朴勝俊 Park SeungJoonのブログ

反緊縮経済・環境経済・政策に関する雑文 

クナップ『貨幣の国家理論』に関する概念整理

本稿は2022年11月に新訳が出版された、ゲオルグ・フリードリヒ・クナップの『貨幣の国家理論』(小林純・中山智香子訳、日本経済新聞出版)を読み進める方々の便宜のために、概念整理を試みたものである。貨幣に関して我々が平素使っている用語と、クナップの用語は異なるものもあるが、どちらが正しいという性質のものではない。本稿はクナップの概念分類体系を理解するためのものである。

訳書は非常にこなれた良訳であるが、さらに別の訳語を充てた方が明快になると思われる箇所はそのようにしている(訳書の訳語を〔括弧〕で示す)。本文・出典中のページ番号は、上記の書籍(日本語版)のページである。説明には整理者の解釈が入ってしまっているので、注意深い読者は原典で確認してほしい。訳書の読者の理解の助けになれば幸いである。

 

1.正貨と本位貨幣、および請求権としての貨幣の意味

 正貨と本位貨幣(本書の最重要語)は意味が全く異なる。正貨は本位貨幣にも補助貨幣にもなりうるし、また非正貨でさえ本位貨幣にも補助貨幣にもなりうる(表1)。

 

表1 正貨と補助貨幣

 

本位貨幣

補助貨幣

正貨

金貨・銀貨等

政府が支払・受取の用意をしない金銀貨

非正貨

政府紙幣、銀行券等

卑金属硬貨、兌換券等

出典: クナップ(2022[1905])、p.111より作成

 

では正貨と本位貨幣とは何か。その定義を示す。

 

1.1. 正貨とは

 正貨とは(p.65~)、以下の様な条件を全て満たす金属貨幣である(満たさなければ非正貨である)。

 

1.正貨素材金属〔貨幣素材金属〕の種類と、そのメダル1個あたりの絶対的純分量(品位)を政府〔国家〕が規定する(例: 正貨の金貨1個は1グラムの純金を含まねばならない)。

2.上記のメダル1個の名目価値単位(通用力Geltung)を政府が定める(正貨素材発生の基準、例:正貨の金貨1個を1円とする)。

3.正貨素材金属を無制限に鋳造できる規定がある(制限があれば「非正貨素材」となり、正貨を作る材料にはならない。時代によって正貨素材が金の時期もあれば、銀や銅などの時期もある)。

4.過去に正貨として製造されたメダルも、純分量の基準と、正貨素材発生の基準を上回れば正貨として通用する。

 

 上記の条件を満たされると、メダルに含まれる金属の金額と、メダルの名目価格が固定される。ここで正貨素材とは「正貨になりうる素材」のことであって、正貨素材を(少しでも)用いれば必ずしも正貨ができるわけではない〔訳書では「貨幣素材」と呼ばれる〕。基準に従って製造されたメダルには、政府が権威・法令によって名目価値尺度(通貨名)を刻印する。それ以外の(正貨素材金属を含む)商品の価格はこの名目尺度で測定される。ふつう、金を正貨素材とすれば銀は正貨素材ではなくなる。逆に銀を正貨素材とすれば金は正貨素材ではなくなる。なお歴史的には、金と銀の両方を正貨素材とする場合もある(金と銀で上記の条件を満たすようなルールにすればよい)が、これは金銀「複本位」制ではない。

正貨素材金属量と金額の関係(例:金1g=1円)は自動的に常に固定されるわけではなく、素材金属の価格の相場は変動しうる。また、金貨も摩耗によって、名目価格に比べて含有金属量が下がることもある。そのため、金貨の名目額と金属価値を固定し続けるために、以下のような「正貨素材相場規制」が行われる必要がある(p.82)。これには、上記の「正貨素材発生の基準」の他に、「素材受迫制の基準」と「素材幻想制の基準」がある。

 

1.正貨素材発生の基準(例): 1グラムの純金を含むメダル1個を1円と決める。

2.素材受迫制の基準(例): 鋳造所は持ち込まれた正貨素材金属を全て受け入れて、上記の基準どおりの正貨に鋳造せねばならない(自由鋳造)。ただし鋳造手数料を取ってもよい。これによって正貨素材(金)の下限価格が決まる(メダル1個の鋳造手数料を5銭とすると、1グラムの金は少なくとも95銭以上の価値が保証される)。

3.素材幻創制の基準(例): 正貨素材の上限価格を決めるためには、正貨素材がいくらでも供給されるか、メダルの品位を十分に保つ規制が必要である。例えば1円金貨は0.95gの純金を含んでいなければ1円として通用しない(それよりも摩耗した金貨は従量を測って価値を決める)とすれば、正貨はそれ以上に摩耗する前に、国庫向け支払いに用いられて流通から消える。これによって、正貨枚数に比べて十分な正貨素材金属が生まれて、メダル額面よりも素材の価値が低く維持されるかのような錯覚をもたらす(p.84)。1グラムの金の価値は約1.05円(1÷0.95)よりは高くならない。

 

1.2. 本位貨幣とは

 本位貨幣(p.104)は、政府〔国庫〕からの支払のためにつねに準備され、政府がそれを支払うことを強制され、また政府がそれを無制限に受領することを約束しており、民間にも一般的受領義務が課されたものである。また、兌換されない最終的(definitiv)な貨幣である。本位貨幣は上述の正貨でなくてもよく、兌換義務のない紙幣でもかまわない(現在はそのようになっている)。この本位貨幣以外のあらゆる貨幣を補助貨幣と呼ぶ。

 

1.3. 支払と受領

 あらゆる人と人との間には、また人と企業の間にも、人と政府の間にも、債権・債務の関係がある。債務を負っている個人や法人が、貨幣を債権者に引き渡すことによって債務を消滅させようとすることを「支払」とよび、逆に、ある人に対する債権を、貨幣を受け取って消滅させることを「受領」と言う。受領する義務とは、法的に保証された一定額の債権は、期限内にその金額に相当する政府が定めた貨幣を支払われれば消滅させなければならない、ということである。本位貨幣はこの意味での「受領義務」を伴う。補助貨幣は、政府が定めた金額や枚数を超えると受け取りを断ることができる。

 貨幣とは、この意味での支払(債務の消滅)に利用できる事物であり、債務を消滅してもらうことを求める「請求権」であると言える。債務の消滅というばあい「借金を返す」事例は想像しやすいであろう。しかし、消費者がスーパーマーケットでモノを買うときには、買い物カゴに商品を入れた時点で債務を負っており、レジで金銭を支払うことで債務を解消しているのであり、この意味で貨幣が債務消滅にも用いられる。政府に対する支払では、租税債務や手数料などの支払い義務が生じたときに、それを消滅させるための「事情による請求権」として貨幣を用いることができる。

 

2. 貨幣の発生的分類、系統的分類、機能的分類

 貨幣を分類する上で、その区別の基準となる軸には、以下のようなものがある:

 

 ・重量測定的か、公布的か

 ・無定型的か、定型的か

 ・重量測定に基づく支払手段か、表券的(個数・額面による)支払手段か

・本位貨幣か補助貨幣か

・正貨素材発生的か、自己発生的か

・正範的か、非正範的か

・金属板片的か、非金属板片的か

・受領が義務的か、任意的か、そしてそれに制限額が設けられているか

・兌換可能(暫定的)か、兌換不能(最終的)か

・政府がいくらでも受け入れ、支払いのために準備している貨幣か否か

 

表2 貨幣(支払手段)の発生的分類(genetische Einleitung)

支払手段 Zahlungsmittel

 

重量測定的 pensatorisch

正貨素材発生的でしかあり得ない

 hylo-genisch ※貨幣ではない

公布的 prokramatorisch

定型的(morphisch)でしかあり得ない

表券Charta(板片Platte、箇片・切手Marke)

 

無定型的

amorphisch

定型的(箇片)

morphisch

「表券的chartal」な支払手段が「貨幣Geld」である
(硬貨も表券である)

天秤で重量を測定せず、枚数・額面金額を数える

 

(I)

金属重量測定制

Autometallismus

authylisch

al marco

いちいち天秤で金属量を量る

(II)

仮想的な
ドゥカート貨

 

硬貨だが天秤で重量を測って使用されるもの。

 

正貨(貨幣)素材発生的

hylo-genisch

自己発生的

auto-genisch

 

(III)=[1]

正範的硬貨
(=正貨)

(IV)=[2]

非正範的硬貨

(正貨の地位にない金貨・銀貨)

(V)=[3]

金属板片的硬貨

(主に卑金属による硬貨)

(VI)=(4)

金属板片以外

(本来の紙幣)

 

 

           

 

出典: クナップ(2022[1905])、p.50より筆者作成

 

 これらについては、以下の表に基づいて分類してゆく。

 

2.1. 貨幣の発生的分類

貨幣(支払手段)の「発生的分類」は表2のように整理される。「発生的」とは、貨幣の名目額面(通用力)が何を起源とするのか、という意味であって、歴史的な貨幣制度上の位置づけの発生を意味するのではない。

 支払手段(債務解消の手段となる事物)は、貨幣でないものと貨幣に分けられる。クナップによれば、貨幣でないものとは、いちいち金属の量を天秤で測って利用される支払手段である((I)と(II))。秤を廃止することが重要な進歩であり、個数や額面を数えることによって通用する表券的な支払手段が貨幣となる。それは、金貨や銀貨であっても表券的支払手段ということになる。

 発生的という用語について、「正貨(貨幣)素材発生的」とは金属の価値が貨幣の額面(名目通用力)の起源であることを意味する。金貨や銀貨の額面は、その金属の価値と強く関係しているということである(金銀材料の市場価格が、金銀貨の額面とほぼ等しく保たれる)。それに対して、貨幣の額面が金属価値とほぼ無関係に決まっているものを、おのずと名目通用力が(政府の公布によって)与えられたものとして、「自己発生的」と呼んでいる。現在の日本の紙幣や硬貨は基本的に全てこれにあたる((V)=[3]および(VI)=[4])。

 表の(III)=[1]は、正範的硬貨すなわち正貨のことであり、前節で説明した条件を満たす正貨である。たとえ貴金属貨幣であっても、その条件を完全に満たさないものは正貨ではなく、非正範的硬貨となる(IV)=[2]。

 

2.2. 貨幣の系統的分類

 表3の、「貨幣の系統的分類」は、表2の「発生的分類」とそれほど大きな違いはないが、貨幣でない支払手段(重量測定的なもの)は除去されている。表2と表3の対応関係を見ながら概念整理を行っていただきたい。

 

表3 貨幣の系統的分類

貨幣 Geld

正貨(貨幣)素材発生的

hylo-genisch

自己発生的

auto-genisch

正範的

Ortho-typisch

非正範的

金属板片的

metall-platisch

非金属板片的

 

[1]

正貨 bares Geld

[2]

兌換紙幣など

正貨でない貴金属貨など

[3]

ターラー貨

銀鋳貨(低品位)

ニッケル貨・銅貨

[4]

自己発生的紙幣

papiroplatiches

autogenisches Geld

出典: クナップ(2022[1905])、p.73より筆者作成

 

2.3. 貨幣の機能的分類

 表4の、「貨幣の機能的分類」は、当該時点の貨幣セット(用いられている様々な貨幣の組み合わせ)の中に様々なあり方の貨幣が含まれるときに、どの素材の貨幣がどのような機能を果たしているかを示している。義務的貨幣とは、債権者がその貨幣で債務の解消を求めた場合、金額にかかわらずそれを受領して債権を消滅させなければならないものである。それに対して、任意的貨幣とは、その受領と債権消滅を断ることができるものである。これは、支払額に応じて扱いが変わるものがある。現代の日本でも、硬貨には義務的受領の限度額がある。表4に示されたように、無制限貨幣、純粋な任意貨幣、制限貨幣の区別がある。

 

表4 貨幣の機能的分類

支払額を考慮しない

支払額に応じて扱いが変わる(限度額)

義務的 obligatorisch

任意的 fakultativ

義務的 ⇆ 任意的

無制限貨幣 Kuralgeld

純粋な任意貨幣

制限貨幣 Scheidegeld

(独) 金貨・ターラー貨

(独)国庫証券

(独)国法規程に従った銀貨

ニッケル貨、銅貨

(現代) 本位の紙幣

 

(現代) 硬貨

出典:クナップ(2022[1905])、p.102より筆者作成

※(独)とある行は19世紀後半におけるドイツの貨幣であるが、時期によって異なるので注意

 

 表5は、主に本位貨幣と補助貨幣の区別を示している。義務的受領か任意的受領か、最終的(兌換不能)か暫定的(兌換可能か)といったことによって、区別がなされる。受領が義務的な最終的貨幣であり、政府としてもそれを用意して政府支出に用いて、受け取り手にその受領を強制するものが本位貨幣である(また本位貨幣は、政府がその素材の品位にかかわらず政府に対する支払に際しては無制限に受け容れる)。本位貨幣でないものはすべて補助貨幣である。これも表4と照らし合わせて理解されたい。

 

表5 国庫からの支払からみた貨幣の機能的分類

義務的受領 obligatorisch

任意的受領

fakultative

最終的貨幣 definitives Geld

暫定貨幣(兌換可能)

provisorisches Geld

政府が用意し受領を強制

政府が用意しない

本位貨幣

Währung

補助貨幣 (制限貨幣を含む)

akzessorisches Geld (inkl. Scheidegeld)

※ 正貨が補助貨幣になることもある

       

出典:クナップ(2022[1905])、p.105より筆者作成

 

2.4. 本位通貨の類型

表6は、本位通貨の類型を示したものである。繰り返すが、本位通貨は正貨(I)とは限らず、非正貨(非金属の板片や紙片)などの非正貨を本位通貨とする場合もある(現代の主要国の貨幣がそうである)。また、正貨であっても、正貨素材相場規制が不完全(コインが摩耗しても放置するなど)の場合(a)もあれば、素材相場規制が機能している場合(b)もある。(b)の場合でなければ、正貨の額面と素材金属重量の関係は固定されない。

 

 

表6 本位通貨の類型

 

(a) 正貨素材相場規制が不完全

(b) 正貨素材相場規制が機能

I. 正貨セット

1.銀

2.金

 

I. 1a

I. 2a

 

I. 1b

I. 2b

II. 非正貨セット

1. 金属版片

2. 紙片

 

II. 1a

II. 2a

 

II. 1b

II. 2b

出典:クナップ(2022[1905])、p.120より筆者作成

 

  1. 通用と国庫への滞留

 上記の概念整理から、政府が本位貨幣および補助貨幣と定めたものが、その名目的額面に基づいて通用することが理解できたであろう。ただし、補助貨幣は本位貨幣以上のプレミア(含有金属価値が額面よりも高いこと)があれば、退蔵されて流通しない。補助貨幣はディスプレミアがなければ支払いに使われず、流通しない(「悪貨は良貨を駆逐する」というグレシャムの法則は、このことに関係する)。

 他方で、政府は悪化でも本位貨幣を受け入れなければならない。それは、正貨よりも品位の低い補助貨幣を、人々は政府に対する支払いに優先的に用いることを意味する。その結果、補助貨幣が国庫に滞留する。これは、たとえ政府が均衡財政を維持できていたとしても、政府の財政を悪化させる一因となる。そのため、価値の低い補助貨幣が滞留した場合、政府には通貨の品位を下げる改鋳を行う必要性が生じる。

 

4. さいごに

以上のとおり、クナップの貨幣概念を整理してきた。

クナップの書籍が出版されたのは1905年であり、その頃の主要国が金本位制を採用していたことから、金属主義的貨幣観が常識であった。しかし現在では、いずれの主要国も、銀行券という不換紙幣を本位とする貨幣制度を採用している。このことはクナップの先見の明を示していると思われる。

クナップの書籍は、こなれた日本語訳によっても難解であるので、本稿を参照しながら、概念整理しつつ読み進めていただければ、必ずや理解が深まるものと思われる。ご活用いただければ幸いである。

 

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