日本のPCR検査数(人口比)は、4月末に先進国で最下位レベルと指摘され[1]、7月末には世界で159位と[2]、アフリカ諸国よりも少ないです。その理由は、マスコミ等でPCR検査の「不正確さ」が宣伝され[3]、それによって、検査を増やさない政策が正当化されてきたからです。ここでは、PCR検査の「精度」についてやさしく学び、虚偽の宣伝に騙されないようにしたいと思います。筆者は医療の専門家ではありませんので、専門の文献や専門家等のブログを参考に、この記事を書いています。
■ よくあるウソの数値例
PCR検査の拡充に批判的な人々がよく持ち出すウソの数値例があります。例えば、朝日新聞科学コーディネーターの高橋真理子氏は、次のように書いています。「感染者が正しく陽性と判定される「感度」は70%程度といわれる。もっと低いという説もあるが、ここでは70%と見ることにしよう。一方、非感染者が正しく陰性と判定される「特異度」は高い。これを99%と仮定して、1億人に検査した場合にどうなるかを見てみよう。感染者の数はわからないのだが、100万人いると仮定してみる」。こんな例を挙げて、検査を拡大すべきではないという議論をしているわけです[4]。政府専門家会議のメンバーが中心になって作られているコロナ専門家有志の会でさえ、同様の数値例を用いて議論しています[5]。これは、どこがウソなのでしょうか? それを理解するためには、ここに出てくる「感度」や「特異度」といった用語を、正確に知っておく必要があります。難しいことはありません、以下の2×2表が分かれば、簡単に理解できます。
表1 2×2表
まずa~dには人数が入り、その合計はNとなります。次に、感染(i=infected)と非感染(n=non-infected)は、対内にウィルスがいるかどうかを意味しています。感染者数はNiでa+c、非感染者数はNnでb+dとなります。さらに、陽性(+=positive)と陰性(-=negative)とは検査の結果です。陽性者数N+はa+b、陰性者数はN-はc+dです。
高橋氏の数値例だと、以下のようになります。1億人のうち感染者数は100万人、そのうち陽性と正しく判定されるのは70万人です。非感染者数は9900万人ですが、そのうち正しく陰性と判定されるのは9801万人で、99万人は間違って陽性と判定されることになります。
表2 高橋真理子氏の数値例
ここで、高橋氏が使った用語を含めて、必要な用語を数値とともに表3のように定義しましょう。すると、高橋氏の数値例では、陽性と判定された169人のうち、本当の陽性は70人(41.42%)しかいません(表3の陽性的中率41.42%を参照)。有病率が1%のように非常に低い場合、こういうことがよく起こります。また、非感染の9900人のうち99人(1%)が非感染なのに陽性となります(表3の偽(にせ)陽性1%を参照)。さらには、感染者100人のうち30人(30%)が、感染しているのに陰性となります(表3の偽(にせ)陰性30%を参照)。これらの数字が意味するところは、お分かりいただけましたでしょうか。
ちなみに、ここで偽陽性をあえて「にせ陽性」とよんでいるのは、「擬陽性」と区別するためです[6]。「擬陽性」はツベルクリン反応検査などで陽性とも陰性とも言い切れない状態を意味します。
表3 用語の定義と数値
この事から、PCR検査拡大反対論者は、感度が70%しかない正確さにかけるPCR検査を広めると、偽陽性の患者が殺到して医療崩壊が起こるし、偽陰性の患者が安心して動き回ってウィルスを拡散させる、などと主張しているわけです。
そんなことにはなりません。なぜそう言えるのか? 彼らが当てはめている数字が事実に反するからです。
■ 事実に即した数値例
そもそもPCR検査そのものの特異度は100%、偽陽性は0%です。
PCR検査は妊娠検査薬などとはわけが違います。体の中にウィルスがいることを確認する、確定診断の検査なのです。言わば、産婦人科のお医者さんが、女性のおなかの中に胎児がいることを確認するのと同じです。なぜなら、体内からウィルスが見つかったから陽性なのに、感染していないということはありえないからです。検査機械が別の人のウィルスに汚染されていたとか、他の人の検体と間違えたとかいうことがごくまれに起これば、わずかに偽陽性が発生することがあり得ます(特異度が下がります)。しかし、100回に1回の割合でそんなミスが起こると考えるのは、日本の医療現場をバカにしすぎではないでしょうか。
感度70%はどうでしょうか? 日本疫学会のHPでは、「PCR検査の感度は?についての結論ですが、PCR検査の感度については、PCR検査自体以外の要因の影響が大きいこともあり、一概に感度は何パーセントであると言い切れないのが実情です。あえて、Kucirkaらの結果から感度を示すとすると、感染から8日目(症状発現の3日後)に偽陰性割合が最も低くなり、その値が、20% (95%信頼区間:12% ― 30%)となることから、感度として一番よい値になるのが、感染から8日目(症状発現の3日後)の80%(95%信頼区間:70%-88%)となります」と書かれています[7]。つまり、感染からの日数なので感度が変わるので、幅をもって考えましょうということですから、仮に70%とすることも、そうおかしいことではなさそうです。また、感染者の7割を陽性判定できるというのは、必ずしも低いとは言えません。さらに感度を上げたければ、検体を2つ3つに増やすとか、検査を2回3回と繰り返せばよいのです。感度70%(偽陰性率30%)の検査を2回行うと、2回とも偽陰性になる確率は9%に減り、感度は91%に上がります(1-0.3×0.3)。3回繰り返すと、3回とも偽陰性になる確率は2.7%ですから、感度は97.3%になるわけです。とはいえ本稿では、感度70%のまま話を続けましょう。
有病率については、現時点で分からないことが多いので、あくまで仮定として1%を想定しつつ、実例に応じて調整することとします。
要するに、高橋氏らが設定した有病率、感度、特異度のうち、特異度だけを99%から100%変更して検討を進めます。これだけで、結果が大きく変わります。表4は、特異度を100%にした場合の2×2表です。これは、偽陽性がゼロになることを意味し、医療崩壊の懸念はなくなります。
表4 特異度を100%にした場合の2×2票
実際には機器の汚染や患者の検体の取り違えがごくまれに起こって、特異度が100%より少し低くなるかもしれません。そのような場合についても計算し、表5に整理しました。1億人に検査しても、特異度が99.9999%(9が6個)なら偽陽性は99人、特異度が99.999999%(9が8個)なら1人しか出ません。特異度の妥当な値については、次節で検討します。
表5 1億人に検査をした場合の偽陽性の人数と特異度の関係
■ Jリーグの検査報告とてらし合わせると?
Jリーグの第3回公式検査の結果が7月24日に出されました。3299人が検査を受けて、この時点では全員の陰性が確認されたということです[8]。そして、24日の検査で1人の感染(38.0度の熱や頭痛の症状あり)が見つかり、25日に報道されました[9]。ここでは、この合計3300人について、表6のようにまとめます。このような結果と整合性がとれる、現実の特異度や有病率はいくらでしょうか?
表6 Jリーグ7月の検査結果
表7 Jリーグ7月の検査人数に感度70%と特異度99%、有病率1%を与えた場合
高橋氏の仮説例のように、感度70%と特異度99%、そして有病率1%を設定すると、表7の数字になります。この場合、陽性者は56人も出なければなりません。これは実際の検査結果から大きくはずれています。特異度99%、有病率1%はあり得ません。表6と同じ数字が再現できるのは、特異度99.99%以上、有病率が0.03%か0.04%の場合だけです(人数の小数第一位を四捨五入)。
■ 結論
PCR検査の特異度が99%と低いことは、実際のJリーグの検査結果と照らし合わせてもあり得ません。ですから、PCR検査を拡充することによって、偽陽性患者が増えて医療崩壊するということはあり得ません。感度が70%の場合、当然のことながら偽陰性患者が30%発生することになりますが、複数の検体をとったり、繰り返し検査を行うことによって感度を90%以上に高めることができます。大量の偽陰性患者が動き回るということも、誇張された主張でしょう。現実には、検査さえ受けられない人々が、生きるために動き回らざるを得ない状況を考えれば、なおさらです。検査を増やさないという選択肢はあり得ません。
■ 付記
本稿の数値計算を自動化するために、簡単なExcelシートを作成しました(添付)。表7の黄色いセルに数値を入力すれば、あとのセルは自動的に計算されるようになっています。例えばJリーグの事例は、人数3300人、有病率0.03%、感度70.00%以上、特異度99.99%以上と設定すれば、1人の感染者が出ることが分かります(陽性・陰性の的中率は、四捨五入された整数ではなく、四捨五入前の小数の数値に基づいて計算されていますので、ご注意ください)。
今回は、国内外で報告されている数々の検査結果を十分に検討できませんでしたが、検査総数と陰性・陽性の数が分かれば、同じような分析が可能です。ご活用ください。
PCR検査の正確さ分析ExcelシートはこちらからDLして頂けます↓
参考文献
[1] 高橋浩祐(2020.4.30)「新型コロナ、日本のPCR検査数はOECD加盟国36カ国中35位。世界と比べても際立つ少なさ」YAHOO! JAPANニュース
https://news.yahoo.co.jp/byline/takahashikosuke/20200430-00176176/
[2] 新聞赤旗(2020.7.30)「検査数「159位」の衝撃 人口比 日本、アフリカ諸国より低く」
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik20/2020-07-30/2020073003_03_1.html
[3] 例えばTBSテレビ「ひるおび」2020/6/1で、発症日前後の陽性判定率の違いを示した米国の研究を紹介しつつ「症状のない人も広く検査すべきだとの声もあるが、PCR検査だけでは感染の特定に非効率で今後慎重論も出そうだ」というミスリーディングなコメントが流されたことや、朝日新聞科学コーディネーターの高橋真理子氏が出した「コロナ「全国民検査」は無意味である」というタイトルの記事が「Dr. Tairaのブログ」(2020.6.1)で紹介され、批判されています。このブログ記事は、本稿を書く上でおおいに参考にさせていただきました。御礼申し上げます。
https://rplroseus.hatenablog.com/entry/2020/06/01/203148
[4] 高橋真理子(2020.6.1)「コロナ「全国民検査」は無意味である 検査結果は曖昧、それでも知りたい必然性がある人だけ受けるべきもの」『論座』
https://webronza.asahi.com/science/articles/2020052900006.html?page=2
[5] コロナ専門家有志の会(2020.5.14)「国が承認した「抗原検査」ってどんなもの?」
https://note.stopcovid19.jp/n/n39ce45e14481
[6] 名取宏(2020.5.12)「「擬陽性(擬陽性)」と「偽陽性」は違います」BLOGOS
[7] 日本疫学会(2020)「新型コロナウイルス感染予防対策についてのQ&A」日本疫学会・新型コロナウイルス関連情報特設サイト
[8] サッカーダイジェストWeb編集部(2020.7.24)「Jリーグ、第3回公式PCR検査の最終結果を報告。3299件すべての陰性を確認」
https://news.goo.ne.jp/article/soccerdigestweb/sports/soccerdigestweb-76740.html
[9] Jニュース(2020.7.25)「DF宮原に新型コロナウイルス感染症の陽性反応【名古屋」
https://www.jleague.jp/news/article/17454
[10] 分析の参考にしたのは、牧田寛(2020.7.28)「日本医師会にも棄却された「検査をすると患者が増える」エセ医療・エセ科学デマゴギー」ハーバー・ビジネス・オンライン
https://hbol.jp/224656