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ブロック&ソマーズ「スピーナムランド制度の影で:社会政策と旧救貧法」の翻訳

論文

ブロック&ソマーズ「スピーナムランド制度の影で:社会政策と旧救貧法」紹介文

朴勝俊

 

 スピーナムランド制度の名を知る人はおそらく、マルクスエンゲルスの著作か、カール・ポランニーの『大転換』か、あるいはベーシック・インカム(BI)を唱道するルトガー・ブレグマンの『隷属なき道』を通じて知ったのではなかろうか。

 この制度はイングランド救貧法の一部として、救貧院(事実上の労働収容所)に入らない健常者にも手当を支給するものであり、1795年から1834年にかけて、ごく一部の地域で導入されたものである。しかし、救貧政策を批難し手当を廃止に追い込んだ古典派経済学者(マルサスリカード等)だけでなく、マルクス・エンゲルスウェッブ夫妻などの社会主義者や、カール・ポランニーまでが、これを英国社会を荒廃させた社会保障の失敗例と断じる歴史資料(特に王立委員会による13000ページの報告書など)を信用して、批難の輪に加わった。したがって権威あるかれらの著書に触れた幅広い教養層も影響を受けた。このことは、BIに似た米国ニクソン時代の所得保障政策の導入を妨げ、近年の社会保障の切り詰めにも影を落とした。

 その誤った常識を批判し、スピーナムランド制度は実際には成功であったと説いたのがブレグマンの『隷属なき道』(第4章)である(なおベーシックインカムを唱道する本の中で紹介されたことで、この制度を「ベーシックインカムのようなもの」と誤解した読者もあったかもしれないが、この本でも「勤勉ながら貧しい男性とその家族」を支援するものと明記されている)。彼が根拠としたのが、救貧制度に関する歴史学者たちの近年の研究である。ここで紹介するブロックとソマーズの論文は、ブレグマンの参考資料のひとつである。

 ブロックとソマーズの論点は多岐にわたる。マルサスなど自由主義者の救貧制度批判の倒錯性、フランス革命の衝撃が農村エリートを救貧制度の改善に向かわせたこと、手当制度はエンクロージャーと手工業の衰退で困窮する貧農家族を支え、彼らが大挙して都会に向かうのを防いだこと、などである。またスピーナムランド制度のせいで英国の農業や経済が荒廃したとされているが、実際には穀物の生産量も生産性も改善していた。スピーナムランド制度のせいで労働者が怠惰になったとか、農業雇用主が賃下げをしたということも考えにくい。最も興味深い指摘は、リカード自由主義経済学者の主導で行われた1820年頃の金本位制への復帰が、デフレと農工業の混乱を悪化させたという点である。そして、1834年救貧法改革に向かう思想の変化は、この混乱の真因を隠蔽し、責任を貧困者に押しつけるものだったと彼らは指摘している。


スピーナムランド制度の影で: 社会政策と旧救貧法
フレッド・ブロック&マーガレット・ソマーズ*
翻訳:朴勝俊(2023/9/4)
Fred Block and Margaret Somers (2003) In the Shadow of Speenhamland: Social Policy and the Old Poor Law,
POLITICS & SOCIETY, Vol. 31 No. 2, June 2003 283-323 DOI: 10.1177/0032329203252272

<要約>
1996年、米国議会は「個人責任および雇用機会調和法」を可決し、公的扶助に対する貧困家庭の受給資格を廃止した。この福祉政策の転換に至る議論は、英国救貧法 Poor Law) の歴史的一幕であるスピーナムランド制度の影で起こった。この論文では、スピーナムランド制度のエピソードを再検討し、そのもつれた歴史を解き明かす。著者は、40 年にわたる最近の研究成果をもとに、スピーナムランドの政策が、これまで言われてきたような結果をもたらすことはあり得なかったことを示す。論文の最後には、そのようなスピーナムランドに関するストーリーがなぜ深く定着したかを説明する、もう一つの物語を紹介する。

 

キーワード:貧困、福祉、社会政策、ポランニー、旧救貧法

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