅させようとすることを「支払」とよび、逆に、ある人に対する債権を、貨幣を受け取って消滅させることを「受領」と言う。受領する義務とは、法的に保証された一定額の債権は、期限内にその金額に相当する政府が定めた貨幣を支払われれば消滅させなければならない、ということである。本位貨幣はこの意味での「受領義務」を伴う。補助貨幣は、政府が定めた金額や枚数を超えると受け取りを断ることができる。

 貨幣とは、この意味での支払(債務の消滅)に利用できる事物であり、債務を消滅してもらうことを求める「請求権」であると言える。債務の消滅というばあい「借金を返す」事例は想像しやすいであろう。しかし、消費者がスーパーマーケットでモノを買うときには、買い物カゴに商品を入れた時点で債務を負っており、レジで金銭を支払うことで債務を解消しているのであり、この意味で貨幣が債務消滅にも用いられる。政府に対する支払では、租税債務や手数料などの支払い義務が生じたときに、それを消滅させるための「事情による請求権」として貨幣を用いることができる。

 

2. 貨幣の発生的分類、系統的分類、機能的分類

 貨幣を分類する上で、その区別の基準となる軸には、以下のようなものがある:

 

 ・重量測定的か、公布的か

 ・無定型的か、定型的か

 ・重量測定に基づく支払手段か、表券的(個数・額面による)支払手段か

・本位貨幣か補助貨幣か

・正貨素材発生的か、自己発生的か

・正範的か、非正範的か

・金属板片的か、非金属板片的か

・受領が義務的か、任意的か、そしてそれに制限額が設けられているか

・兌換可能(暫定的)か、兌換不能(最終的)か

・政府がいくらでも受け入れ、支払いのために準備している貨幣か否か

 

表2 貨幣(支払手段)の発生的分類(genetische Einleitung)

支払手段 Zahlungsmittel

 

重量測定的 pensatorisch

正貨素材発生的でしかあり得ない

 hylo-genisch ※貨幣ではない

公布的 prokramatorisch

定型的(morphisch)でしかあり得ない

表券Charta(板片Platte、箇片・切手Marke)

 

無定型的

amorphisch

定型的(箇片)

morphisch

「表券的chartal」な支払手段が「貨幣Geld」である
(硬貨も表券である)

天秤で重量を測定せず、枚数・額面金額を数える

 

(I)

金属重量測定制

Autometallismus

authylisch

al marco

いちいち天秤で金属量を量る

(II)

仮想的な
ドゥカート貨

 

硬貨だが天秤で重量を測って使用されるもの。

 

正貨(貨幣)素材発生的

hylo-genisch

自己発生的

auto-genisch

 

(III)=[1]

正範的硬貨
(=正貨)

(IV)=[2]

非正範的硬貨

(正貨の地位にない金貨・銀貨)

(V)=[3]

金属板片的硬貨

(主に卑金属による硬貨)

(VI)=(4)

金属板片以外

(本来の紙幣)

 

 

           

 

出典: クナップ(2022[1905])、p.50より筆者作成

 

 これらについては、以下の表に基づいて分類してゆく。

 

2.1. 貨幣の発生的分類

貨幣(支払手段)の「発生的分類」は表2のように整理される。「発生的」とは、貨幣の名目額面(通用力)が何を起源とするのか、という意味であって、歴史的な貨幣制度上の位置づけの発生を意味するのではない。

 支払手段(債務解消の手段となる事物)は、貨幣でないものと貨幣に分けられる。クナップによれば、貨幣でないものとは、いちいち金属の量を天秤で測って利用される支払手段である((I)と(II))。秤を廃止することが重要な進歩であり、個数や額面を数えることによって通用する表券的な支払手段が貨幣となる。それは、金貨や銀貨であっても表券的支払手段ということになる。

 発生的という用語について、「正貨(貨幣)素材発生的」とは金属の価値が貨幣の額面(名目通用力)の起源であることを意味する。金貨や銀貨の額面は、その金属の価値と強く関係しているということである(金銀材料の市場価格が、金銀貨の額面とほぼ等しく保たれる)。それに対して、貨幣の額面が金属価値とほぼ無関係に決まっているものを、おのずと名目通用力が(政府の公布によって)与えられたものとして、「自己発生的」と呼んでいる。現在の日本の紙幣や硬貨は基本的に全てこれにあたる((V)=[3]および(VI)=[4])。

 表の(III)=[1]は、正範的硬貨すなわち正貨のことであり、前節で説明した条件を満たす正貨である。たとえ貴金属貨幣であっても、その条件を完全に満たさないものは正貨ではなく、非正範的硬貨となる(IV)=[2]。

 

2.2. 貨幣の系統的分類

 表3の、「貨幣の系統的分類」は、表2の「発生的分類」とそれほど大きな違いはないが、貨幣でない支払手段(重量測定的なもの)は除去されている。表2と表3の対応関係を見ながら概念整理を行っていただきたい。

 

表3 貨幣の系統的分類

貨幣 Geld

正貨(貨幣)素材発生的

hylo-genisch

自己発生的

auto-genisch

正範的

Ortho-typisch

非正範的

金属板片的

metall-platisch

非金属板片的

 

[1]

正貨 bares Geld

[2]

兌換紙幣など

正貨でない貴金属貨など

[3]

ターラー貨

銀鋳貨(低品位)

ニッケル貨・銅貨

[4]

自己発生的紙幣

papiroplatiches

autogenisches Geld

出典: クナップ(2022[1905])、p.73より筆者作成

 

2.3. 貨幣の機能的分類

 表4の、「貨幣の機能的分類」は、当該時点の貨幣セット(用いられている様々な貨幣の組み合わせ)の中に様々なあり方の貨幣が含まれるときに、どの素材の貨幣がどのような機能を果たしているかを示している。義務的貨幣とは、債権者がその貨幣で債務の解消を求めた場合、金額にかかわらずそれを受領して債権を消滅させなければならないものである。それに対して、任意的貨幣とは、その受領と債権消滅を断ることができるものである。これは、支払額に応じて扱いが変わるものがある。現代の日本でも、硬貨には義務的受領の限度額がある。表4に示されたように、無制限貨幣、純粋な任意貨幣、制限貨幣の区別がある。

 

表4 貨幣の機能的分類

支払額を考慮しない

支払額に応じて扱いが変わる(限度額)

義務的 obligatorisch

任意的 fakultativ

義務的 ⇆ 任意的

無制限貨幣 Kuralgeld

純粋な任意貨幣

制限貨幣 Scheidegeld

(独) 金貨・ターラー貨

(独)国庫証券

(独)国法規程に従った銀貨

ニッケル貨、銅貨

(現代) 本位の紙幣

 

(現代) 硬貨

出典:クナップ(2022[1905])、p.102より筆者作成

※(独)とある行は19世紀後半におけるドイツの貨幣であるが、時期によって異なるので注意

 

 表5は、主に本位貨幣と補助貨幣の区別を示している。義務的受領か任意的受領か、最終的(兌換不能)か暫定的(兌換可能か)といったことによって、区別がなされる。受領が義務的な最終的貨幣であり、政府としてもそれを用意して政府支出に用いて、受け取り手にその受領を強制するものが本位貨幣である(また本位貨幣は、政府がその素材の品位にかかわらず政府に対する支払に際しては無制限に受け容れる)。本位貨幣でないものはすべて補助貨幣である。これも表4と照らし合わせて理解されたい。

 

表5 国庫からの支払からみた貨幣の機能的分類

義務的受領 obligatorisch

任意的受領

fakultative

最終的貨幣 definitives Geld

暫定貨幣(兌換可能)

provisorisches Geld

政府が用意し受領を強制

政府が用意しない

本位貨幣

Währung

補助貨幣 (制限貨幣を含む)

akzessorisches Geld (inkl. Scheidegeld)

※ 正貨が補助貨幣になることもある

       

出典:クナップ(2022[1905])、p.105より筆者作成

 

2.4. 本位通貨の類型

表6は、本位通貨の類型を示したものである。繰り返すが、本位通貨は正貨(I)とは限らず、非正貨(非金属の板片や紙片)などの非正貨を本位通貨とする場合もある(現代の主要国の貨幣がそうである)。また、正貨であっても、正貨素材相場規制が不完全(コインが摩耗しても放置するなど)の場合(a)もあれば、素材相場規制が機能している場合(b)もある。(b)の場合でなければ、正貨の額面と素材金属重量の関係は固定されない。

 

 

表6 本位通貨の類型

 

(a) 正貨素材相場規制が不完全

(b) 正貨素材相場規制が機能

I. 正貨セット

1.銀

2.金

 

I. 1a

I. 2a

 

I. 1b

I. 2b

II. 非正貨セット

1. 金属版片

2. 紙片

 

II. 1a

II. 2a

 

II. 1b

II. 2b

出典:クナップ(2022[1905])、p.120より筆者作成

 

  1. 通用と国庫への滞留

 上記の概念整理から、政府が本位貨幣および補助貨幣と定めたものが、その名目的額面に基づいて通用することが理解できたであろう。ただし、補助貨幣は本位貨幣以上のプレミア(含有金属価値が額面よりも高いこと)があれば、退蔵されて流通しない。補助貨幣はディスプレミアがなければ支払いに使われず、流通しない(「悪貨は良貨を駆逐する」というグレシャムの法則は、このことに関係する)。

 他方で、政府は悪化でも本位貨幣を受け入れなければならない。それは、正貨よりも品位の低い補助貨幣を、人々は政府に対する支払いに優先的に用いることを意味する。その結果、補助貨幣が国庫に滞留する。これは、たとえ政府が均衡財政を維持できていたとしても、政府の財政を悪化させる一因となる。そのため、価値の低い補助貨幣が滞留した場合、政府には通貨の品位を下げる改鋳を行う必要性が生じる。

 

4. さいごに

以上のとおり、クナップの貨幣概念を整理してきた。

クナップの書籍が出版されたのは1905年であり、その頃の主要国が金本位制を採用していたことから、金属主義的貨幣観が常識であった。しかし現在では、いずれの主要国も、銀行券という不換紙幣を本位とする貨幣制度を採用している。このことはクナップの先見の明を示していると思われる。

クナップの書籍は、こなれた日本語訳によっても難解であるので、本稿を参照しながら、概念整理しつつ読み進めていただければ、必ずや理解が深まるものと思われる。ご活用いただければ幸いである。

 

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ミクロ経済学のための貨幣循環

youtu.be

制作・解説:朴勝俊(関西学院大学教授)

 

ミクロ経済学の貨幣循環」というタイトルで、貨幣と財政の本質をわかりやすく解説した動画です。政府の貨幣発行だけでなく、岸昌三先生の論文「貨幣循環」の事例に基づき、民間の生産活動の営みを支える民間銀行の貨幣創造と、返済による貨幣破壊までのサイクルについても説明しました。このことが説明されているミクロ経済学の教科書は、私の知る限り無いと思います。

 

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【参考資料】新しいBIS実効為替レート指数

BIS研究者による実質実効為替レートの解説を翻訳しました。全文はPDFファイルをダウンロードしてご覧下さい。なお、翻訳には誤りがありえます。引用のさいは原典をあたってください。

 

新しいBIS実効為替レート指数

Marc Klau and San Sau Fung 著

朴勝俊 翻訳

 

<はじめに>

 BISの実効為替レート(EER)指数が拡大・更新された。新しい指数は、一貫した方法論に基づいて52カ国をカバーしており、時間を通じて変化するウェイト付けを使用することで、世界貿易の最近の動向を反映している。新たに算出された指数は、BISのウェブサイトで公開されている。

 実効為替レート(EER)は、単一の二国間レートよりも為替レートのマクロ経済的効果をよりよく示す指標である。名目実効為替レート(NEER)は、二国間為替レートの加重平均の指数である。実質実効為替レート(REER)は、NEERを相対価格や相対費用の指標で調整したものであり、REERの変化は名目為替レートの変化と、貿易相手国に対するインフレ率の差との両方を考慮している。政策分析や市場分析においてEERは、国際競争力の指標として、金融・財務状況指数の構成要素として、外的ショックの伝達の尺度として、金融政策の中間目標として、あるいは運用目標として、様々な目的に用いられている2。したがってEERの正確な測定は、政策立案者と市場参加者の双方にとって不可欠である。


 BISは1993年以来、BIS出版物や中央銀行会合のための研究支援の目的と、より短期的な分析や市場の監視の目的で、27の経済圏のEERを用意してきた。当初のEER指数のウェイトづけの体系は、単に1990年の貿易フローに基づいていた3。しかし過去10年間の、世界の貿易分野における急速な発展によって、対象範囲の拡大と貿易のウェイト付けの見直しが必要となった。本特集では、まずBISの新EER指数の要点を説明する。

 

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