朴勝俊 Park SeungJoonのブログ

反緊縮経済・環境経済・政策に関する雑文 

消費税・付加価値税の負担と国の幸福度には何の関係もない:OECD諸国データ分析による簡易な考察

■ はじめに

 消費税の増税に賛成する人々の中には、消費税が高い北欧諸国の幸福度が高いことを論拠にする人がいる。そうした考えを代表する論考のひとつが、井手英策教授の「全国民に批判されても、僕が「消費税を上げるべきだ」と叫ぶ理由」(現代ビジネス、2018.11.27)であろう。井手教授は「なぜ、税がとても高いことで知られる北欧の国ぐには、日本よりも経済成長率が高く、所得格差が小さく、社会への信頼度や幸福度が断然高いのだろうか」、「ひとつの提案をしたい。それは、消費税を軸として、みなが税で痛みを分かち合う一方で、子育て、教育、医療、介護、障がい者福祉といったベーシックなサービスを、無償ですべての人に提供するというアイデアだ。端的にいおう。もし消費税を7%強あげられれば、そんな社会は実現可能だ」と論じている。

 これは消費税の増税が、社会保障の充実を可能とし、幸福度の高い社会の実現に寄与する、という考え方である。消費税増税に賛成する人の多くは、このような考え方をとっていると考えられる。Twitterで「幸福度 消費税」というキーワードで検索すると、幸福度の高い北欧諸国は消費税も高いとする書き込みを、多く見つけることができる。

 だがこれは本当だろうか。留意すべきは以下の2点である。

(1)日本で消費税増税が行われた場合、社会保障の充実に使われるとは限らず、幸福度にはつながらないかもしれない。特に、財政破綻論を懸念する政治家が、消費税から得られた税収を誤って国債残高を減らすために使う場合は、そのようになると考えられる[1]。

(2)社会保障の財源は、消費税に限らず、他の税によるものでもよいし、デフレ脱却が完了していない状況では、貨幣発行(見た目は赤字国債発行)でもかまわない。

本稿が目的とするのは、上記2点の議論の掘り下げではない。北欧諸国等から得られた、消費税が高い国ほど幸福度が高いという観測が、より一般に先進国(OECD諸国)に当てはまるかを確認するものである。幸福度を被説明変数、消費税の負担を説明変数の一つとして回帰分析を行い、消費税が高い国ほど幸福度が高いとは言えないことを示す。

 

■ 方法論

 各国の人々の幸福度と、付加価値税(消費税)の負担との関係を、重回帰分析を用いて明らかにする。その際、各国の幸福度と女性議員比率の間に統計的に有意な関係があることを示した長谷川羽衣子&ひとびとの経済政策研究会(2018)と同様の手法とデータを用いる(データは本稿の末尾に示す)。OECD加盟国34カ国(付加価値税のない米国は除く)の幸福度、付加価値税の負担、経済的豊かさ、女性の活躍度に関する代理変数を用いている。

 代理変数として、幸福度(Yi)については世界幸福度報告(World Happiness Report 2017、WHR)より2014~2016年の値を、経済的豊かさ(X1i)については国際通貨基金IMFによる一人当たりGDP(PPP$単位)の2016年の値を、女性の活躍度(X2i)については列国議会同盟(Inter Parliamentary Union、IPU)による2017年の女性議員比率(%)を、さらに付加価値税(消費税)の負担(X3i)については経済協力開発機構(OECD)のデータベースより付加価値税収対GDP比の2017年の値を、それぞれ用いている。付加価値税率が高い国でも、軽減税率等で実質的な負担を低くしている国も多いので、付加価値税収対GDP比は、税率そのものよりも適切な変数と考えられる。

 推定に用いる回帰式は 

Yi0+β1X1i+β2X2i+β3X3ii

である。iは国番号であり、εiは誤差項であり、β0~β3がパラメタ(定数や係数)である。β3=0という帰無仮説が棄却されなければ、付加価値税の負担が高くなっても幸福度は高まらない、すなわち付加価値税と幸福度は無関係である、という議論を否定できないことになる。

 

■ 分析結果

 末尾のデータを用いてYと、X1、X2、X3それぞれの散布図を描くと、以下のようになる。YとX1、YとX2の間には明確な正の相関が見られるが、YとX3(付加価値税負担)の間の相関関係はほぼゼロである。ただし、YとXの相関が見られなくても、重回帰分析にかけて他の説明変数の影響を制御してみると、相関が現れることがあるので注意が必要である。そうした分析をこの後ただちに行う。

 

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さらに、各変数の相関係数をとると下表のとおりである。

 

幸福度

一人あたりGDP(PPP$)

女性議員
比率(%)

付加価値税
GDP

幸福度(Y)

1.000

     

一人あたりGDP(PPP$)(X1)

0.565

1.000

   

女性議員比率(%) (X2)

0.566

0.258

1.000

 

付加価値税収対GDP比 (X3)

-0.035

-0.176

0.222

1.000

 

 説明変数(X1~X3)の間の相関係数は低く、多重共線性(互いに相関の強い変数を入れると正確な推定ができなくなること)の懸念はない。

 これらのデータについて重回帰分析を行った結果が次のとおりである。

Yi*=4.860+0.199 X1i+0.036 X2i-0.025 X3i
      (0.000)   (0.003)      (0.002)       (0.644)
  括弧内はP値、補正済み決定係数0.462

 括弧内の値は各係数のP値であるが、この値が示すのは、端的に言えばパラメタの真の値がゼロであるという帰無仮説が当たっていそうな確率である。その判断基準として有意水準が用いられる。0.1が甘い基準、0.05が通常の基準、0.01が厳しい基準であり、そうした値をP値が下回っていれば、そのパラメタは「有意にゼロではない」と判断する。

 だとすれば、定数β0と係数β1およびβ2は、厳しい判断基準を用いても有意にゼロではないことが分かる。

 X1iの係数推定値0.199は、一人あたりGDPが1万ドル(約107万円)上昇すると幸福度が1段階上がること、すなわち幸福度を1段階上げるためには5.03万ドル(約538万円)増加せねばならないことを示唆している。X2iの係数推定値0.036は、女性議員比率が1%上昇すれば幸福度が0.036上昇すること、すなわち幸福度を1段階上げるためには女性議員比率が約28%高まれば良いことを示唆する。1段階の幸福度は大まかにいって日本と、ドイツやベルギーとの差である、経済的豊かさだけで日本がドイツに追いつくためにはGDPを倍以上にせねばならない(これはほぼ不可能である)のに対し、女性議員比率を高めることは選挙制度の改正(女性議員割当制など)で実現可能と考えられる。

 さて、問題の付加価値税負担であるが、この係数はP値が0.644(64.4%)となっていることが分かる。つまり、この係数の真の値がゼロであるという帰無仮説が妥当である可能性が64.4%ということである。従って、ここではマイナス0.025という値は意味をもたず、付加価値税負担が重くなることと幸福度には、何の関係もないと結論づけられる。

 

■ 結論

 本稿の簡易な分析が明らかにしたのは、OECD諸国の幸福度データについてみれば、付加価値税(消費税)の負担と幸福度には何の関係もないということである。本稿の考察外であるが、もし、社会保障の充実が幸福度を高めるのであれば、各国は主に付加価値税以外の財源でそれを行っているのであろう。その財源は社会保障負担でも他の税でもかまわないし、国債という名の貨幣発行でもかまわないのである。消費税で社会保障を充実させようと考えている人々は、しっかりと消費税を目的税化して「借金返済」など他の用途に使われないようにせねばならない。

 

★注釈

[1] 消費税は法律上も社会保障の財源とされているが、特別会計を作って特定財源化されている分けではないので、実際に社会保障に使われたかを確認することができない(参考:梅田英治(2018)「消費税の「社会保障目的税化」「社会保障財源化」の検討」『大阪経大論集』69(2)、2018.7)。また、立憲民主党の公式の政策ではないが、「立憲パートナーズ社会構想研究会」というグループが、齊藤誠教授(一橋大学)の意見として「1世紀かけて借金返済」を「まっとうで立憲らしい」政策と謳っている(参考:立憲パートナーズ社会構想研究会「第一次政策提言書スライド版」(スライド76)、https://www.slideshare.net/ssuser51024a/20181225-178662021)。ひとびとの経済政策研究会は、税で国債を償還しても、おカネが世の中から消えるだけなのでやってはならないと論じている(ひとびとの経済政策研究会(2020)「世界でも特異な国債60年償還ルールは廃止が当然」https://economicpolicy.jp/2020/02/25/1191/

[2]  長谷川羽衣子&ひとびとの経済政策研究会(2018)「女性議員比率と社会の幸福度に関する計量分析」2018年1月27日、https://economicpolicy.jp/2018/01/28/1031/

 

★データ

順位

国名

幸福度

一人あたりGDP(PPP万$)

女性議員比率(%)

付加価値税収対GDP比(%)

1

ノルウェー

7.537

6.9249

41.4

8.6

2

デンマーク

7.522

4.7985

37.4

9.5

3

アイスランド

7.504

4.9136

38.1

8.9

4

スイス

7.494

5.9561

32.5

3.4

5

フィンランド

7.469

4.2165

42

9.1

6

オランダ

7.377

5.1049

36

6.8

7

カナダ

7.316

4.6437

26.3

4.5

8

ニュージーランド

7.314

3.7294

38.3

9.7

9

スウェーデン

7.284

4.9836

43.6

9.3

10

オーストラリア

7.284

4.8899

28.7

3.5

11

イスラエル

7.213

3.5179

27.5

7.4

12

オーストリア

7.006

4.8005

34.4

7.7

14

アイルランド

6.977

6.9231

22.2

4.4

15

ドイツ

6.951

4.8111

30.7

6.9

16

ベルギー

6.891

4.5047

38

6.8

17

ルクセンブルク

6.863

10.4003

28.3

6.2

18

イギリス

6.714

4.2481

32

6.9

19

チリ

6.652

2.4113

15.8

8.4

20

チェコ

6.609

3.3232

22

7.7

21

メキシコ

6.578

1.8938

42.6

3.7

22

フランス

6.442

4.2314

39

7

23

スペイン

6.403

3.6416

39.1

6.4

24

スロバキア

6.098

3.1339

20

7

25

ポーランド

5.973

2.7764

28

7.8

26

イタリア

5.964

3.6833

31

6.2

27

日本

5.92

4.1275

10.1

4.1

28

ラトビア

5.85

2.5710

16

8

29

大韓民国

5.838

3.7740

17

4.3

30

スロベニア

5.758

3.2085

36.7

8.1

31

エストニア

5.611

2.9313

26.7

9.1

32

トルコ

5.5

2.4912

14.6

5

33

ハンガリー

5.324

2.7482

10.1

9.5

34

ギリシャ

5.227

2.6669

18.3

8.1

35

ポルトガル

5.195

2.8933

34.8

8.6

出典:Inter Parliamentary Union (IPU) http://archive.ipu.org/wmn e/classif arc.htm

World Happiness Report (WHR) http://worldhappiness.report/

International Monetary fund (IMF) World Economic Outlook Database, April 2017

http://www.imf.org/external/pubs/ft/weo/2017/01/weodata/index.aspx

 

OECD.Stat, Global Revenue Statistics Database, 5111 VAT (% of GDP)