朴勝俊 Park SeungJoonのブログ

反緊縮経済・環境経済・政策に関する雑文 

野党は下手なアベノミクス批判より 独自の経済政策を

※この記事は『アジェンダ-未来への課題-』2018年冬号に掲載されたものです

 

■はじめに

 筆者は安倍政権に批判的な立場であるが、「アベノミクス批判」にはあまり関心がない。いわゆる「アベノミクス」は成功か失敗かと問われれば、この「スローガン」は安倍氏が長期政権を確立する上で大成功だったと言わざるをえない。

 この間、数多くの「アベノミクス批判」が書かれ、野党もこの「政策」の「失敗」を追及してきた。原発再稼働や「共謀罪法案」や「戦争法案」の強行採決や「モリカケ問題」など、安倍政権への支持を大幅に引き下げかねない事態もあった。にも関わらず、
内閣の支持率は二〇一八年の夏までに回復し、野党の支持率を総計しても与党の三分の一程度にも達しない事態は続いている(1)。下手な「アベノミクス批判」では政権に打撃を与えることはできないのである。

 いわゆる「アベノミクス」は、素性が異なる様々な政策措置を含み、経済学的には定義が不明瞭な用語である。漫画家の井上純一氏は、「安倍首相が好きな人は政権の経済政策のいいトコだけ見て…アベノミクス最高! 嫌いな人は悪いトコだけ見て…アベノミクス失敗!(中略)…安倍首相が好きか嫌いかで全然意味の違う言葉になってる(ママ)!」と指摘している(井上2018)。そして「嫌いな人」たちは、総じて、安倍政権の政策に対する「叩きどころ」を間違っている。

 現政権下で人々の生活状況が著しく改善したということはないが、デフレ不況が放置されて多くの人々が自ら命を絶っていた民主党政権期に比べて、安倍政権期に入っていくつかの重要な経済指標(とりわけ雇用指標)が改善していることは否めない(松尾ほか2017)。ごたまぜの「アベノミクス」にも金融緩和など「反緊縮的」な要素が一部含まれており、それが円高是正・デフレ脱却・雇用改善に一定程度の効果をもたらしたためだ。筆者は大学に勤めているが、卒業生の就職状況が一〇年前に比べて改善したことは明らかである。近年の選挙では若年層ほど自民党への投票率が高く(2)、「若者の右傾化」などと言われるが、それは的外れだ。野党やそれに近い知識人たちが「効果が見られた政策措置」を下手に批判してきたため、安倍政権以外の政権が万が一にでも成立すれば、性急な財政再建など「緊縮的」なことをやられて景気や雇用状況がもっと悪くなるだろうと、若年層を中心とする有権者に敬遠されているだけだ。

 必要なのは、デフレ不況期における「ケインズ的経済政策(金融緩和・財政支出)」の必要性・効果・副作用・出口に関する正しい理解である。景気が良くない時に緊縮策(増税、福祉カット、金融引き締め)を行うと景気が悪化して雇用状況も財政状況も悪化する。デフレが生じれば債務者の債務負担も増えるため、結局は弱者のためにもならない。

マクロ経済学に関する最低限の基礎知識の確認

 突然だが、読者のみなさんは以下の問題に答えられるだろうか。資料を参照して答えることが可能であればよいと思う。ここでは解答はしないが、菅原(2018)のような安価な入門書を参照すればひとしきり答えが確認できるであろう。

〈問題〉
(1) Y=C+I+G+EX-IMとY=C+S+Tの各記号の意味を答えなさい。
(2) 上の式からISバランス式を導出しなさい。
(3)フィリップス曲線とは何かを説明しなさい。
(4)国際金融のトリレンマを説明しなさい。
(5)ケインズ派新古典派の違いを説明しなさい。

 安倍首相は上記の五つの問題にすべて答えることができるであろう。首相は自分の経済政策に関して、原稿を見ずに演説ができ、質問に答えることもできているからだ。それは下野していた二〇〇九~二〇一二年の間にマクロ経済学を学んだためだ(野口2018、pp.62~70)。

 他方、枝野幸男さんの三時間演説(枝野2018、pp.34~37)を読んだが、彼の「(安倍政権の経済政策には)五年たってもまったく成果が出ていない」という主張を見て、彼が上記の五つの問いに答えられるのか疑問に感じた。枝野さんは、金融政策(貨幣政策)と雇用政策の関係を理解されているだろうか? 例えば米国の金融政策当局〔連邦準備〕は「最大限の雇用、物価安定、低い長期金利」を目標とするよう法律で義務づけられていることや、その意味をご存じだろうか? 物価安定目標は諸外国が採用する標準的な政策であることをご存じなのだろうか? ピケティやスティグリッツをはじめとする欧
米の左派経済学者が安倍首相の政策を評価していた理由をどう理解されているのだろうか? 果ては、民主党政権時の経済状況や経済政策の方が今より良かったと考えているのだろうか?

 枝野さんのことではないが、旧民主党の有力者・関係者の方々には、新自由主義者(あるいは財務省と新聞各社)のプロパガンダに煽られてか、怪しげな経済学者(3)の説に乗ってか、「財政破綻」や「ハイパーインフレ」の危険を煽り、量的金融緩和
政策の効果を否定し、財政健全化を求め(4)、ときに消費税増税を求める声が少なくなかった。

■世界大不況からの教訓(5)

 不況期に弱者の立場に立つべき政治家が緊縮に走ることは危険なことだ。また現代の政治において、「敵」に経済学を勉強され、効果的な経済政策を打ち出されてしまい、それに成功されてしまうことは恐ろしい結果を招く。以下にいくつか歴史的事例を示そう。

 

(1)昭和恐慌時の金本位制復帰がもたらした悲劇

 日本では伝統的に、政治家も官僚も一般市民も新聞世論も緊縮的な思想を持っているようだ。一九二九年七月に浜口雄幸内閣が発足し、井上準之助が蔵相となった。その直後に米国発の世界大恐慌の衝撃が日本にも到来した。井上はこんな時期に金本位制への復帰(金解禁)を断行した。当時のことだから無理もないが、経済学的知識を欠いた一般人も新聞も諸手を挙げてこれに賛成した。大阪毎日新聞一九二九年七月一六日の社説は、「国民は手術台の痛苦に耐えねばならぬ。伸びんがめに先ず屈せねばならぬ」とまで書き立てたのだ。だが井上は、実勢レートよりも円高となる為替レート(旧平価)での復帰を実現するために、財政支出の切り詰めを含む厳しい緊縮策(デフレを目的とする政策)を実施し、不況を深刻化させた。二年間で財政支出を一五%削減すると、国民所得は二〇%も減少したのだ。その悪影響は農村を直撃し、農民達は著しく困窮した。農村から娘の身売りが増えたのはこの頃だ。多くの有望な若者が農村を出て大学に入ったが就職状況は厳しかった。政治家や財閥に対して敵意を抱く「青年将校」や「テロリスト」が台頭したのもこの頃だ。「手術台の痛苦」は激甚だった。

 浜口首相は一九三〇年に狙撃され、一九三一年暮れに犬養毅内閣(高橋是清蔵相)に替わった。高橋は不況脱却のため、金本位制離脱(金輸出再禁止)を行い、円安を容認し、財政ファイナンス国債の日銀引き受け)により農村救済事業などを実施した。その結果、一九三三年度にはデフレ不況からの脱却が実現した。世界恐慌からの脱却は、日本が世界で最も早かったのだ。そこで高橋はインフレを抑えるために財政再建へと舵を切り、とりわけ軍事予算の縮小に尽力した。だが、そのことで軍部の恨みを買った。

 一九三二年には血盟団事件で井上や団琢磨(三井総裁)が殺害され、五・一五事件で犬養が殺害された。井上らが引き起こした経済悪化にうんざりしていた世論はむしろ、これらテロリストに味方した。その後、軍部の暴走は加速し、一九三六年の二・二六事件高橋是清が殺害され、軍事予算拡大に対する歯止めはなくなった。世界大恐慌後の「昭和恐慌」は、太平洋戦争に至る経済的な伏線だった。

 

(2)ナチスの台頭はなぜ起こったか

 ナチスの台頭の原因が、かの有名なハイパーインフレーションだったと勘違いしている人は多い。しかし、ハイパーインフレは一九二二~二三年のことであり、ナチスが総選挙で第一党となったのは一九三二年であったため、これらはほとんど無関係である。むしろナチス台頭の温床となったのは一九二九年の世界恐慌に続くデフレ不況だった。

 一九三二年総選挙において、当時は三人に一人が失業するほどの状況だったが、不況対策として有効な反緊縮政策を掲げたのはナチスだけだった。ナチスが策定した「緊急経済プログラム」は、①失業は貧困を引き起こすが雇用は繁栄を生む、②資本は仕事を生まないが仕事は資本を生む、③失業給付は経済にとって負担だが雇用創出は経済を刺激する、と謳っていた。

 他方、与党だった中央党政権は均衡財政を重視し緊縮策をとった。ある意味、ナチス以外の野党はそれ以上にひどかった。当時マルクス主義を標榜していた社会民主党(最大野党)の有力者ディットマンなどは、「われわれは現状(恐慌)がさらに進展することを望んでいます」と豪語したほどだ。恐慌が究極的に悪化すれば共産主義革命が起こるという含意であろう。言語道断である。

 選挙に勝利し、政権を握ったナチスはシャハトを経済大臣に任命し、財政・金融政策を任せた。この人物は一九二三年にハイパーインフレを即時に収束させた屈指の財政家だった。ナチスは国民車構想やアウトバーン建設などの公共事業によって、一九三四年までにデフレ不況からの脱却を実現し、失業者数も激減させた(一九三二年は五五七万人、一九三七年は九一万人)。シャハトの経済回復策は、インフレーションを起こさないよう周到に行われた。ナチスユダヤ人を迫害し、世界を戦争に巻き込むのは、劇的な経済回復の結果、人々の圧倒的な支持を得たのち、シャハトが窓際に追いやられた後の事である。


(3)ギリシャ悲劇

 現代においても誤った緊縮策が極右台頭を助長した実例がある。その一つがギリシャだ。ユーロ加盟によって為替リスクがなくなると、独仏をはじめとする銀行から多額のカネを(ユーロ建てで)貸し込まれたギリシャは、政府も民間もリーマンショックの余波により破産状態に至った(財政統計粉飾問題は、その中の一つのエピソードに過ぎない)。ギリシャに対する「救済策」(二〇一〇年~)は、実は欧州の納税者のカネで独仏の銀行を救済し、その債務をギリシャの人々の肩に負わせるものだった。「救済策」を主導したトロイカ欧州連合EU、欧州中央銀行ECB、国際通貨基金IMF)はギリシャを悪者に仕立て、懲罰的な緊縮策(政府支出カット、年金カット、増税など)を強いた。国民所得は二五%以上も減少した。医療支出もカットされ、人々の健康状態も劇的に悪化した。結果として、ナチスを信奉する政党「黄金の夜明け」が台頭した。

 日本では、民主党政権当時の菅首相は「ギリシャ対岸の火事ではない」などと発言して、消費税増税に踏み切ったが、ギリシャの事情も、日本とギリシャの背景の違いもわきまえない判断だったと言わざるをえない。


■反緊縮の経済政策を打ち出すべきだ

 では現在、野党はどのような政策を打ち出すべきだろうか。一般の有権者の関心事は、雇用、賃金、労働条件、福祉である(残念ながら、脱原発憲法・平和は重要だがそれらに劣後する)。経済状況がよくない時に、就職・債務・老後・子育てなどの経済的問題を抱えている人々を尻目に「経済より命」だとか、「成長には期待できない」といった言葉を放つのは、野党にとっては決定的なオウンゴールとなる(6)。

 安倍政権の経済政策の欠点は、金融政策は緩和的だが、財政的には緊縮的で、労働者・生活者より企業の利益を優先していることだ。財政支出は増やす約束だったが、実際は「一〇〇兆円の壁」に阻まれて増えていない。金融政策だけではデフレ脱却はできない。現下、二%の物価安定目標が達成されていないのは、二〇一四年の消費税増税の影響や、賃上げが不十分なことから、老後や結婚後(子育て、教育)の生活不安が拭えず、人々がお金を使わずに、貯め込まざるを得なくなっているためである。人々の暮らしの安心を高める福祉・医療・教育への政府支出も、財政危機論が当然視され、削る対象としか見られていないのは問題である。

 ひとびとの暮らしや、環境保護やエネルギー政策転換に必要な政府支出を大幅に増やす必要がある。消費税増税は再度延期すべきだ。貧困対策としてはベーシックインカムの導入が肝要だ。また、最低賃金の引き上げや労働時間の短縮などの労働条件の改善を行うとともに、正規・非正規の格差、男女間の格差などを解消する制度改正が求められる(松尾2016、松尾ほか2018)。

 ベーシックインカムの財源は、所得税と既存の給付の見直しで確保できる(原田2015)。その他の支出は貨幣発行益(シニョリッジ)で拡充する。言い換えれば、高橋是清のように「財政ファイナンス」を積極的に、節度をもって行うのだ。財政ファイナンスは「禁じ手」だと信じられているが、それは悪性のインフレーションが懸念されるためだ。だが、日銀に黒田総裁が就任して以来、量的緩和政策(三〇〇兆円を超える国債を日銀が買い取るという、紛れもない間接的財政ファイナンス)が行われているが、現実にはインフレの兆候さえ見えない。ハイパーインフレの懸念は幽霊である。

 なお、バブル発生への懸念は理解できるが、その原因としては、中央銀行の金融政策そのものよりも、銀行やノンバンク等が「マネーを創造」しながらリスクのある貸し出しを増やす事の方が遙かに重要であり、金融業界に対する規制を強化することの方が緊要である。

 「一〇〇〇兆円もの国の借金」というのも財務省や大新聞のプロパガンダだ。政府には債務だけでなく資産もある。中央銀行国債を買い入れる行為(量的緩和)は、「統合政府」の観点から見れば、政府の子会社である日銀が民間に対してお金を返済し、債務を消滅させる行為である(森永2017)。「量的緩和」によって、五年程度で国の借金が三〇〇兆円以上も消滅したのだ。

 もちろん、物価安定目標二%を超える物価上昇が常態化すれば、マクロ政策の方向転換が必要となる。その際には、段階的に金融と財政の引き締めを行い、課税強化(富裕層課税、金融業課税、環境課税)を行い、総需要を抑え、物価安定化に努めるのは当然のことである。しかし、労働条件や環境・福祉の改善はどんな経済状況でも可能である。

 私たちに必要なのは緊縮志向の新自由主義に対抗する、ケインズ主義に裏付けられた反緊縮の経済政策だ。欧米左派の間では、財政危機論は銀行業界の利益に奉仕する新自由主義者プロパガンダだ、という理解が浸透している。欧米で支持を集めているのは反緊縮的な左派か、反緊縮的な極右であり、中道左派社会民主党)などは支持を失っている(松尾2018)。


■結び

 誤った経済政策は、場合によっては大規模な原発事故に匹敵するほど多くの命を奪い、多くの人々の生活を混乱させ、危険な勢力の台頭や、戦争の原因ともなりうる。そのことを、命と平和を守りたいと願う人たちは強く心に刻む必要がある。歴史的教訓に学び、今、どのような経済政策が必要なのか見極めなければならない。いま、安倍政権に反対する勢力が主張すべきなのは、下手な「アベノミクス批判」ではなく、人々の生活状況を改善するための、反緊縮的な経済政策である。

 

<脚注>

(1)内閣支持率政党支持率についてはNHK放送文化研究所HPを参照。

(2)年代別投票先については、例えば、二〇一七年一〇月の衆議院選挙の出口調査(NHK NEWS WEB、二〇一七年一〇月二五日、
https://www3.nhk.or.jp/news/web_tokushu/2017_1024.html

(3)ここで「怪しげ」とは経済学の最低限の基礎知識を欠くという意味である。ベストセラーを出版したエコノミストや、博士号や教授職を有する経済学者でさえ「怪しげ」な場合が多々ある。そういう人たちをここに列挙して批判するつもりはないが、民主党政権の経済ブレーンの一人だった水野和夫氏については筆者が具体的にその著書を批判したことがあるし(ひとびとの経済政策研究会2017)、菅直人元首相が依拠されている藻谷浩介氏については、菅原晃氏が十分に批判されている(https://blogos.com/article/29014/)。ぜひ参照されたい。

(4)旧民進党の代表だった蓮舫さんが、憲法改正として財政規律条項を含める発言をしたことがある(日本経済新聞二〇一七年五月二日)。財政黒字を法的に義務づけるようなことは、ひとびとの命を守る上で絶対にやってはならないことである。

(5)本節の記述は、岩田規久男編著(2004)、鈴木(2012)、ブライス(2015)、武田(2009)、ヴァルファキス(近刊)による。

(6)後者は、前原誠司さんが(旧)民進党のブレーンに選んだ井手英策先生の発言が代表的である。
https://facta.co.jp/article/201706027.html

 

《参考文献》
井上純一(2018)「キミのお金はどこに消えるのか【特別編】アベノミクスってナニ?」note(https://note.mu/keumaya/n/nf92f30f43c9b

岩田規久男〔編著〕(2004)『昭和恐慌の研究』東洋経済新報社

ヴァルファキス、ヤニス(近刊)『ギリシャとユーロは救えるか ギリシャ財務大臣ヤニス・ヴァルファキス回顧録明石書店

枝野幸男(2018)『緊急出版! 枝野幸男、魂の3時間大演説「安倍政権が不信任に足る7つの理由」』ハーバービジネスオンライン

菅原晃(2018)『中学の教科書から学ぶ 経済学サク分かり』朝日新書

鈴木隆(2012)『高橋是清井上準之助 インフレか、デフレか』文藝春秋

武田知弘(2009)『ヒトラーの経済政策』祥伝社新書

野口旭(2018)『アベノミクスが変えた日本経済』ちくま新書

ひとびとの経済政策研究会(2017)「水野和夫氏の脱成長論を鵜呑みにすると左派・リベラルの政治勢力は自滅する」(https://economicpolicy.jp/report/

原田泰(2015)『ベーシックインカム 国家は貧困問題を解決できるか』中公新書

ブライス、マーク(2015)『緊縮策という病 「危険な思想」の歴史』NTT出版

松尾匡(2016)『この経済政策が民主主義を救う: 安倍政権に勝てる対案』大月書店

松尾匡(2018)「バージョンアップで台頭する世界のレフト」『世界は変わる対抗政治の新たな波』コンパス21刊行委員会

松尾匡・朴勝俊・ひとびとの経済政策研究会(2017)「普通のひとびとが豊かになる景気拡大政策安倍自民党に野党が勝つために」https://economicpolicy.jp/report/

森永卓郎(2017)『消費税は下げられる! 借金1000兆円の大嘘を暴く』角川新書

 

PDF版はこちら

drive.google.com

【みんなのおカネの紙芝居シリーズ 第2弾】「生産性」の低い企業や労働者を淘汰して、経済を成長させるという考え方は、間違いです! ーデーヴィッド・アトキンソン氏への反論

 


【みんなのおカネの紙芝居シリーズ 第2弾】「生産性」の低い企業や労働者を淘汰して、経済を成長させるという考え方は、間違いです! ーデーヴィッド・アトキンソン氏への反論 (朴勝俊)

 

次期首相の最有力候補・菅氏からも信頼されているといわれる、D・アトキンソン氏。しかし、アトキンソン氏をはじめとする論者たちが唱える、生産性の低い中小・零細企業を淘汰して経済を成長させるという考え方は、大きな間違いです。シンプルな図式を用いて、スライドショーで説明します。

 

背景説明はこちらをご参照ください(経済学的な説明の図式は異なります)

parkseungjoon.hatenadiary.com

 

動画のレジュメは以下にアップしております。

 

エコノメイト・マクロ計量モデルで消費税減税を試してみた

先日、念願の「エコノメイト・マクロ計量モデル」を入手した。これは過去30年以上の実績があり、販売元の湘南エコノメトリクスが膨大なデータファイルと計量モデルのアップデートを続けてこられているものだ。今回入手したのは基本システムと、マクロ経済モデル&データ2019年版である。

マクロ経済モデルは内生変数の数が106個の、中規模の標準的なマクロ計量モデルで、主に国民経済計算(GDP統計)の主要データをモデル化したものである。2019年版は、2017年までのデータを用いてモデル推計が行われている。政策変更の影響が見たければ、外生変数を変更すれば、簡単にシミュレーションが行える。

 

今回は手始めに(モデル使用の練習として)、デフォルトのモデルをそのまま用いて、消費税率の変更の影響を見てみた。シミュレーション期間は2018年から2025年で、消費税率は以下のように設定する:

 

1.ベースライン: 2018年は8%、2019年は9%として、あとは10%とする

2.シナリオ1: シミュレーション期間を通じて8%を維持する

3.シナリオ2: 2018年は8%、2019年は9%、2020年は10%として、
2021年以降は0%とする。

 

 これを実行したところ、以下のような結果となった。

 

f:id:ParkSeungJoon:20200904174733p:plain

 

 実質GDPは、ベースラインと比べて、シナリオ1で僅かに高まり、シナリオ2では大幅に高まる(2025年で、ベースライン比6.5%増)。

 

f:id:ParkSeungJoon:20200904174821p:plain

 

 物価は、ベースラインではデフレーションが予測されていることが分かる。これと比べて、シナリオ1では僅かに高まり、シナリオ2では大幅に高まる(2025年で、ベースライン比17.1%増)。また、シナリオ1では物価安定目標値の年率2%上昇に至らない(2020年から2025年までの年平均で0.6%)。それに対して、シナリオ2では物価安定目標を超えてしまう(同、年平均で3.0%)。消費税減税によって、デフレスパイラルが引き起こされるということはなさそうである。

 

f:id:ParkSeungJoon:20200904174839p:plain

 

 税収合計は、消費税減税にもかかわらず、シナリオ1、2ともに最終的にはベースラインを上回る。景気回復によって税収が増えるということである。ただし、この税収の金額は(マニュアル等に明記されていないが)おそらく名目であるので、実質額としても増加しているかどうかについては注意が必要である。

 

 ここまでの結果報告は、入手できたマクロ計量モデルを試しに使ってみた、というだけのもので、読者の皆さんはこれを参考とするにとどめ、何らかの論拠として活用するようなことは控えていただくようお願いしたい。

 今後はエコノメイト・マクロ計量モデルの推計式をより丹念に読み込んで、その構造に関する理解を深めるとともに、独自のモデルを構築してシミュレーションを行うことが課題である。

 

実質GDP

10億円(実質)

     

 

BASE

シナリオ1

シナリオ2

1対BASE増

2対BASE増

2018

535,594

535,594

535,594

0.0%

0.0%

2019

540,123

541,463

540,123

0.2%

0.0%

2020

544,100

547,723

544,100

0.7%

0.0%

2021

548,257

553,418

561,596

0.9%

2.4%

2022

552,618

558,842

575,343

1.1%

4.1%

2023

556,939

563,978

585,501

1.3%

5.1%

2024

561,432

569,160

594,522

1.4%

5.9%

2025

565,313

573,621

602,109

1.5%

6.5%

           

物価指数(GDPデフレータ)

     

 

BASE

シナリオ1

シナリオ2

1対BASE増

2対BASE増

2018

102.8

102.8

102.8

0.0%

0.0%

2019

103.0

103.2

103.0

0.2%

0.0%

2020

102.6

103.4

102.6

0.7%

0.0%

2021

102.0

103.6

103.8

1.5%

1.8%

2022

101.5

104.0

106.9

2.4%

5.3%

2023

101.3

104.6

110.8

3.2%

9.3%

2024

101.4

105.4

114.8

3.9%

13.3%

2025

101.8

106.5

119.3

4.6%

17.1%

           

税収合計

10億円(名目?)

     

 

BASE

シナリオ1

シナリオ2

1対BASE増

2対BASE増

2018

95,210

95,210

95,210

0.0%

0.0%

2019

97,637

96,782

97,637

-0.9%

0.0%

2020

99,870

98,375

99,870

-1.5%

0.0%

2021

100,347

99,595

91,256

-0.7%

-9.1%

2022

100,636

100,982

93,054

0.3%

-7.5%

2023

101,074

102,565

97,988

1.5%

-3.1%

2024

101,768

104,338

103,867

2.5%

2.1%

2025

102,811

106,359

110,098

3.5%

7.1%

【動画】国の借金を返すとおカネが消える-池上彰さんの「国の借金1100兆円」にこたえて


【みんなのおカネの紙芝居シリーズ 第一弾】「国の借金を返すとおカネが消える-池上彰さんの「国の借金1100兆円」にこたえて」v3 朴勝俊

 

池上彰さんは「国の借金が1100兆円」などと間違った事実を拡散しています。彼の説明がわかりやすいのは、これまでの「常識」に合致しているからです。しかし、お金や経済の真相は「常識」では捉えられないのです。
正しい経済の仕組みを短時間で分かり易く解説します。

 

※v3では、スライド19(14:07~15:50)をv2からさらに発展させました。他にもご意見を受けて、若干の修正を加えています。

 

※Prof Nemuroという方がこの動画をよくご覧になって批判的に検討して下さったようです。お忙しいなかのご対応を感謝します。

note.com

 

ご批判の点は、主に以下の3点のようです。


(1)明治初期の紙幣の話が「事実と異なる」
(2)財政支出国債発行のプロセスが「現実とは異なる」、「民間銀行と中央銀行は人々(民間非銀行部門)⇄政府のカネのやり取りを仲介しただけでおカネは生まれていない」
(3)「税金を取って、国債を返す(償還する)って、いいこと?」と論じているが、「おカネは納税者から国債保有者に移転しただけで全体では減っていない」

 

(1) については、そもそも明治初期(ごく初期)の紙幣の話が「たとえ話」であることは明白だった思っていたのですが、「事実の記述」と見なして批判をいただくことがあることが分かりましたので、「たとえ話」だと明言することとします。事実を知りたい方は、Prof Nemuroさんのご解説、および以下の拙ブログを参考になさってください。
https://parkseungjoon.hatenadiary.com/entry/2020/07/14/142008
 いずれにせよ、第1期と第2期(明治2年9月まで)で支出の大部分が政府紙幣でまかなわれたことは、Prof Nemuroが示して下さった図からも明白です。また彼は、それ以降に政府が地租などの税金をとっていることが「安定財源の確保である」としていますが、これは解釈の相違に過ぎません。

 

(2)と(3)につきましては、Prof Nemuroさんは民間の金融部門ではなく、非金融部門(一般企業や人々)が引き受ける国債(個人向け国債等)を例に出して、国債発行による政府支出でお金が増えないこと、徴税による国債償還でおカネが減らないことを論じていますが、非金融部門が買う国債なら、そうなることは当たり前です。金融部門が保有する国債の場合は私の説明が当たります。Nemuroさんが引用した文に「この国債市中銀行が引受けた場合には、銀行の対政府信用創造が行われるわけで、・・・・・・MS総量は市中銀行国債引受け分だけ増えることになる。これが個人・企業等非銀行による国債引受けのケースとの決定的な違い」とある通りで、むしろ私の説明の正しさを補完して下さっています。
 動画では、金融機関が購入する国債についてしか論じていませんが、それは初学者のためにお話をシンプルにするために、非銀行が保有する国債を捨象しているためです。ちなみに、日本銀行国債等の保有者別内訳(令和2年3月末(速報))」を見ると、国債約1033兆円のうち、日銀47.2%、銀行等14.4%、生損保等21.1%、公的年金3.9%、年金基金3.1%、海外7.7%、家計1.3%、その他1.0%、一般政府0.3%となっています。

 

 いずれにせよ、Prof Nemuroさんには、理解を深めるきっかけを与えてくださって改めて感謝を申し上げます。

消費税・付加価値税の負担と国の幸福度には何の関係もない:OECD諸国データ分析による簡易な考察

■ はじめに

 消費税の増税に賛成する人々の中には、消費税が高い北欧諸国の幸福度が高いことを論拠にする人がいる。そうした考えを代表する論考のひとつが、井手英策教授の「全国民に批判されても、僕が「消費税を上げるべきだ」と叫ぶ理由」(現代ビジネス、2018.11.27)であろう。井手教授は「なぜ、税がとても高いことで知られる北欧の国ぐには、日本よりも経済成長率が高く、所得格差が小さく、社会への信頼度や幸福度が断然高いのだろうか」、「ひとつの提案をしたい。それは、消費税を軸として、みなが税で痛みを分かち合う一方で、子育て、教育、医療、介護、障がい者福祉といったベーシックなサービスを、無償ですべての人に提供するというアイデアだ。端的にいおう。もし消費税を7%強あげられれば、そんな社会は実現可能だ」と論じている。

 これは消費税の増税が、社会保障の充実を可能とし、幸福度の高い社会の実現に寄与する、という考え方である。消費税増税に賛成する人の多くは、このような考え方をとっていると考えられる。Twitterで「幸福度 消費税」というキーワードで検索すると、幸福度の高い北欧諸国は消費税も高いとする書き込みを、多く見つけることができる。

 だがこれは本当だろうか。留意すべきは以下の2点である。

(1)日本で消費税増税が行われた場合、社会保障の充実に使われるとは限らず、幸福度にはつながらないかもしれない。特に、財政破綻論を懸念する政治家が、消費税から得られた税収を誤って国債残高を減らすために使う場合は、そのようになると考えられる[1]。

(2)社会保障の財源は、消費税に限らず、他の税によるものでもよいし、デフレ脱却が完了していない状況では、貨幣発行(見た目は赤字国債発行)でもかまわない。

本稿が目的とするのは、上記2点の議論の掘り下げではない。北欧諸国等から得られた、消費税が高い国ほど幸福度が高いという観測が、より一般に先進国(OECD諸国)に当てはまるかを確認するものである。幸福度を被説明変数、消費税の負担を説明変数の一つとして回帰分析を行い、消費税が高い国ほど幸福度が高いとは言えないことを示す。

 

■ 方法論

 各国の人々の幸福度と、付加価値税(消費税)の負担との関係を、重回帰分析を用いて明らかにする。その際、各国の幸福度と女性議員比率の間に統計的に有意な関係があることを示した長谷川羽衣子&ひとびとの経済政策研究会(2018)と同様の手法とデータを用いる(データは本稿の末尾に示す)。OECD加盟国34カ国(付加価値税のない米国は除く)の幸福度、付加価値税の負担、経済的豊かさ、女性の活躍度に関する代理変数を用いている。

 代理変数として、幸福度(Yi)については世界幸福度報告(World Happiness Report 2017、WHR)より2014~2016年の値を、経済的豊かさ(X1i)については国際通貨基金IMFによる一人当たりGDP(PPP$単位)の2016年の値を、女性の活躍度(X2i)については列国議会同盟(Inter Parliamentary Union、IPU)による2017年の女性議員比率(%)を、さらに付加価値税(消費税)の負担(X3i)については経済協力開発機構(OECD)のデータベースより付加価値税収対GDP比の2017年の値を、それぞれ用いている。付加価値税率が高い国でも、軽減税率等で実質的な負担を低くしている国も多いので、付加価値税収対GDP比は、税率そのものよりも適切な変数と考えられる。

 推定に用いる回帰式は 

Yi0+β1X1i+β2X2i+β3X3ii

である。iは国番号であり、εiは誤差項であり、β0~β3がパラメタ(定数や係数)である。β3=0という帰無仮説が棄却されなければ、付加価値税の負担が高くなっても幸福度は高まらない、すなわち付加価値税と幸福度は無関係である、という議論を否定できないことになる。

 

■ 分析結果

 末尾のデータを用いてYと、X1、X2、X3それぞれの散布図を描くと、以下のようになる。YとX1、YとX2の間には明確な正の相関が見られるが、YとX3(付加価値税負担)の間の相関関係はほぼゼロである。ただし、YとXの相関が見られなくても、重回帰分析にかけて他の説明変数の影響を制御してみると、相関が現れることがあるので注意が必要である。そうした分析をこの後ただちに行う。

 

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f:id:ParkSeungJoon:20200820153632p:plain

f:id:ParkSeungJoon:20200820165212p:plain



 

さらに、各変数の相関係数をとると下表のとおりである。

 

幸福度

一人あたりGDP(PPP$)

女性議員
比率(%)

付加価値税
GDP

幸福度(Y)

1.000

     

一人あたりGDP(PPP$)(X1)

0.565

1.000

   

女性議員比率(%) (X2)

0.566

0.258

1.000

 

付加価値税収対GDP比 (X3)

-0.035

-0.176

0.222

1.000

 

 説明変数(X1~X3)の間の相関係数は低く、多重共線性(互いに相関の強い変数を入れると正確な推定ができなくなること)の懸念はない。

 これらのデータについて重回帰分析を行った結果が次のとおりである。

Yi*=4.860+0.199 X1i+0.036 X2i-0.025 X3i
      (0.000)   (0.003)      (0.002)       (0.644)
  括弧内はP値、補正済み決定係数0.462

 括弧内の値は各係数のP値であるが、この値が示すのは、端的に言えばパラメタの真の値がゼロであるという帰無仮説が当たっていそうな確率である。その判断基準として有意水準が用いられる。0.1が甘い基準、0.05が通常の基準、0.01が厳しい基準であり、そうした値をP値が下回っていれば、そのパラメタは「有意にゼロではない」と判断する。

 だとすれば、定数β0と係数β1およびβ2は、厳しい判断基準を用いても有意にゼロではないことが分かる。

 X1iの係数推定値0.199は、一人あたりGDPが1万ドル(約107万円)上昇すると幸福度が1段階上がること、すなわち幸福度を1段階上げるためには5.03万ドル(約538万円)増加せねばならないことを示唆している。X2iの係数推定値0.036は、女性議員比率が1%上昇すれば幸福度が0.036上昇すること、すなわち幸福度を1段階上げるためには女性議員比率が約28%高まれば良いことを示唆する。1段階の幸福度は大まかにいって日本と、ドイツやベルギーとの差である、経済的豊かさだけで日本がドイツに追いつくためにはGDPを倍以上にせねばならない(これはほぼ不可能である)のに対し、女性議員比率を高めることは選挙制度の改正(女性議員割当制など)で実現可能と考えられる。

 さて、問題の付加価値税負担であるが、この係数はP値が0.644(64.4%)となっていることが分かる。つまり、この係数の真の値がゼロであるという帰無仮説が妥当である可能性が64.4%ということである。従って、ここではマイナス0.025という値は意味をもたず、付加価値税負担が重くなることと幸福度には、何の関係もないと結論づけられる。

 

■ 結論

 本稿の簡易な分析が明らかにしたのは、OECD諸国の幸福度データについてみれば、付加価値税(消費税)の負担と幸福度には何の関係もないということである。本稿の考察外であるが、もし、社会保障の充実が幸福度を高めるのであれば、各国は主に付加価値税以外の財源でそれを行っているのであろう。その財源は社会保障負担でも他の税でもかまわないし、国債という名の貨幣発行でもかまわないのである。消費税で社会保障を充実させようと考えている人々は、しっかりと消費税を目的税化して「借金返済」など他の用途に使われないようにせねばならない。

 

★注釈

[1] 消費税は法律上も社会保障の財源とされているが、特別会計を作って特定財源化されている分けではないので、実際に社会保障に使われたかを確認することができない(参考:梅田英治(2018)「消費税の「社会保障目的税化」「社会保障財源化」の検討」『大阪経大論集』69(2)、2018.7)。また、立憲民主党の公式の政策ではないが、「立憲パートナーズ社会構想研究会」というグループが、齊藤誠教授(一橋大学)の意見として「1世紀かけて借金返済」を「まっとうで立憲らしい」政策と謳っている(参考:立憲パートナーズ社会構想研究会「第一次政策提言書スライド版」(スライド76)、https://www.slideshare.net/ssuser51024a/20181225-178662021)。ひとびとの経済政策研究会は、税で国債を償還しても、おカネが世の中から消えるだけなのでやってはならないと論じている(ひとびとの経済政策研究会(2020)「世界でも特異な国債60年償還ルールは廃止が当然」https://economicpolicy.jp/2020/02/25/1191/

[2]  長谷川羽衣子&ひとびとの経済政策研究会(2018)「女性議員比率と社会の幸福度に関する計量分析」2018年1月27日、https://economicpolicy.jp/2018/01/28/1031/

 

★データ

順位

国名

幸福度

一人あたりGDP(PPP万$)

女性議員比率(%)

付加価値税収対GDP比(%)

1

ノルウェー

7.537

6.9249

41.4

8.6

2

デンマーク

7.522

4.7985

37.4

9.5

3

アイスランド

7.504

4.9136

38.1

8.9

4

スイス

7.494

5.9561

32.5

3.4

5

フィンランド

7.469

4.2165

42

9.1

6

オランダ

7.377

5.1049

36

6.8

7

カナダ

7.316

4.6437

26.3

4.5

8

ニュージーランド

7.314

3.7294

38.3

9.7

9

スウェーデン

7.284

4.9836

43.6

9.3

10

オーストラリア

7.284

4.8899

28.7

3.5

11

イスラエル

7.213

3.5179

27.5

7.4

12

オーストリア

7.006

4.8005

34.4

7.7

14

アイルランド

6.977

6.9231

22.2

4.4

15

ドイツ

6.951

4.8111

30.7

6.9

16

ベルギー

6.891

4.5047

38

6.8

17

ルクセンブルク

6.863

10.4003

28.3

6.2

18

イギリス

6.714

4.2481

32

6.9

19

チリ

6.652

2.4113

15.8

8.4

20

チェコ

6.609

3.3232

22

7.7

21

メキシコ

6.578

1.8938

42.6

3.7

22

フランス

6.442

4.2314

39

7

23

スペイン

6.403

3.6416

39.1

6.4

24

スロバキア

6.098

3.1339

20

7

25

ポーランド

5.973

2.7764

28

7.8

26

イタリア

5.964

3.6833

31

6.2

27

日本

5.92

4.1275

10.1

4.1

28

ラトビア

5.85

2.5710

16

8

29

大韓民国

5.838

3.7740

17

4.3

30

スロベニア

5.758

3.2085

36.7

8.1

31

エストニア

5.611

2.9313

26.7

9.1

32

トルコ

5.5

2.4912

14.6

5

33

ハンガリー

5.324

2.7482

10.1

9.5

34

ギリシャ

5.227

2.6669

18.3

8.1

35

ポルトガル

5.195

2.8933

34.8

8.6

出典:Inter Parliamentary Union (IPU) http://archive.ipu.org/wmn e/classif arc.htm

World Happiness Report (WHR) http://worldhappiness.report/

International Monetary fund (IMF) World Economic Outlook Database, April 2017

http://www.imf.org/external/pubs/ft/weo/2017/01/weodata/index.aspx

 

OECD.Stat, Global Revenue Statistics Database, 5111 VAT (% of GDP)

 

 

 

PCR検査の「正確さ」入門

 日本のPCR検査数(人口比)は、4月末に先進国で最下位レベルと指摘され[1]、7月末には世界で159位と[2]、アフリカ諸国よりも少ないです。その理由は、マスコミ等でPCR検査の「不正確さ」が宣伝され[3]、それによって、検査を増やさない政策が正当化されてきたからです。ここでは、PCR検査の「精度」についてやさしく学び、虚偽の宣伝に騙されないようにしたいと思います。筆者は医療の専門家ではありませんので、専門の文献や専門家等のブログを参考に、この記事を書いています。

 

■ よくあるウソの数値例

 PCR検査の拡充に批判的な人々がよく持ち出すウソの数値例があります。例えば、朝日新聞科学コーディネーターの高橋真理子氏は、次のように書いています。「感染者が正しく陽性と判定される「感度」は70%程度といわれる。もっと低いという説もあるが、ここでは70%と見ることにしよう。一方、非感染者が正しく陰性と判定される「特異度」は高い。これを99%と仮定して、1億人に検査した場合にどうなるかを見てみよう。感染者の数はわからないのだが、100万人いると仮定してみる」。こんな例を挙げて、検査を拡大すべきではないという議論をしているわけです[4]。政府専門家会議のメンバーが中心になって作られているコロナ専門家有志の会でさえ、同様の数値例を用いて議論しています[5]。これは、どこがウソなのでしょうか? それを理解するためには、ここに出てくる「感度」や「特異度」といった用語を、正確に知っておく必要があります。難しいことはありません、以下の2×2表が分かれば、簡単に理解できます。

 

表1 2×2表

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 まずa~dには人数が入り、その合計はNとなります。次に、感染(i=infected)と非感染(n=non-infected)は、対内にウィルスがいるかどうかを意味しています。感染者数はNiでa+c、非感染者数はNnでb+dとなります。さらに、陽性(+=positive)と陰性(-=negative)とは検査の結果です。陽性者数N+はa+b、陰性者数はN-はc+dです。

 高橋氏の数値例だと、以下のようになります。1億人のうち感染者数は100万人、そのうち陽性と正しく判定されるのは70万人です。非感染者数は9900万人ですが、そのうち正しく陰性と判定されるのは9801万人で、99万人は間違って陽性と判定されることになります。

 

表2 高橋真理子氏の数値例

f:id:ParkSeungJoon:20200807122340p:plain

 ここで、高橋氏が使った用語を含めて、必要な用語を数値とともに表3のように定義しましょう。すると、高橋氏の数値例では、陽性と判定された169人のうち、本当の陽性は70人(41.42%)しかいません(表3の陽性的中率41.42%を参照)。有病率が1%のように非常に低い場合、こういうことがよく起こります。また、非感染の9900人のうち99人(1%)が非感染なのに陽性となります(表3の偽(にせ)陽性1%を参照)。さらには、感染者100人のうち30人(30%)が、感染しているのに陰性となります(表3の偽(にせ)陰性30%を参照)。これらの数字が意味するところは、お分かりいただけましたでしょうか。

 ちなみに、ここで偽陽性をあえて「にせ陽性」とよんでいるのは、「擬陽性」と区別するためです[6]。「擬陽性」はツベルクリン反応検査などで陽性とも陰性とも言い切れない状態を意味します。

 

表3 用語の定義と数値

f:id:ParkSeungJoon:20200807122853p:plain

 この事から、PCR検査拡大反対論者は、感度が70%しかない正確さにかけるPCR検査を広めると、偽陽性の患者が殺到して医療崩壊が起こるし、偽陰性の患者が安心して動き回ってウィルスを拡散させる、などと主張しているわけです。

 そんなことにはなりません。なぜそう言えるのか? 彼らが当てはめている数字が事実に反するからです。

 

■ 事実に即した数値例

 そもそもPCR検査そのものの特異度は100%、偽陽性は0%です。

PCR検査は妊娠検査薬などとはわけが違います。体の中にウィルスがいることを確認する、確定診断の検査なのです。言わば、産婦人科のお医者さんが、女性のおなかの中に胎児がいることを確認するのと同じです。なぜなら、体内からウィルスが見つかったから陽性なのに、感染していないということはありえないからです。検査機械が別の人のウィルスに汚染されていたとか、他の人の検体と間違えたとかいうことがごくまれに起これば、わずかに偽陽性が発生することがあり得ます(特異度が下がります)。しかし、100回に1回の割合でそんなミスが起こると考えるのは、日本の医療現場をバカにしすぎではないでしょうか。

 感度70%はどうでしょうか? 日本疫学会のHPでは、「PCR検査の感度は?についての結論ですが、PCR検査の感度については、PCR検査自体以外の要因の影響が大きいこともあり、一概に感度は何パーセントであると言い切れないのが実情です。あえて、Kucirkaらの結果から感度を示すとすると、感染から8日目(症状発現の3日後)に偽陰性割合が最も低くなり、その値が、20% (95%信頼区間:12% ― 30%)となることから、感度として一番よい値になるのが、感染から8日目(症状発現の3日後)の80%(95%信頼区間:70%-88%)となります」と書かれています[7]。つまり、感染からの日数なので感度が変わるので、幅をもって考えましょうということですから、仮に70%とすることも、そうおかしいことではなさそうです。また、感染者の7割を陽性判定できるというのは、必ずしも低いとは言えません。さらに感度を上げたければ、検体を2つ3つに増やすとか、検査を2回3回と繰り返せばよいのです。感度70%(偽陰性率30%)の検査を2回行うと、2回とも偽陰性になる確率は9%に減り、感度は91%に上がります(1-0.3×0.3)。3回繰り返すと、3回とも偽陰性になる確率は2.7%ですから、感度は97.3%になるわけです。とはいえ本稿では、感度70%のまま話を続けましょう。

 有病率については、現時点で分からないことが多いので、あくまで仮定として1%を想定しつつ、実例に応じて調整することとします。

 要するに、高橋氏らが設定した有病率、感度、特異度のうち、特異度だけを99%から100%変更して検討を進めます。これだけで、結果が大きく変わります。表4は、特異度を100%にした場合の2×2表です。これは、偽陽性がゼロになることを意味し、医療崩壊の懸念はなくなります。

 

表4 特異度を100%にした場合の2×2票

f:id:ParkSeungJoon:20200807122925p:plain

 実際には機器の汚染や患者の検体の取り違えがごくまれに起こって、特異度が100%より少し低くなるかもしれません。そのような場合についても計算し、表5に整理しました。1億人に検査しても、特異度が99.9999%(9が6個)なら偽陽性は99人、特異度が99.999999%(9が8個)なら1人しか出ません。特異度の妥当な値については、次節で検討します。

 

表5 1億人に検査をした場合の偽陽性の人数と特異度の関係

f:id:ParkSeungJoon:20200807122943p:plain

 

■ Jリーグの検査報告とてらし合わせると?

 Jリーグの第3回公式検査の結果が7月24日に出されました。3299人が検査を受けて、この時点では全員の陰性が確認されたということです[8]。そして、24日の検査で1人の感染(38.0度の熱や頭痛の症状あり)が見つかり、25日に報道されました[9]。ここでは、この合計3300人について、表6のようにまとめます。このような結果と整合性がとれる、現実の特異度や有病率はいくらでしょうか?

 

表6 Jリーグ7月の検査結果

f:id:ParkSeungJoon:20200807123004p:plain

 

表7 Jリーグ7月の検査人数に感度70%と特異度99%、有病率1%を与えた場合

f:id:ParkSeungJoon:20200807123022p:plain

 高橋氏の仮説例のように、感度70%と特異度99%、そして有病率1%を設定すると、表7の数字になります。この場合、陽性者は56人も出なければなりません。これは実際の検査結果から大きくはずれています。特異度99%、有病率1%はあり得ません。表6と同じ数字が再現できるのは、特異度99.99%以上、有病率が0.03%か0.04%の場合だけです(人数の小数第一位を四捨五入)。

 

■ 結論

 PCR検査の特異度が99%と低いことは、実際のJリーグの検査結果と照らし合わせてもあり得ません。ですから、PCR検査を拡充することによって、偽陽性患者が増えて医療崩壊するということはあり得ません。感度が70%の場合、当然のことながら偽陰性患者が30%発生することになりますが、複数の検体をとったり、繰り返し検査を行うことによって感度を90%以上に高めることができます。大量の偽陰性患者が動き回るということも、誇張された主張でしょう。現実には、検査さえ受けられない人々が、生きるために動き回らざるを得ない状況を考えれば、なおさらです。検査を増やさないという選択肢はあり得ません。

 

■ 付記

本稿の数値計算を自動化するために、簡単なExcelシートを作成しました(添付)。表7の黄色いセルに数値を入力すれば、あとのセルは自動的に計算されるようになっています。例えばJリーグの事例は、人数3300人、有病率0.03%、感度70.00%以上、特異度99.99%以上と設定すれば、1人の感染者が出ることが分かります(陽性・陰性の的中率は、四捨五入された整数ではなく、四捨五入前の小数の数値に基づいて計算されていますので、ご注意ください)。

今回は、国内外で報告されている数々の検査結果を十分に検討できませんでしたが、検査総数と陰性・陽性の数が分かれば、同じような分析が可能です。ご活用ください。

 

表8 PCR検査の正確さ分析Excelシート

f:id:ParkSeungJoon:20200807123046p:plain

 PCR検査の正確さ分析ExcelシートはこちらからDLして頂けます↓

drive.google.com

 

 

参考文献

[1] 高橋浩祐(2020.4.30)「新型コロナ、日本のPCR検査数はOECD加盟国36カ国中35位。世界と比べても際立つ少なさ」YAHOO! JAPANニュース
https://news.yahoo.co.jp/byline/takahashikosuke/20200430-00176176/

[2] 新聞赤旗(2020.7.30)「検査数「159位」の衝撃 人口比 日本、アフリカ諸国より低く」
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik20/2020-07-30/2020073003_03_1.html

[3] 例えばTBSテレビ「ひるおび」2020/6/1で、発症日前後の陽性判定率の違いを示した米国の研究を紹介しつつ「症状のない人も広く検査すべきだとの声もあるが、PCR検査だけでは感染の特定に非効率で今後慎重論も出そうだ」というミスリーディングなコメントが流されたことや、朝日新聞科学コーディネーターの高橋真理子氏が出した「コロナ「全国民検査」は無意味である」というタイトルの記事が「Dr. Tairaのブログ」(2020.6.1)で紹介され、批判されています。このブログ記事は、本稿を書く上でおおいに参考にさせていただきました。御礼申し上げます。

https://rplroseus.hatenablog.com/entry/2020/06/01/203148

[4] 高橋真理子(2020.6.1)「コロナ「全国民検査」は無意味である 検査結果は曖昧、それでも知りたい必然性がある人だけ受けるべきもの」『論座

https://webronza.asahi.com/science/articles/2020052900006.html?page=2

[5] コロナ専門家有志の会(2020.5.14)「国が承認した「抗原検査」ってどんなもの?」
https://note.stopcovid19.jp/n/n39ce45e14481

[6] 名取宏(2020.5.12)「「擬陽性(擬陽性)」と「偽陽性」は違います」BLOGOS

[7] 日本疫学会(2020)「新型コロナウイルス感染予防対策についてのQ&A」日本疫学会・新型コロナウイルス関連情報特設サイト

[8] サッカーダイジェストWeb編集部(2020.7.24)「Jリーグ、第3回公式PCR検査の最終結果を報告。3299件すべての陰性を確認」
https://news.goo.ne.jp/article/soccerdigestweb/sports/soccerdigestweb-76740.html

[9] Jニュース(2020.7.25)「DF宮原に新型コロナウイルス感染症の陽性反応【名古屋」

https://www.jleague.jp/news/article/17454

[10] 分析の参考にしたのは、牧田寛(2020.7.28)「日本医師会にも棄却された「検査をすると患者が増える」エセ医療・エセ科学デマゴギー」ハーバー・ビジネス・オンライン
https://hbol.jp/224656

 

太政官札の発行・流通・廃止の経緯 『明治財政史 12巻 通貨(2)、銀行(1)』から学ぶ

2020.6.24

解説・要約:朴勝俊

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■ 解説

 太政官札(だじょうかんさつ)は明治元年(1868年)に、新政府によって発行された政府紙幣です(ちなみに太政官は現在の総理大臣に相当する役職です)。それまでの小判とは異なる紙切れであって、政府は金などとの交換(兌換)を約束することで、その価値を保証していたわけではありません。そのため現在では、すぐに政府が太政官札を乱発して、ひどいインフレを引き起こしたと、つまり太政官札は失敗の歴史だと信じている人が少なくありません。

 しかし実際には、西南戦争が起こる明治11年頃までは物価は安定し、むしろ下落傾向にあったことが知られています。戊辰戦争(1868年1月~5月)のあとは若干の物価上昇が見られたものの、明治10年の物価水準は明治元年よりも8%低く、その前年の慶応3年(1867年)に比べると18%も低かったということです。新政府が、慶応3年末から明治2年9月にかけて行った財政支出は、戊辰戦争の戦費も含む5129万円でしたが、そのうち実に4800万円を「太政官札」の発行でまかなっていました(丹羽2005;廣宮2013、pp.95-96)。

 常識的に考えると、こんなことをすると激しいインフレにつながると想像されますが、どうして物価が安定していたのでしょうか。

 昨年あたりから日本で広く知られるようになった現代貨幣理論(MMT)では、「租税が貨幣を動かす」ということが言われます。紙幣であっても、その貨幣単位(当時は両)で税額を定め、その紙幣で税を納めるようにさせれば、人々は紙幣が必要になり、その流通が促進され、価値が保たれる、ということです。そこで筆者(朴)は、明治政府発足当時の税制を調べると、太政官札が流通するようになった経緯が明らかになると考え、1905年にまとめられた『明治財政史 12巻』(明治財政史編纂会編 1905)を紐解きました。

 その結果、明らかになったのは、どうも「税さえ課せば貨幣が簡単に流通する」というような話ではなさそうだ、ということです。紙幣を金と交換する者を処罰したり、小判の使用を禁じたり、地方政府に金と引き換えに紙幣を受け入れさせたり、色々なことが行われました。しかし明治2年5月ごろには、早くも太政官札の廃止が予定され、発行高も3250万両に制限されることとなりました。

 1871年明治4年)には金の裏付けのある新紙幣との交換が始まり(新貨条例)、政府紙幣は1879年(明治12年)ごろまでかかって回収されていきます。1873年明治6年)の地租改正で、日本も本格的な徴税システムを導入するのですが、それよりも早くに、廃止されることとなったのです。

 以下の資料では明治元年~2年に関する記述の要点を、現代文で読みやすく記しました(厳密な現代語訳ではありません、原典は財務総合政策研究所のHPで読むことができます)。この資料を見ていただけると、新政府の人たちが新貨幣を流通させるためにいかに苦労し、課税でだけでなく、いかに様々な策を凝らしたがよく分かるのではないかと思います。貨幣論を研究する方々にも、最近になってこの分野に興味をもつようになった方々にも、お役立ていただけたら幸いです。

 

■ 資料:『明治財政史 12巻 通貨(2)、銀行(1)』(pp.14-22)

明治元年(1868年)

[明治元年2月の]発行後、金札(太政官札)に慣れないのと、政府の信用が固くないことで、流通は困難となり、価値は正貨(小判等)に比べて著しく低かった(三都でも金札100両=正貨40両)。

6月20日、政府は打歩引換(金札を割り引いて正貨と引き換えること)を厳禁した。それでも効果はなかった。

9月23日の布告で、租税その他、一切の諸上納に金札を用いることを命じた。それでも十分な効果はなかった(これは、少しは効果があったという意味か)。その後もいろんな方策をとったが、金札は正貨より2割ほど安かったという。いろんな方策とは、禁令者の処罰等である。

12月4日の御沙汰では、金札の時価通用を認めた。
12月24日の御沙汰では、諸上納は物納・金納をすべて金札で、時価で収めさせることとした(金100両=札120両)。

それでも、人々は金札を忌避し、禁令・勅諭が出るごとに拒否感を募らせたため、政府は政略を一変することとした。

 

明治2年

2月3日の布告で、金札に関する禁令に違反して投獄されたものを特赦した。

さて、当時流通していた正貨は、幕府末期の小判等であったので、粗悪であった。2月5日の決議で、太政官の中に造幣局を設置し、東京の金座・銀座を廃止し、自ら貨幣改鋳に乗り出すことと、政府のあらゆる支払は正貨ではなく金札で行うことを決めた(外国人に対するものだけは例外)。官吏の給与や物品の代価もすべて平均相場で、金札で支払うこととした。全国の府・藩・県に対しても、金札を正貨に換えて支出することを禁じた。

しかし、全国の金札流通量が急に増えたため、金札価格は激変を起こし、商家の破産・閉店が増えた。官吏も金札を両替店で正貨に換える有様であった。

4月8日の御沙汰では、政府は商品の売買に正貨の使用を禁止した。それでも、金札の価格回復と流通円滑化の効果はなかった。

4月29日の布告で、政府は金札の通用年限を改訂し、新貨幣が鋳造されればそれと交換することとして、それまでは金札と正貨は同じ価値で通用するよう命じた。断固として、金札相場を廃止するとしたのである。この布告により、5月2日からは金札と正金の引換を禁止し、租税その他の上納のうち、金納されていたものは全て金札を用いるようにさせた。

5月28日の布告では、金札の発行高を3250万両に制限することとして、製造機械を廃棄すると宣言した。また、この年の冬から明治5年まで、金札を新貨幣に兌換し、兌換できなかった金札は、1月あたり5朱の利子を付けるとした。金札と正金の両替を行った者に対する罰則も制定した。

これによって、ようやく金札が流通するようになった。

6月6日、ここに乗じて政府は、府・藩・県に1石あたり2500両の金札を配布し、これと同額の正貨を納付させた。地方の金札流通をはかったのである。地方への配布高のうち1550万両は、発行制限高3250万両には含まれない。こうして発行高を増やしたが、金札の価格は安定し、流通はむしろ円滑化した。その理由は主に、5月28日の布告によって金札の信頼度が高まったことであるが、他にも重要な原因があった。江戸末期より当時まで主に流通していた正貨(二分金)が粗悪だったことである。

 

 

参考資料

丹羽春喜(2005)「時事評論」『カレント』、平成17年2月号

廣宮孝信(2013)『国債を刷れ![新装版]これがアベノミクスの核心だ』彩図社

明治財政史編纂会編(1905)『明治財政史 12巻 通貨(2)、銀行(1)』
https://www.mof.go.jp/pri/publication/policy_history/series/meiji.htm