日本に関するブランシャールのIS-LM-PCモデルのエコノメイト-Macroを用いた推計
朴勝俊
2024/2/17
1.はじめに
「ブランシャール マクロ経済学(上)[第2版]」(ブランシャール、2020)におけるIS-LM-PCモデルは、現実には金利は中央銀行が決めるという立場から、LM曲線が政策金利水準において水平になっているのが特徴である。これは金融政策の理解をとてもシンプルにしてくれる。他方、PCとは「フィリップス曲線(Phillips Curve)」のことであるが、これは自然失業率と実際の失業率の差が、潜在GDPと実際のGDPとの差に比例すると考え、縦軸を物価上昇率とし、横軸を実質GDPとしたグラフに描いたものである(図2)。本稿では、日本の実際のデータ(1990年から最近)を用いて、このモデルを推定し、利上げ政策と公共投資の効果から、IS-LM-PC曲線を描いてみる。
2.モデルの構築
表1は室田(2005、p.144)を参考に、パソコン用の「エコノメイト-Macro」ソフトウェアを用いて、ブランシャールのIS-LM-PCモデルを構築したものである。表1の数式を、表2の変数表を参考にして読めば、これがどのようなモデルか理解できるであろう。今回の時系列データを用いた回帰分析は、最小二乗法(OLS)よりもコクラン=オーカット法を用いたものが多い。統計的性質は良好である。
表1 方程式体系
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' ここからIS-LMモデル(ISは金利とGDPの関係、LMは日銀が外生的に市中金利目標を決める想定) '消費関数(実質) CP=78319.6+0.466087*(GDP)-393669.1*(CONTAX)-3328.66*(INTN-DOT(PDG)) ' ( 2.74) ( 8.62) ( -5.61) ( -3.16) ' OLS (2000-2022) R^2 = 0.885, SD = 3,361.41, DW = 0.951 '民間設備投資関数(実質) IP=-8,508.31+0.189061*(GDP+GDP(1))-0.086843*(KP(1)+KP(2))-678.074*(INTN-DOT(PI)) 't-value (N2) (N2)- (N2)- (N2) ' Orrcut (1990 - 2021) R^2 = 0.918, SD = 1,907.58, DW = 1.441 '民間設備投資価格デフレータ PI=5.86773+0.941534*(PDG) 't-value (N2) (N2) ' Orrcut (1990 - 2021) R^2 = 0.989, SD = 0.930723, DW = 1.403 '住宅価格 PH=-2088.66+38.8969*(PDG)-0.203644*(PDG^2)+3.34910*(PI) ' ( -4.01) ( 3.89) ( -4.18) ( 6.11) ' OLS (2000-2022) R^2 = 0.683, SD = 3.90655, DW = 0.422 '住宅投資 IH=81,114.7-0.159644*(KH(1))-238.252*(INTN-DOT(PH)) 't-value (N2)- (N2)- (N2) ' Orrcut (1996 - 2022) R^2 = 0.867, SD = 1,402.28, DW = 1.411 '輸入関数(実質) MC=-123,910.8+0.356180*(GDP) 't-value - (N2) (N2) ' Orrcut (1990 - 2022) R^2 = 0.981, SD = 2,260.95, DW = 1.926 ' GDP定義式 (元データが合致しないので階差RESを足している) GDP=CP+CG+IH+IP+IG+JP+JG+EXC-MC+RES '民間資本ストック(実質) KP=59907.1+0.807033*(KP(1))+0.706925*(IP) ' ( 10.36) ( 90.46) ( 10.75) ' OLS (1990-2021) R^2 = 0.997, SD = 2,234.74, DW = 0.277 ' 住宅資本ストック KH=9392.30+0.454956*(KH(1)+KH(2))+1.21074*(IH) ' ( 2.43) ( 117.67) ( 27.59) ' OLS (1990-2021) R^2 = 0.998, SD = 848.257, DW = 1.768 '内閣府型GDPギャップ 過去5年GDP平均を潜在GDPとし、プラスになりうる GDPGAP_NKF=-15.5074+0.000141*(GDP)-0.000115*(0.2*(GDP(1)+GDP(2)+GDP(3)+GDP(4)+GDP(5))) 't-value - (N2) (N2)- (N2) ' Orrcut (1990 - 2021) R^2 = 0.783, SD = 0.897126, DW = 1.945 '物価上昇率(GDPデフレータ) GDPギャップが埋まると物価が上昇する DOT(PDG)=-0.281243+0.093623*(GDPGAP_NKF)+1.17576*(DUM97)+1.86844*(DUM2014) 't-value - (N2) (N2) (N2) (N2) ' Orrcut (1990 - 2022) R^2 = 0.741, SD = 0.598026, DW = 1.801 |
注: 括弧内はt値。コクラン=オーカット法を用いた場合はt値が示されない。
表2 変数表(登場順)
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CP 実質民間最終消費支出(2015年基準、連鎖10億円) GDP 実質国内総政策(2015年基準、連鎖10億円) CONTAX 消費税率(1を基準とする小数) INTN 貸出約定平均金利:貸付:都銀(%) IP 実質民間企業設備投資(%) KP 民間設備資本ストック(2015年基準、10億円) PI 民間企業設備投資デフレーター(2015年=100) PDG 国内総生産デフレーター(2015年=100) PH 民間住宅投資デフレーター(2015年=100) IH 実質民間住宅投資(2015年基準、連鎖10億円) KH 民間住宅資本ストック(2015年基準、10億円) MC 実質財貨・サービスの輸入(2015年基準、連鎖10億円) GDP=CP+CG+IH+IP+IG+JP+JG+EXC-MC+RES 国内総生産=民間消費+政府消費+住宅投資+民間設備投資+政府設備投資 GDPGAP_NKF 内閣府によるGDPギャップ(プラスになるほど逼迫) DUM97 1997年ダミー DUM2014 2014年ダミー |
民間消費支出(CP)はGDPと消費税率と実質金利に依存する。民間設備投資は実質GDPと過去の資本ストック(KP)および、名目市中金利(INTN)から設備投資物価上昇率(DOT(PI))を引いた実質金利に依存する。また民間住宅投資も同様の金利に依存することとする。これらから右下がりのIS曲線が導かれる。
中央銀行が名目市中金利(INTN)を政策目標として、これを維持すべくいくらでも貨幣供給量を増減させると想定するので、INTNは外生変数としている。そのためLM曲線は水平となる。IS-LMのグラフは、縦軸を名目利子率とし、横軸を実質GDPとして描く(図1、図2参照)。
フィリップス曲線に基づくPC曲線は、(潜在失業率と実際の失業率とのギャップではなく)実質GDPが上昇してGDPギャップが小さくなるほど物価上昇率が小さくなるという理解に基づいて描かれており、縦軸を物価上昇率(BAUとの差)、横軸を実質GDPとして描く。
表3 パーシャルテスト(PT)とファイナルテスト(FT)の結果
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誤差率% |
PT |
FT |
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CP |
2.04 |
6.9 |
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0 |
6.49 |
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GDPGAP_NKF |
41.6 |
96.07 |
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IH |
27.66 |
13.39 |
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IP |
4.54 |
10.61 |
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KH |
0.16 |
6.87 |
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KP |
0.32 |
3.9 |
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PDG |
0.79 |
3.81 |
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PH |
6.45 |
5.65 |
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PI |
2.54 |
5.47 |
このモデルを完成させ、パーシャルテストとファイナルテストを行った(表3)。トータルテストでも、民間消費(CP)や実質GDP(GDP)の誤差率は6~7%程度である。住宅投資は約13%、民間設備投資は11%程度の誤差である。これらは大きめの誤差であるが、ベースライン(BAU)とシナリオとの変化を見るシミュレーションにとっては許容可能なものである。GDPギャップはもともと潜在GDPと実際のGDPとの間の数%の差として定義されるので、どうしても誤差率は大きくなるが、これを用いて計算した物価の誤差率が3~6%程度に収まっているので大きな問題にはならない。
なお、表1に示された数式は、2021年ないしは2022年までのデータに基づいて推計されたものであり、それ以降に起こった資源高・円安の影響を十分には反映できていない。モデルにも資源価格や為替レート等が含まれず、これらが貿易や物価に及ぼした影響を検討するのには、このモデルは向いていない。本稿の分析はあくまで、国内の財政政策と金融政策の効果をIS-LM-PCモデルとして把握するための試みである。
3. シミュレーション
2022年から2025年の期間に対して、ベースライン(BAU)の他、政策シナリオとして「(1)市中金利3%引き上げ」、「(2)実質政府投資10兆円増」、および「(3)市中金利3%引き上げ+実質政府消費10兆円増」の3つを「予測」として計算した。計算の結果は図1、図2にグラフとして示す。
シナリオ(1)では、2024年と2025年に金利を、BAUの0.65%から3%引き上げて3.65%にしたことによって、GDPが2024年に約20兆円、2025年に約24兆円減少した。それは主に、投資よりも消費の減少によるものであった。これにより物価上昇率は2024~25年にBAUと比べて0.25%抑制されることがわかった。
シナリオ(2)では、政府投資を10兆円増加させたことによって、GDPは2024年に約15兆円、2025年に約19兆円増加した(政府支出乗数はしたがって1.5~1.9程度となる)。これによって物価上昇率はBAUと比べて2024年に0.25%、2025年に0.18%高くなる。
図1 IS-LM-PCモデル(2024年)
出典: 筆者の計算による
図1 IS-LM-PCモデル(2025年)
出典: 筆者の計算による
シナリオ(3)では、2024~25年に金利を3.65%にした上で、政府支出を10兆円増やした。これによれば、金利3%引き上げの効果と、政府投資10兆円増がGDPに与える影響は、ほぼ相殺しあう(利上げの悪影響がわずかに大きい)。物価上昇率はBAUと比べてほとんど変わらない。
今回の試算は、政府投資がGDPを大幅に引き上げる可能性を示している。他方、大幅な金利引上げはGDPを大幅に減少させる可能性がある。その際、絶対額では投資よりも消費の方が大きく落ち込むことになる。逆に言えば、利下げはGDPを押し上げる可能性があるが、日本においては名目金利が事実上ゼロ下限に達しているので、これをさらに下げることは難しい。ただし、消費・投資は実質金利(名目金利から予想物価上昇率を引いたもの)に反応するので、予想物価上昇率が上昇すれば、これらが押し上げられる可能性がある。
4. 結論
現状の日本経済を、ブランシャールのシンプルなIS-LM-PCモデルに基づいて分析したところ、金利を3%引き上げるとGDPが20兆円程度失われると試算された。これは逆に、利下げを行えばGDPが増えることを意味しているが、日本経済は事実上ゼロ金利下限に達しているので、これ以上名目金利を引き下げることは難しい。したがって、不況脱却のためには拡張的財政政策が重要であることがわかる。分析結果によれば、政府投資乗数は1.5~1.9程度である。
ただし、今回のモデルは、為替レートや資源価格の影響を考慮できていないので、2022年から2023年に起こった資源高・円安の影響への関心に応じるには不十分である。これについては今後、輸出関数や輸入関数を充実させる必要がある。また、今回のモデルは予想物価上昇率と実際の物価上昇率の区別は行っていない。過去と現在の物価上昇率から、将来の予想物価上昇率を決める経路を含めることも、重要な課題と思われる。もちろん、マクロ計量モデルの各変数は誤差を含むものであり、各推定式も定式化や推定期間が変わると定数・係数の値も変化するので、結果は幅を持って解釈したい。
<参考文献>
エコノメトリックス研究会(2010)「エコノメイト-Macro ユーザースマニュアル」2010年7月
室田康弘・伊藤浩吉・越国麻知子(2005)『パソコンによる経済予測入門[第3版]』東洋経済新報社
ブランシャール、オリヴィエ(2020)『ブランシャール マクロ経済学(上)[第2版]』東洋経済新報社
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