朴勝俊 Park SeungJoonのブログ

反緊縮経済・環境経済・政策に関する雑文 

実質実効為替レートは高いほうがよいのか?

2022年1月26日 朴勝俊著

 

■ はじめに

 日本経済新聞(日経)が、「円の実力低下、50年前並み、弱る購買力、輸入に逆風 消費者、負担感増す」というタイトルの記事を出しました(2022年1月21日)。記事は冒頭部分で以下のように述べています。

 

円の総合的な実力が50年ぶりの低水準に迫ってきた。国際決済銀行(BIS)が20日発表した2021年12月の実質実効為替レート(10年=100)は68.07と1972年の水準に近づいた。日銀は円安は経済成長率を押し上げると主張するが、同レートの低下は物価低迷と名目上の円安が相まって円の対外的な購買力が下がっていることを示す。消費者の負担感も増すことになる。

 

 興味深いのは、日経が実質実効為替レートの定価について、「円の対外的な購買力が下がっている」と否定的な評価を下しているのに対して、日銀は「経済成長率を押し上げる」と肯定的にとらえていることです。どちらの見方が妥当なのでしょうか? そして難しいのは、「実質実効為替レート」の正体です。「為替レート」だけでも難しいのに、「実質為替レートだけでも難しいのに、「実質実効為替レート」とはいったい何なのでしょうか?

 結論から述べましょう。正しいのは日銀です。私たちには「消費者・海外旅行者」としての側面と、「生産者・労働者」としての側面があります。そして一般論として、消費者・海外旅行者としての私たちにとっては円高が有利ですが、生産者・労働者としての私たちにとっては、円安の方が有利です。円安によって、実質GDPが上がりやすくなり、産業空洞化が起こりにくくなり、雇用が増えやすくなり、賃金が上がりやすくなります。他方で、実質実効為替レートの高さは「円の実力」などではなく、日本で作られる製品の「国際的な価格競争力の弱さ」を示す指標ととらえるべきです。

 

■ 円安のデメリットとメリット

 日経がいうように、現在の円安が好ましくないものだとしたら、政府と日本銀行は、人為的にむりやり円高にする政策を実施することは、やろうと思えばできます。政策金利をむりやり引き上げれば、金利を稼ごうという金融機関や資産家が、巨額の資金を日本に移します(日本円の需要が増えて円高になります)。そのようなことをすべきでしょうか?

「消費者・海外旅行者としての私たち」にとって、円安のデメリットは明らかです。海外からの輸入品(外国車、ワイン、エネルギー資源)の価格が高くなりますし、海外旅行に行ったときには、レストランでの食事が高価になります。多くの人々が、円安を嫌がるのは当然のことです。

 でも、国内で働く「生産者・労働者としての私たち」にとっては、円安の方が有利になります。むしろ円安の方が「安全だ」といった方がよいでしょう。円安になった方が、実質GDPが高くなり、雇用が増え、賃金が上がりやすくなると考えられます。いや、雇用が増えなくても、賃金が上がらなくても、解雇や賃下げの危険性が低下するのです。そして、私たちの多くは、消費者であるまえに生産者・労働者として、収入を得なければならないことを、忘れてはなりません。

これは、標準的なマクロ計量モデルの試算をみれば理解できるでしょう。内閣府の「短期日本経済マクロ計量モデル(2018年版)を参照しましょう[1]。シミュレーション分析によれば、基準ケースと比べて10%だけ円安にするにすると、実質GDPは上昇し、失業率は若干下がり、時間当たり賃金が上がるということです。他の例を網羅することはここではできませんが、「普通につくられたモデル」なら同様の結果になると思われます。その理由は、簡単に言えば日本製品が割安になり、国際的な価格競争力が強くなるからです。

 

図表1: 内閣府の短期日本経済マクロ計量モデルによる円安効果の試算

f:id:ParkSeungJoon:20220128101151j:plain

出典: 丸山ほか(2018)

 

 逆にいえば、円高によって国内生産者の価格競争力が弱くなります。外国製品の安さに太刀打ちできなくなるのです。ひどい円高が続くと、日本国内の生産がやってゆけなくなり、工場ごと海外に移転するケースが増加します(これが産業空洞化です)。その影響で解雇や賃下げが進み、不況やデフレにつながるのです。実際にそれは、2010年頃に起こったことです。日本経済研究センターによれば「円高で輸出採算が悪化すれば、企業は海外に生産をシフトする傾向が強まる。経済産業省(2019)によると、製造業の現地法人生産比率は国内全法人ベースで08年に17%だったが、徐々に高まって15年には25%を初めてこえた。輸送機械、はん用機械などの加工型で現地生産比率が高い」ということです[2]。このように空洞化が進んだので、円安のメリットは弱くなった、という発言も聞かれます(この記事も、そういう意味あいがあります)。中にはメリットは無くなったと極論する人もいます。しかし、25%超が現地生産(海外での生産)になったということは、まだ7割以上が国内生産だということですから、円安のメリットはまだまだあるのです。

 

 

■ なぜ円安が生産者・労働者にとって有利なのか: 名目為替レートで考える

 ここからは、できるだけ単純な想定のもとで、円安の方が生産者・労働者にとって有利であることが、直感的に、本質的に理解できるよう説明を進めます。

世界には日本と米国の2国があり、両国とも自動車だけを生産しているものとします。両国の自動車は全くおなじスペック(同種同質)とします。このような想定をするのは、国の数が増えたり、財の数が増えたり、品質の違いを考慮すると話がたちまち複雑になるためです。同じようなものを、お互いに貿易しあうことを「水平貿易」といいます。このとき、国際的な「裁定取引」が働きます。単純化のために、さらに輸送費や取引費用もゼロと考えます。

 

  •  平価が成立する名目為替レート

 日米で全く同種同質同サイズの自動車が、日本では1台100万円、米国では1台1万ドルで売っているとしましょう。この時、名目為替レートが1ドル=100円の時だけ、日米の両市場で、価格が等しくなります(名目為替レートとは1ドル100円といったおなじみの為替レートです。数字が高くなると円安です)。

 

[日本市場] 日本車[100万円/台]=米国車[100万円/台]

[米国市場] 日本車[1万ドル/台]=米国車[1万ドル/台]

 

このとき、貿易商人にとっては、わざわざそれ以上、自動車をどちらかの国で安く買って、相手国に運んで売って、利ざやをかせぐことはできなくなります。このように価格が等しくなることを「平価が成立する」と言います

 

  •  円安になったら?

 これが、もし1ドル=200円の円安になったらどうなるでしょうか。1万ドルの米国車は日本では200万円に、100万円の日本車は米国では5000ドルになりますね。

 

[日本市場] 日本車[100万円/台]<米国車[200万円/台]

[米国市場] 日本車[5000ドル/台]<米国車[1万ドル/台]

 

どちらの市場でも日本車の方が安くなります。このとき、商人は、日本車を調達して米国で売ると、利ざやを稼ぐことができます。ですから、日本車の輸出が増えるのです。このことは、為替レートが是正されて、再び日本車と米国車の価格が両市場で一致するまで続きます。

 

もし、1ドル=50円の円高になったらどうでしょう。このとき1万ドルの米国車は日本市場で50万円に、100万円の日本車は米国市場で2万ドルになります。

 

[日本市場] 日本車[100万円/台]>米国車[50万円/台]

[米国市場] 日本車[2万ドル/台]>米国車[1万ドル/台]

 

どちらの市場でも、日本車の方が高くなり、売れにくくなることが分かります。このとき貿易商人は、米国車を調達して日本で売ると、利ざやを稼ぐことができるようになります。つまり円安の結果として日本では米国車の輸入が増えて、貿易収支は赤字に向かいます。このことは、両国の自動車価格そのものが替わらない場合には、名目為替レートが是正されて、再び日本車と米国車の価格が両市場で一致するまで続きます。

 

同様のことは、他の全ての「貿易可能な商品(貿易財)」について言えます。貿易財とは、国境を越えて持ち運びができるモノだということです。輸出品か、主に国内で消費されている商品かは、関係ありません。円安になっても輸出業者しか儲からない、というのは誤りです。主に国内向けのモノを生産している業者にとっても、円安は、安い外国製品の輸入を防いでくれるので、メリットがあるのです。

ちなみに、貿易不能な商品(非貿易財)とは、料理店や床屋などが提供する、基本的にその場で消費するサービスのことです。誤解されがちですが、マクドナルドのビッグマックは貿易可能な商品ではありません。

 

ここまでをまとめますと、

 

・平価に相当する適正為替レートだと、輸出入が落ち着く 

・円安だと、日本製品が輸出されて、貿易黒字につながる

円高だと、外国製品が輸入される、貿易赤字につながる

 

ということになります。ミクロ経済学の基礎の基礎である「裁定取引」を考えただけでも、ここまで理解できますこれを踏まえて考えれば、円安になるほうが、日本製品の価格競争力が強くなり、売上が増えて、生産者・労働者にとっては有利になることが分かります。つまり実質GDPが増えて、産業の空洞化が防げて、雇用が増えやすくなり、賃金が上がりやすくなるのです。

 

 

■ 実質為替レートは「価格競争力の弱さ」を意味する

1ドル100円といった、おなじみの為替レートを名目為替レートと言うのでした(数字が高くなると円安です)。これに対して、実質為替レートは、両国の商品の価格の違いが勘案された為替レートということです。これはどういうことでしょうか? 前節と同じ想定で、平価が成立していたときを基準に考えましょう。

e[円/ドル]をおなじみの名目為替レート(数字が高くなると円安)としますと、

 

100[万円/台]=e[円/ドル]×1[万ドル/台]

 

が成立するときが、たまたま平価が成立するときです。そのときのeは100でなければなりません。右辺の単位を約分してゆくと、左辺の単位に一致することを確認してください。この式を少し変形させて、実質為替レートは次のように定義されます。

f:id:ParkSeungJoon:20220128101948j:plain

この右辺の単位に注目してください、[/ドル]×[万ドル/台]÷[万円/]と、単位どうしを約分してやると、全部消えてしまうことが分かります。したがって、ここでいう実質為替レートは単位のない、1を基準とする数値となります。なお、ここでは大小関係の意味で、名目為替レート(e)と同じ見方ができるように、実質為替レートの数値が高くなるほど、円安になるようにしています。この数字は、何を意味しているのでしょうか? 分子は米国車の価格を円換算したものであり、分母は日本車の価格です。ですから、実質為替レートは、米国車と日本車の相対価格ということになります。これは、1台の米国車が日本車よりも何倍高いのか、ということです。実質為替レートを考える時には、もはや、価格そのものや、名目為替レートそのものを無視して、モノ同士をみて、どちらが高いのかを考えるものだということです。

 

  •  平価が成立するとき実質為替レートはどうなるか

平価が成立するとき、e=100ですから、

 

実質為替レート=100[円/ドル]×1[万ドル/台]÷100[万円/台]

 

となります。したがって実質為替レートは1となります。米国車と日本車の値段が同じだということです。

 

  •  名目為替レートが円安になったとき実質為替レートはどうなるか

円安になって、e=200になったら、

 

実質為替レート=200[円/ドル]×1[万ドル/台]÷100[万円/台]

 

となります。したがって実質為替レートは2となります。米国車が日本車の2倍高くなるということです。これは日本車の方に2倍の価格競争力(安さを武器にする強み)があるということです。これが「実質的な円安」の意味するところです。日本市場でも米国市場でも、日本車の方が安くなって、売れやすくなるのです。

 

  •  名目為替レートが円高になったとき実質為替レートはどうなるか

円高になって、e=50になったら、

 

実質為替レート=50[円/ドル]×1[万ドル/台]÷100[万円/台]

 

となります。したがって実質為替レートは0.5になります。これは、日本車が米国車の2倍高くなるということです。これが「実質的な円高」の意味するところです。このことは、日本車の価格競争力が半分まで悪化したことを意味します。日本市場でも米国市場でも、日本車が高くなって、売れにくくなるのです。

 

  •  自動車の価格が変わったら実質為替レートはどうなるか

ここまでは、名目為替レートeの変化だけで説明しましたが、それぞれの国内の自動車価格の上昇が起こった場合にも、実質為替レートが変化します。ここでは、話を分かりやすくするために、例えば、名目為替レート(e)は100のままで、日本車の値段だけが2倍になった場合を考えましょう。1台200万円になった場合のことです。

 

実質為替レート=100[円/ドル]×1[万ドル/台]÷200[万円/台]

 

ゆえに、実質為替レートは0.5となります。これは、実質的な円高を意味します。これは日米どちらの市場でも、日本車1台の価格が米国車1台の価格の2倍になったことを意味します。このことは、日本車の価格競争力が半分まで悪化して、売れにくくなったことを意味します。平価は実質為替レートが1の場合なのですから、平価よりも実質為替レートが円高になると、米国車が日本に押し寄せて、貿易赤字が増えます。貿易赤字は円安につながります。価格を固定して単純計算すれば、名目為替レート(e)が200[円/ドル]まで円安になれば、実質為替レートが1になって、平価が回復されることになります。

 

実質為替レート=200[円/ドル]×1[万ドル/台]÷200[万円/台]=1

 

  •  対外切り下げと対内切り下げ

このように、円が下落できれば(対外切り下げexternal devaluationできれば)、国内産業は値下げや賃下げの努力をさほどしなくても、国際競争力を回復できます。GDPも雇用も賃金も(自国通貨でみるかぎり)高く保つことができます。これがもし固定相場になりますと、無理して賃下げ・値下げをしないといけなくなります。

たとえば、ギリシャなどのユーロ加盟国は、ドイツなどより競争力が低いのに、強い通貨を使うことになってしまいました。実質為替レートが上がり、国内産業の価格競争力が低下しました(そして貿易赤字が増え、対外負債が増えました)。しかし、ユーロに加盟してしまったために、通貨を切り下げることはできません。そのため、経済危機の後には、失業を増やして、賃金を下げて、デフレを起こして、対内切り下げを行うことで、価格競争力を回復させることを強いられたのです[3]。産業の空洞化が一層すすんだことは言うまでもありません。他方、金融危機に見舞われた小国アイスランドは、通貨がいっとき暴落したことによって、漁業や観光業の価格競争力が回復し、その後は経済も回復しました。

 

  •  実質為替レートは「円の実力」ではない

ここまで読んでいただいて、実質為替レートは「日本製品と外国製品の価格比」にすぎないことが分かっていただけたでしょうか。価格比(相対価格)に過ぎないものが、「円の実力」という意味を持つことはありません。このことは極端な例で考えると分かりやすいでしょう。平価の状態から、いわゆるハイパーインフレが進んで日本車の価格が1万倍に上がり、名目為替レートの値が5000倍の50[万円/ドル]まで円安になったとします。米国車のドル価格はそのままとします。すると、

 

実質為替レート=50[万円/ドル]×1[万ドル/台]÷100[億円/台]=0.5

 

となり「実質的な円高」になります。日本車の方が、米国車より2倍高くなった計算になります。それでも、この状態を「円の実力」が高くなった、とは誰も言わないでしょう。

 

 

■ 実効為替レートは「為替レートの加重平均」である

名目為替レートと実質為替レートについて理解ができたら、実効為替レートの話に進みましょう。

実効為替レートとは、貿易相手国が複数ある場合に、全ての貿易相手国に対しての平均的な為替レートを計算したものです。貿易相手国の貿易シェアなどでウエイト付けをして、為替レートを「加重平均」したものです。これには、名目の実効為替レートと、実質の実効為替レートがあります。実効為替レートは、過去のある時点(基準時点)の値を100として、時間を通じての相対的な変化を見るモノです。そのため、より正確には実効為替レート指数(effective exchange rate index)と呼ぶべきものです。

実効為替レートは、それぞれの貿易相手国との2国間の為替レートについて、ある時点を「基準時点」として、その何倍になったかを計算して、それを加重平均して計算します。この場合の基準時点は、あくまでも恣意的なもので、その時点に種類の異なる様々な商品について平価が成立していたとか、貿易が均衡していたという意味ではありません。例えば、最近の実効為替レート指数は、2010年を100にしているのに対して、当時いわゆる「ビッグマック平価」がほぼ成立していました[4]。でもこれはあくまで偶然ですし、そもそもビッグマックは貿易財ではありません。

実効為替レートを考える場合には、おなじみの為替レート(eの数字が大きくなるほど円安)とは逆に、数値が下がった場合の方が円安に見えるように、数字を設定するのが慣わしです。少し難しくなりますが、以下に計算方法の考え方を示します。あくまで「実効」とはどういうことか、「加重平均」とはどういうことかが理解できるようにするためだけに、ここまでと同様の単純な想定で話を進めます。生産物は自動車だけという単純な想定のまま、貿易相手国の数だけを2つに増やして、計算方法の概略を説明します(実際の計算はもっと複雑ですが、本質は同じです[5])。

 

  •  名目実効為替レートの計算方法

日本の貿易相手国が欧州(ユーロを使う)と米国(ドルを使う)だけだったとして、貿易シェアが40%と60%(合わせて100%)だったとします。基準時点を2010年として、そのときの円対ユーロ為替レートが120[円/ユーロ]、円対ドル為替レートが100[円/ドル]だったとします。そして2022年現在、円対ユーロ為替レートが130[円/ユーロ]、円対ドル為替レートが115[円/ドル]だったとします(この数値例では、どちらの経済圏に対しても円安が進んだことになります)。このとき、次の式のような計算をします。

f:id:ParkSeungJoon:20220128102103j:plain

この式の右辺の、最初の100は、基準年の値を100にするためのものです。括弧内は、基準年の数字が分子、現在の数字が分母です。これを0.4乗や0.6乗をしながら掛け算することで、シェアを考慮した加重平均をとることができています。結果は89となります。これは、2010年時点を100として、外国に対する平均的な為替レートが今では89まで下がったことを意味します。数字が下がったので、円が全ての貿易相手国に対して、名目為替レートが平均的に1割ほど割安になったということです。繰り返しますが、あくまで「2010年に比べて」割安になったということですので、本当は2010年に割高だったということなら、いまちょうど良くなっているのかもしれない、という解釈も可能です。

 

  •  実質実効為替レートの計算

 実質実効為替レートは、本稿の例でいえば、相対価格の変化となります。基準時点を2010年として、そのときの日本と欧州の、自動車でみた実質為替レートが2(欧州車が2倍高い)、日本と米国の実質為替レートが1(日本車と米国車の価格が等しい)だったとします。そして2022年現在では、対欧州実質為替レートが3(欧州車が3倍高い)、対米実質為替レートが2(米国車が2倍高い)になったとします(どちらの経済圏に対しても、円安が進み、日本の競争力が高まっています)。このとき、以下のような計算をします。右辺の最初の100は、基準年の値を100にするためのものです。括弧内は、基準年の数字が分子、現在の数字が分母です。これを0.4乗や0.6乗をしながら掛け算することで、シェアを考慮した加重平均をとることができています。

f:id:ParkSeungJoon:20220128102832j:plain

これは、2010年時点を100として、外国車に対する日本車の相対価格が現在では56まで安くなり、国際競争力が2倍近くに高まったことを意味します。決して「円の実力が下がった」わけではありません

 

実際に公的機関などが計算する実質実効為替レートをもとめる際には、計算に使う2国間の実質為替レートを求めるさいの価格は、ひとつの財の価格ではなくて、たくさんの財の価格の加重平均をとった物価指数が使われます。これによって、計算式の見た目もずいぶん変わりますが、考え方は基本的には同じことです(ただし物価指数はふつう、各国の国産品の価格だけではなく輸入品の価格にも影響されるものですので、これらを用いた実質実効為替レートとは、じっさい何を計算しているものなのかが、若干あやふやになります)。目的によって、消費者者物価指数や企業物価指数、輸出物価指数など、異なる物価指数が使われ、この物価指数の選択によって結果が異なります[6]

 単純に言えば、以下のような計算が行われます。

f:id:ParkSeungJoon:20220128103144j:plain

 ただし、I(アイ)を国名記号(IがEなら欧州、Aなら米国、Jなら日本)として、は2010年の日本とI国の名目為替レート[円/ユーロまたは円/ドル]、はI国の物価指数です。公的機関などが発表する実質実効為替レートは、実際にはもっとたくさんの貿易相手国を含めてもっと複雑な計算がなされますが、そのさいも本質は同じと言えます。つまり、この指数は「円の実力」ではなく、日本のモノやサービスが外国のモノやサービスに比べて、平均的にどれだけ高くなったのかを示すものなのです。

 

 

■ 水平貿易と垂直貿易

 ここまでは、同じモノを貿易しあう「水平貿易」を想定して、円安の方が価格競争力の面で有利になることを、明らかにしてきました。しかし実際には、円高になった方が有利になると考える人が多くいます。そのような人たちは、実質的な円高になることを「交易条件が改善した」と言って歓迎する場合が多いです。
 確かに、自分の国で作れないものを貿易しあう「垂直貿易」の場合には、一般に交易条件が良くなる方が自国にとって有利だと考えられます。日本の場合は、石油などのエネルギー資源を輸入せざるをえないので、国際原油価格の上昇が原因であれ、円安が原因であれ、これらの価格が値上がりすると不利になりますし、GDPにも悪影響が及びます。とはいえ、交易条件がよくなった場合でも、実際には日本は、モノを売って外貨を仕入れて、その外貨で石油を買わないといけないので、必ずしも円高が望ましいとは言い切れません。

また「霜降り和牛肉」や「夕張メロン」のように、他の国ではなかなかマネできないような、事実上日本でしか作れないような品物は、生産者にとって、高ければ高いほどよいかもしれません。しかしこれも長い目で見れば、高値で売れることが分かった外国の生産者が、頑張って同じようなものの生産を実現させる可能性があります。

 

 

■ 結論

一般に、消費者・海外旅行者としての私たちには円安よりも円高の方が有利ですが、生産者・労働者としての私たちにとっては円高よりも円安の方が有利です。そして、私たちの多くは、生産者・労働者として収入を得て、初めて消費ができますので、総じて円安の方が有利と考えられます。

実質実効為替レートは「円の実力」を示す指標ではなく、本質的にみれば、日本製品の価格競争力の弱さを示す指標です。これが平価に相当するときには、どの国の市場でも、日本製品と外国製品の価格がだいたい同じになって、貿易収支がある水準で安定すると考えます。それよりも、実質的に円高になると、日本製品がどの国の市場でも価格競争力を失うことになり、輸出が減って輸入が増え、貿易赤字が増えると考えられます。ですから、いまが円安であることを不安視して、金融引き締めで円高誘導するような政策をとれば、実質GDPは低下し、空洞化が進み、失業が増え、賃金が下がる恐れがあります。

 それでも、円安によって一時的に物価が上がり、それが生活の負担になる人がいることは事実です。特に現在は、円安と同時に国際エネルギー価格が上昇している局面のようです。それに対しては、円高誘導するよりも、政府がおカネを作って、消費税減税や一律給付金の支給などを行って、収入のほうを底上げしてあげるほうが正しい政策だと言えるでしょう。

 

[1] 丸山ほか(2018)「短期日本経済マクロ計量モデル(2018年版)の構造と乗数分析」ESRI Research Note, No. 41. Sep. 2018.

[2] 小野寺敬ほか(2019)「円安メリット薄れる国内産業 -原発停止や海外現地生産が背景に-」JCERニュースコメント、円安の産業連関表分析、公益社団法人日本経済研究センター、2019年11月18日。経済産業省(2019)『第48回 海外事業活動基本調査概要(2017年度実績/2018年7月1日調査)』

[3] ギリシャ元財相で経済学者・政治家のバルファキスは、次のように書いています。「通貨切り下げは国債競争力を回復するための一般的な方法だが、ギリシャはユーロを使っており、通貨切り下げによって外国からの投資を呼び込むことはできない。その代わり、劇的な緊縮策を用いれば、「対内切り下げ(internal devaluation)」として知られる効果によって、同じ結果が得られる。なぜか? 政府支出を大幅に削減すれば物価や賃金が下落する。するとギリシャのオリーブオイルや、ミコノス島のホテル宿泊料、ギリシャの船舶運賃などが、ドイツやフランス、中国の顧客にとって、ぐっとお手頃になる」(バルファキス(2019)『黒い匣』明石書店、p. 55)。

[4] 英国エコノミスト誌によれば、ビッグマックの価格比から計算されるビッグマック平価は85.71[円/ドル]、実際の為替レートは87.18[円/ドル]で、その差はわずか1.7%でした。参考URLは https://www.economist.com/big-mac-index/

[5] 本当の計算方法を知りたい人は専門の文献に当たってください。教科書としては例えば、高木信二(2011)『入門 国際金融(第4版)』日本評論社、入手容易な論文としては、例えば、幸村千佳良(2012)「実効為替レートの計算方法について」『成蹊大学経済学部論集』43(1)、pp. 37-50、を参照。

[6] 国際決済銀行(BIS)や国際通貨基金(IMF)、経済協力開発機構(OECD)、欧州中央銀行(ECB)、イングランド銀行、米国FRBなど様々な機関が、それぞれの定義で、名目と実質の実効為替レート指数を計算しています。その定義の違いは、BISの資料に要約されています。Klau et al. (2006) “The new BIS effective exchange rate indices” BIS Quarery Review, March 2006, p. 64.

 

 

全文PDF版ダウンロードはこちら

drive.google.com