朴勝俊 Park SeungJoonのブログ

反緊縮経済・環境経済・政策に関する雑文 

【翻訳】緊縮財政とナチスの台頭

欧米諸国の多くは2007-2008 年の金融危機からの債務問題に対応するために、ディープな緊縮財政を追求してきたが、COVID-19 の景気刺激策の結果、再び緊縮財政を行う可能性がある。本コラムでは、1930年代初頭に緊縮財政がいかに社会的苦痛を悪化させ、政治的不安を助長し、ドイツでナチス党の台頭への道を開いたかをレビューしている。著者らは、ワイマール政府が社会的苦痛に対する首尾一貫した対応をしなかったことが不景気を悪化させ、ドイツの有権者の過激化と分極化に寄与したと論じている。

 

2020年8月16日

グレゴリ・ガロフレ・ヴィーラ、クリストファー・マイスナー、マーティン・マッキー、デヴィッド・スタックラー 著

2021年1月4日

朴勝俊 翻訳

原典:VoxEU.org
https://voxeu.org/article/fiscal-austerity-and-rise-nazis

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緊縮財政とナチスの台頭

 

何がヒトラーを権力の座へと押し上げたのかについては、多くの文書が書かれている。経済的要因(世界恐慌から高い失業率まで)と社会文化的条件(ヴェルサイユ条約での抑圧的措置に起因する)が重要な役割を果たしたことは異論がないが、なぜナチス党がかくも急速に台頭したのかについては、1世紀近く経った今でも、論争の的である(Adena et al. 2015, Doerr et al. 2018, Eichengreen 2018, Ferguson and Voth 2008, Satyanath et al. 2017, Voigtländer and Voth 2012, Voth 2020).

 

我々の最近の研究は、緊縮財政が1930年代初頭の選挙におけるナチスの成功にいかに寄与したかを示した(Galofré-Vilà et al. 2020)。1930年から1933年までの間、いずれのドイツ総選挙においても、大幅な歳出カットと増税が行われた地方自治体では、ナチス党への投票率が高かった。

 

当時の財政政策は、議会を大きく迂回して一連の非常事態令によって実施された。しかもそれらは甚大な苦難をもたらすことを承知の上で布告された。ハインリッヒ・ブリューニング首相は、国際メディアがドイツの苦境を報道することで、経済的に窮地に陥ったドイツの債務や賠償義務を国際社会が緩和することを期待していた。しかし,ヒトラーは1931年6月に「この非常事態令はわが党の勝利を助け,それゆえに現在の制度の幻想に終止符を打つだろう」と予言した[1]。

 

緊縮財政が選挙結果に与えた影響

 

1930年から1932年にかけて、大恐慌の真っ只中においてブリューニングは、歳出を削減し、増税し、社会的セーフティネットを撤回した。実質歳出は8%削減され、中央政府の実質歳出は14%削減された。救済金と失業給付は制限され、インフラ支出は削減され、公務員の給与はカットされた。1928年にはすでに政府支出がGDPの約30%を占めていたため、その影響は多くの点で大きかった。税率も引き上げられ、負担率で見れば低所得者層に最も厳しい打撃を与えた。ますます多くのドイツ国民が、この危急の時に、経済的な不安定と疎外に直面したのだ。恐慌に対抗するための拡張的な財政政策は実施されず、ドイツ国民はますます排除的で疲弊した救済制度に頼らざるを得なくなった。

 

これらの緊縮策は、選挙民の過激化に寄与したのだろうか。また、もしそうだとしたら、これは「圧迫された」中産階級の権利剥奪によって起こったのだろうか?我々は、1930年から1933年までの4回の選挙を対象に、100以上の都市と1000以上の小選挙区に関するドイツの公式統計データを用いて、これらの仮説を検証する。全体として、緊縮財政の影響を受けた地域ほど、ナチス党への投票率が相対的に高いことがわかった。都市と選挙に関する固定効果を含め、ナチスの成功に関係する他の説明変数を制御したモデルは、緊縮財政のディープさが1標準偏差ぶん増加するごとに、従属変数であるナチスの得票率が2~5%ポイント(1標準偏差の4分の1~半分増加)増加することを示した。また、選挙におけるナチスの成功と増税との間に正の相関があることも示された。これらの結果は、操作変数法や境界ペア政策不連続デザイン(border-pair policy discontinuity design)など、ひととおり定式化を変えても頑健であった。

 

我々はまた、別の説明についても調査した。その中で最も重要なものは、もちろん「個人志向の経済投票(pocketbook-voting)」である。ナチスの台頭は単に景気後退によるものだ、というものである。重要なのは、データ内の各政党の得票数を区別できることである。以下に示すように、緊縮財政による政治的支持の変化のほとんどは、中央党(ブリューニングの政党)からナチス党への鞍替えであった。さらに、ドイツの政治スペクトルにおける(極右イデオロギーを持つもう一つの政党であるドイツ国民人民党を含む)その他の主要政党は、緊縮財政に応じて票を増やすということはなかった。経済的に最悪の状態にある失業者は、ナチスではなく共産主義者に目を向けた。このことは、彼らより少し上の階層が、増税と歳出削減で失うものがより大きく、自分たちの支持政党が経済的救済を提供しなかったときに、ナチスを支持したという説明と合致する。

 

緊縮財政と回避可能死亡率の悪化

 

我々はまた、歳出の種類ごとに、ナチスの得票増に緊縮財政が与えた影響を研究した。これにより、選挙結果に対する緊縮財政の影響のほとんどは、緊縮財政によって深刻な影響を受けた2つの支出項目、すなわち医療と住宅に関する支出削減によって引き起こされたことが分かった。こうした社会的支出の削減は、多くのドイツ国民の苦しみを悪化させた。事実我々は、比較的厳しい緊縮財政が行われた地域ではより大きな苦しみ(死亡率で測定)が見られ、死亡率が高いこれらの地域の有権者ナチス党に投票する可能性がより高いことを発見した。これは当時の識者たちの見解と一致している。例えば、1930年10月の秋には、ハルマール・シャハト(ドイツ帝国銀行元総裁)がアメリカのマスコミのインタビューに応じて、「もしドイツ国民が飢餓に陥るならば、もっと多くのヒトラーが出てくるだろう」と警告した(The New York Times, 3 October 1930)。

 

結論

 

ワイマール・ドイツの終焉とナチスファシズムの台頭は、あまりにも過酷な緊縮財政が、社会不安と意図せざる政治的結果を引き起こしかねないことを示した。景気後退を含む他の説明変数をコントロールした後でも、緊縮財政が重要な役割を果たしたことは明らかである。我々の知見は、緊縮財政が人々の現実の苦しみをもたらし、不平等と不公平を悪化させたという仮説と一致している。人々が政府の助けを最も必要としていた時期に、政府は彼らを失望させた。その結果、人々は急進的ポピュリスト政党の誘惑の声に引き寄せられたのである。

 

References

Adena, M, R Enikolopov, M Petrova, V Santarosa, and E Zhuravskaya (2015),  “Radio and the Rise of the Nazis in Prewar Germany.” The Quarterly Journal of Economics 130(4): 1885-1939.

Doerr, S, S Gissler, J L Peydró, and H-J Voth (2018), “From Finance to Extremism: The Real Effects of Germany’s 1931 Banking Crisis”, CEPR Discussion Paper 12806.

Eichengreen, B (2018), The Populist Temptation: Economic Grievance and Political Reaction in the Modern Era, Oxford University Press.

Ferguson, T, and H-J Voth (2008), "Betting on Hitler – The Value of Political Connections in Nazi Germany," Quarterly Journal of Economics 123(1): 101-37.

Galofré-Vilà, G, C M Meissner, M McKee, and D Stuckler (2020), "Austerity and the rise of the Nazi party", Journal of Economic History, forthcoming.

Satyanath, S, N Voigtländer, and H-J Voth (2017), “Bowling for Fascism: Social Capital and the Rise of the Nazi Party.” Journal of Political Economy 125(2): 478-526.

Voigtländer, N, and H-J Voth (2012), “Persecution Perpetuated: The Medieval Origins of Anti-Semitic Violence in Nazi Germany”, Quarterly Journal of Economics 127(2): 1339-92.

Voth, H-J (2020), “Roots of war: Hitler’s Rise to Power", in S Broadberry and M Harrison (eds), The Economics of the Second World War: Seventy-Five Years On, CEPR Press.

 

Endnotes

1 ブリューニングが4つめの(そして最後の)緊急事態令を布告してから12日後、ヒトラーは「最後の緊急事態令の大いなる幻想」と題された大衆向けパンフレットを発行した。これは、人々の鬱憤を動員して権力掌握を実現するための試みであった(フルテキストは、Hitler, Hitler an Brüning - Broschürenreihe der Reichspropaganda-Leitung der NSDAP, Heft 5, Munich: Franz Eher, 1931).

 

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