朴勝俊 Park SeungJoonのブログ

反緊縮経済・環境経済・政策に関する雑文 

アーチャー&モーザー=ベーム(2013)『中央銀行の財務』(第1部第2節)抄訳

アーチャー&モーザー=ベーム(2013)『中央銀行の財務』(第1部第2節)抄訳

David Archer and Paul Moser-Boehm (2013) “Central bank finances”, BIS Papers, No. 71, Part A, 2. The relevance of own finances, as viewed from the economics literature (pp. 11-17)

翻訳:朴勝俊(2023年5月18日) 

※ 翻訳は朴勝俊個人によるもので、その正確性に原著者およびBISには何ら責任がありません

※記事の最後にPDF版をアップしております

 

解説(朴勝俊)

 日本では、経済学者の野口悠紀雄氏や政治家の河野太郎氏、前原誠司氏などが、日銀が債務超過となると円の「信認」が維持できなくなるなどという懸念を表明しており(朴勝俊ほか2020、p. 141、p. 148)、そのようなことが起こりうると信じる人も多い。しかし「世界の中央銀行中央銀行」とも呼ばれる国際決済銀行(BIS)の研究者たちは、中央銀行債務超過となっても、金融政策を遂行する能力が妨げられることはないと考えている。BISの紀要2023年68号には「中央銀行は民間銀行と違って利潤を追求するものではなく、自国通貨建て債務を履行するために原理的に通貨を発行できるので、常識的な意味で破産することもなく、まさに独自の目的によって最低資本規制を受けることもない」と記されている(Bell et al. 2023, pp. 4-5)。むしろ彼らは、中央銀行債務超過になると困るという「誤解」が厄介であり、適切なコミュニケーションが必要であると論じているのである。

しかし、先に引用した箇所のすぐ後に「しかしながら例外的に、誤った認識や政治経済の力学が財務的損失と相互作用して、中央銀行の地位を損なうような状況もあり得る。マクロ経済の不始末があり、政府が信頼性を欠いている場合には、財務的損失が中央銀行の地位を低下させ、その独立性を危うくし、通貨の崩壊につながる可能性もある[9]中央銀行の信頼性はまた、将来の収益能力や政府による資本増強など、条件付きの政治的影響なしに運営上の必要資金を調達するのに十分な資源がない場合にも、リスクにさらされる可能性がある」と述べている。この真意はいかなるものであろうか。ここで、引用文の脚注[9]において参照されているのが、ここに抄訳したBIS研究者らの2013年の論文である(Archer and Moser-Boehm 2013)。この論文の抄訳箇所では、財務上の懸念が中央銀行の政策に影響を与えうるとする経済学的な文献が参照され、またそうした問題を検証した実証研究の結論が示され、総じて、そうした理論的懸念は完全に否定されるわけではないが、主に途上国の中央銀行に当てはまるごく例外的なものであるということが説明されている。

 

解説の参考文献

朴勝俊&シェイブテイル(2020)『バランスシートでゼロから分かる 財政破綻論の誤り』青灯社

Bell, Sarah, Michael Chui, Tamara Gomes, Paul Moser-Boehm and Albert Pierres Tejada (2023) ”Why are central banks reporting losses? Does it matter?” BIS Bulletin, No. 68, 7 Feb., 2023

 

翻訳

第2節. 経済学の文献から見た自己資金の重要性

既存文献では、中央銀行の財務状態が、政策義務を果たす能力とあまり関係がないと考えられる3つの論拠が確認される: 

 

(1)ベースマネーは必要に応じて作ることができる、

(2)ベースマネーという負債は、資金調達コストがゼロのため、その発行権の独占が長期的な収益性を保証していると見られる[14]

(3)政府が中央銀行を所有していることが後ろ盾となっている。

 

この3つはいずれも議論の的であった。

 

  1. 理論編

Bindseil et al. (2004)は、人々が中央銀行の負債を無利子で保有することを望み、少なくともベースマネーが少なくとも運営費と同じ速さで成長するかぎり、不都合な出来事は、財務的な強みを長期的に確保する上でのつまずきに過ぎないと主張している。この観点からは、中央銀行の包括的純資産は、公表されたバランスシートに記されている純資産よりも大きい。なぜなら、公表されたバランスシートには、ベースマネーの(独占)発行権のフランチャイズ価値のような無形資産が含まれていないためである(Fry (1992), Stella (1997), Ize (2005), Buiter (2008))[15]。Fry(1992)は、包括的純資産が、物価が安定している(定形化されているが現実的な)ケースでも、年間GNPの3分の1以上に達する可能性があるとしている[16]

 しかし、ベースマネーを作り、それを中央銀行の運営に必要なリソース、あるいは政策の実施に使われる資産と交換する能力は、見かけとは違って、財務上の「常温核融合装置」ではないかもしれない。その限界はある。中でもBIS (1996)や Friedman (2000), Goodhart (2000)およびSantomero and Seater (1996)は、中央銀行による現金の発行は、電子通貨によって脇に追いやられるだろうという見通しを示している。また、ドル化によって中央銀行が紙幣発行の独占権を事実上失う可能性もある(Papi(2011))。より一般的には、金融緩和によるリターン(中央銀行の収入増)は、シニョリッジ・ラッファー曲線に従うと考えられ、インフレ率が上昇し続けると、あるピークを境に減少に転じると考えられる(Cagan (1956), Anand and van Wijnbergen (1989), Easterly, Mauro and Schmidt-Hebbel (1995) and Buiter (1986))〔※ラッファー曲線は、ある税率以上に増税すると税収が減ってゆく可能性を示している。それとの関連で、シニョリッジ(通貨発行権)のラッファー曲線中央銀行が貨幣発行量を増やしても実質の収入を増やせない状況を意味している〕。

しかし、ベースマネーの価値の低下に伴ってベースマネー保有者の行動が変化することによる制約は、ただちに拘束力を持ちそうではない。法律等に示されたマクロ経済目標によって、政策決定者に求められるインフレ率は、ふつう、インフレ率の上昇によって中央銀行の収入が減少に転じるような水準を大きく下回っている[17]。一見すると、これは「話は終わりだ、政策目標に合致したインフレ率よりも高いインフレ率が収入にもたらす影響は重要ではない」と言っているように受け取られるかもしれない。しかし別の角度から見れば、政策目標と財務目標との間の潜在的な対立やトレードオフが問題であることが明らかにとなる。

Stella and Lönnberg (2008)は、(政府からの移転なしに)長期的な収益性を確保する唯一の方法が、政策目的と合致しない伸び率でベースマネーを増やすことである場合を「政策破綻」あるいは「政策破産」という言葉で表現している[18]。Buiter (2007)は、上記のラッファー曲線のせいで中央銀行インフレ目標を「独立的にやりくりできなくなる」条件を分析的に導出している。この言葉で彼が意味しているのは、中央銀行の長期的収益性に合致せず、それゆえにプラスの包括的純資産とも矛盾することである[19]。Stell and Lönnbergの政策破綻とは、選ばれた目標が中央銀行によって独立的にやりくりできない状態だと考えることができる。

しかし、中央銀行の長期的な収益性が危うく、包括的な純資産がマイナスになり、インフレ目標を独立的にやりくりできなくなって、政策破産に追い込まれるようなことは、どれほどの頻度でありうるのだろうか。これは実証的な問題である。二つめの論拠として、ベースマネーの独占的発行によって長期的収益性が確保されるとしたが、これは、政策破産に追い込まれるような状況が極めて稀であることを示唆している。ならば、中央銀行の財務状態が政策目標の達成に支障をきたすことを懸念する必要はない。このような見方は、進歩した大規模な金融市場のある米国のような国々で、中央銀行に対する考え方を固めた経済学者によって、しばしばなされるものである。(これは実証的な問題であるので、利用可能な証拠については次のセクションで議論する)。

中央銀行の財務を懸念すべきではないとする第三の論拠は、中央銀行の経営者のポケットの深さである。中央銀行の包括的純資産が単体でマイナスになったとしても、政府の徴税力がその後ろ盾となり、それが政策を妨げることなく活用できるのであれば、問題はないとする[20]。多くのマクロ経済学者は、金融政策と政府財政を、金融当局と財政当局からなる統一的な制度構造の中で考えることで、暗黙のうちにそう仮定している(例えば、Romer (2011) や Walsh (2010) などの標準マクロ経済学の教科書を参照)。だとしても、標準的なマクロでは、インフレを税収源として、しかも潜在的に効率的な税収源として扱うことが一般的である[21]。〔すると〕物価安定という政策目標と、政府支出のための効率的な資金調達という政策目標との間に、矛盾が生じる可能性がある。より極端な場合、金融政策を意図的に軽視する財政当局が、物価安定と整合的でないほど大きな役割を、インフレ税に担わせるかもしれない(Sargent and Wallace (1981))。このような財政の支配が将来的に起こる可能性は、平時においても影響をおよぼすかもしれない。平時においてインフレが歳入増加の手段として利用されるならば、異時点間の予算制約の管理にたいする政府の政策選好についてのシグナルが発せられることになる。財政制約がある時にインフレ税が使われる可能性が大きいとみなされれば、中央銀行による政府収入への貢献が下がれば、税率が上がるよりもインフレ率が上がる可能性が高まるであろう[22]

これらの財政学的な検討は、中央銀行が、少なくとも物価安定の追求を妨げられることなく、包括的なバランスシートの穴を埋めるために、税収からの移転を常にあてにできるかどうかを疑う理由となる。

 さらに、政策立案者の最大の関心事は、インフレ税の濫用を防止することであったため[23]中央銀行財務省との制度的分離が好まれ、中央銀行にはインフレ税収が失われることへの財政的配慮に優先する、物価安定の目的が付与された[24]。この文脈では、公共部門を一体にとらえるという仮定はもはや妥当ではない。政治家が最終的な支払い主であり続ければ、政策における政治的選好の役割を制限するための制度的分離が損なわれる可能性がある。中央銀行の包括的純資産を支えるために、税収からの将来の移転にさえ依存することは、制度設計の目的に反することになる。Ize (2005)によれば、インフレに関する信頼性を維持するためには、中央銀行は、現在の利益や現在の会計上の資本がマイナスであっても、その包括的純資産(将来の実質利益)がマイナスでないことが必要である。Buiter (2008)も同じ結論に達している。

このように、中央銀行の財務状態は、政策的義務を果たす能力と本質的に無関係であるという考えを、その結論に導きうる3つの理由すべてに関して否定する文献が存在する。この3つの理由すべてに関連して、既存文献は、中央銀行の財務が政策にとって重要ではないことに異をとなえる、反対の事例や実証的証拠を挙げている。(1) ベースマネーは必要に応じて作ることができるが、物価の安定を犠牲にする可能性がある。(2) ベースマネーの発行を独占しても、政策目的を犠牲にしないかぎり(それにも限界があるのだが)、長期的な収益性は保証されない。(3)政府による所有は、財務的な後ろ盾となりうるが、これは毒薬であるかもしれない。意思決定者のインセンティブを変化させることで、政策パフォーマンスにダメージを与えるかもしれないのである。これらの反例と限界がどの程度一般的で、どれほど実際に重要であるかを評価するために、次に実証的証拠を検討する。

 

  1. 実証的な証拠

最も重要な実証的問題は、本質的に中央銀行が常に安定的な巨額の収入源を享受しているのかということである。Martínez-Resano (2004, p. 8)は、この考えを「ナイーブ」だと評している。Schobert(2008)は、1984年から2005年の間に、108箇所の中央銀行のうちで、少なくとも1年間は赤字となった事例を43件報告している。また、Stella and Lönnberg (2008)は、1987年から2005年の間に5年以上連続して損失を出した中南米の事例15を表にまとめ、そのうち8事例は10年以上も損失を出していることを示した。

Fry (1992)は、公表されている利益はふつう、計算上のシニョリッジによる収入よりもはるかに小さく、その差は通常、サブスタンダードの(非市場の)資産と、高価な負債の保有によって説明されると指摘している。Ize (2005)は、純外貨準備の保有コストに着目し、中央銀行の運営コストの伸びと通貨発行との関係に焦点を当てた。こうして彼は、長期的な収益性の問題を定型的に表現し、平均的な低所得国(および、いくつかの中所得国)の中央銀行が、収入ギャップを埋めるのに十分な純資産を持っていなくとも、あるいは物価安定水準以上のインフレがなくとも、運営できるほどの「構造的」利益[25] が十分にあるとは考えにくいと結論付けた。他の研究でIze (2006)は、2003年の87箇所の中央銀行のサンプルのうち、およそ3分の1で構造的利益がマイナスであること、その理由は、典型的には純金利マージンがマイナスで、運営コストが比較的高いせいであることを発見した。構造的利益がプラスであった約3分の2のサンプルでは、これらの純利益は平均でプラス(通貨発行額の10%近く)であったものの、残りの3分の1では大幅にマイナス(3%以上)であった。弱い方のグループの構造的利益の欠如は、運営コストが高いことで悪化した(運営コストは通貨発行額に占める割合でみて、もう一つのグループよりも平均40%高い)。

明らかに、中央銀行が本質的に儲かるものだとは言えない。反例が多すぎるからである。実際、この論文で指摘したいのは、中央銀行の財務は(他の特性もそうであるが)非常に多様だということである。通常時でさえ、多くの中央銀行に長期的収益性があるかは微妙である。

ベースマネー発行の独占権が収益性を保証するという命題に、このような明らかな反証が見られるのはなぜか。Fry(1992)は、中央銀行が引き受けた、あるいは引き受けを強いられた、財政に準ずる活動(準財政活動)のせいだという[26]。他の論者は、為替レートに関連する問題を指摘する。例えば、Schobert (2008)は、調査対象となった(108箇所の中央銀行1984年から2005年の)年次財務報告のうち、8%で損失が報告されており、その大部分が〔為替介入の〕不胎化費用や為替差損を、最大の支出項目として挙げていると述べている[27]。Cukierman (2011)は、特に金融市場が狭い国では、金融レジームや金融セクター構造の変化が、ともに中央銀行の損失計上を助長するとした。私たちもまた、その理由の一部は、先進国でない国々の金融システムの特性に根ざしており、構造的なものであると考えている(第C部の第1節)。

しかし、財務的な弱さは、本質的に無視しうるものではないとしても、また実際には珍しいことではないとしても、それならば、中央銀行の財務状況はふつう、その目的にとっては重要ではないと言えそうである。Ize (2006)は、これらが一般的に、中央銀行の政策目的にとって重要ではないとは言えないという、それらしい証拠を示している。87箇所の中央銀行のサンプルを、構造的利益がプラスの銀行とマイナスの銀行に分けたところ、2003年の前者の平均インフレ率は後者の平均インフレ率の約3分の1だったという(3.5%対9.5%)。Stella(2003)も、同様の手法を用いて、異なるサンプルで、1992年と1996年、2002年の3年間を対象として、同様の結果を出した(中央銀行を財務的に強いグループと弱いグループに分けたが、指標は損失を用いている)。Stella(2011)は、より広いサンプルと、異なった年次(1992年、1997年、2004年)、異なる財務力の定義(IMFのInternational Financial Statisticsにおける「資本」と「その他の純項目(other net items)」)を用いて、ほぼ同じ結果を得た。財務力が弱い中央銀行には、より高いインフレの傾向がある(2倍)というのである[28]

また、検討すべきいくつかの事例研究がある。Friedman and Schwartz (1963) によれば,FRB が自らの純資産を気にしていたことが、大恐慌の勃発に対する積極的な拡張的対応を妨げた要因であったという。時計の針を進めると、Ueda (2004)は、1980 年代から 1990 年代にかけてのベネズエラや、同様の時期のジャマイカの事例を、財務的な弱さによってインフレ抑制を断念せざるを得なくなった例として取り上げている[29]。日本は自らを、財務的な弱さによって(あるいはむしろその心配によって)金融政策が制約された例に挙げてきた。中でもVan Rixtel (2009)は、日本銀行の数人の政策担当者たちの、積極的な量的緩和日本銀行の財務を弱め、独立性の喪失につながりかねないとする懸念の言葉を引用した[30]

 Dalton and Dziobeck (2005)は、個別の具体例としていくつかの事例を取り上げた(ブラジル、チリ、チェコハンガリー、韓国、タイ)。これらにおいては、事前の政策の誤りによって損失が生じたが、多くの場合にはその後の中央銀行の改革によって、損失が政策問題の悪化にはつながらなかった。Schobert(2005)は東欧やトルコの事例を挙げている。これらにおいては、準財政的な理由で取得した不良資産がバランスシート上で十分に大きく、利益を悪化させ、時には政策に支障をきたすこともあった。Stella(2008)はコスタリカハンガリーニカラグア、ペルー、ウルグアイ、そしてベネズエラの事例を考察している。例えばペルー中央準備銀行は、新しい中央銀行法が導入される前の数年間、主に準財政的な原因による赤字が続き、1987年にはそれがGDPの5%を超えたが、その赤字は主に通貨創造によって賄われた。インフレは爆発的に進み、1990年には7000%に達した。アジアの事例も繰り返し引用されている。フィリピンでは、政策能力を再確立するために、1993年に旧中央銀行清算し、きれいなバランスシートと新しいガバナンス体制を備えた新中央銀行を設立した。Stella (2011)はまた、1990年代半ばのハンガリーや、1980年代後半から1990年代前半のペルーとウルグアイ、それに1990年代前半のニカラグアの事例も取り上げて、中央銀行の財務上の弱さとマクロ経済政策の成果の悪さが対応していることを示した[31]

しかし、中央銀行に関する重要な最近のケーススタディで、チリに関するもの(特にRestrepo et al (2009))とチェコ共和国に関するもの(Cincibuch et al. (2008) and Frait and Holub (2011))は、財務上の弱さそのものが、実際の政策パフォーマンスを悪化させるものではないことの証拠となる。財務上の弱さにもかかわらず、政策的に良好な結果を実現した中央銀行をざっと確認すれば、これにはイスラエルやメキシコの中央銀行も含まれる。この4つのケースについては、本論文のパートCで詳しく解説する〔※抄訳には含まない〕。

中央銀行が財務上の弱さやストレスを抱えている時期と、政策の結果とを、単純に関連づけるだけでは不十分である。少なくとも、政策の結果を左右する可能性のある他の要因を制御することが求められよう。はっきりと可能性として挙げられることは、国の経済政策のアレンジメントの悪さが、マクロ経済の結果の悪化と、中央銀行の損失の、両方の原因になりうることである。このような可能性をコントロールするために、計量経済学的手法を用いた研究を、私たちは3つだけ知っている。

 Klüh and Stella (2008) は(130箇所の中央銀行のサンプルで)、2005年までの10年間で、中央銀行の財務力が低下し、平均資産利益率が約1.7%から約0.75%に低下したことを報告している。彼らは、1987年から2005年までのラテンアメリカ15カ国を対象としたパネル回帰分析によって、購買力の低下を説明する上で、中央銀行の財務が統計的に有意な役割を果たすことを発見した(時には非線形の証拠もあった)。しかし、財務が大幅に悪化しなければ、マクロ経済に結果に重大な影響を与えることはなかった。Benecká et al (2012)は、これらの結果の頑健性をチェックするために、ラテンアメリカ以外の地域にもサンプルを拡大し、異なる実証的手法も追加的に用いた。彼らは、KlühとStellaの結果が確認される場合もあったが、一般的にはその関係は弱く、頑健ではないと結論付けている。

Adler et al. (2012)は別のアプローチをとり、中央銀行の財務がマクロ経済政策の結果に与える影響を問うのではなく、金融政策のありかたに与える影響を問うた。そのさい、最適化された政策反応関数をベースラインとした[32]。これは、中央銀行がコントロールできる範囲を超えた、マクロ経済政策の結果を決定する追加的要因という問題を回避するためである。その結果、中央銀行の財務の脆弱性が、「最適」な金利設定からの乖離に、統計的に有意な影響を与えることがわかった。ただし、これらが最も頑健かつ有意に現れるのは、政策の乖離が大きい場合に限られる。しかも、これらの結果があてはまるのは、先進国でない場合に限られる。これは、政策機関の質が違いをもたらしている可能性がある。

 

 

  1. 要約

既存文献のメッセージを要約するならば、理論的には中央銀行ベースマネー発行の独占権や、破産手続きからの保護、〔政府〕という極めてポケットの大きな所有者の後ろ盾といった、明確な財務上の利点があるにもかかわらず、財務上の困難に陥る可能性がある。このような問題は、包括的純資産がマイナスであること(つまり赤字を埋め合わせるだけの、恒久的な将来の収益性が不十分であること)によって特徴づけられる。このような状況に陥る恐れのある中央銀行が利用できる回避策は2つしかないようであるが、そのどちらも、魅力的なものではない。一つは、インフレ対策をゆるめたり、〔経済的に〕望ましくとも財務的なリスクのある政策行動を避けたりといった、政策方針の変更である。この回避策にも限界がある。インフレ率の上昇によって、得られる利益は結局のところ減ってゆくし、金融市場の機能低下によって仲介機能が海外に出て行く可能性もある。第二の回避策(すなわち納税者からの新鮮な実物リソース)は、納税者のリソースが政治的プロセスを通じて仲介されることになるため、中央銀行の独立性によって意図的に構築された政策決定インセンティブ構造と、矛盾する可能性がある。また、政府がインフレ税に手をつけようとしないほどには、財政のあり方はよくできたものではないかもしれない。

利用可能な限られた実証的エビデンスは、中央銀行の財務的な弱さがその政策の成功の見込みに与える影響について、確定的ものではない。文献で指摘されているような、理論的な財務的障害は、一般的には認識されていないが(特に発展度合の低い国々では)現実に存在する。既存文献でさほど明確になっていないことは、中央銀行が最終的に財政支援を必要とするかもしれないという(理論的な)可能性が、現在すぐ、様々な経済主体の態度や期待に影響を与えるかどうかである。我々はこの文脈においては、財務上の強さや弱さを示す、現在慣習的に用いられている会計指標が、様々な経済主体によってどの程度まで、政策の深遠なる限界に近づいたことを示すノイジーなシグナルとみなされるかについて、フォーマルな証拠を持っていない(実際には、後述するように、しばしば誤解を招くシグナルとなる可能性がある)[33]。この未知の部分が、より重要性を増しているのかもしれない。2007年の金融危機が発生する以前から、中央銀行の財務状況が弱まる傾向にあったことを示唆する暫定的なデータもある。本稿で論じるように、金融危機によっていくつかの先進国の中央銀行の財務エクスポージャー〔リスク資産を含む資産の構成〕が大きく変化し、その結果、後進国中央銀行の財務状況とよく似たものになるかもしれない。

 

 

参考文献(全体)

Adler, G, P Castro and C Tovar (2012): “Does central bank capital matter for monetary policy?”, IMF Working Paper, no 12/60, February.

Ahearne, A and J Gagnon; J Haltmaier and S Kamin (2002): “Preventing deflation: lessons from Japan's experience in the 1990s”, International Finance Discussion Papers, no 729.

Albanesi S, V Chari and L Christiano (2003): “Expectation traps and monetary policy”, Federal Reserve Bank of Minneapolis Staff Report, no 319.

Anand, R and S van Wijnbergen (1989): “Inflation and the financing of government expenditure: an introductory analysis with an application to Turkey”, World Bank Economic Review, vol 3, issue 1, pp 17–38.

Bakker, A, H van der Hoorn and L Zwikker (2011): “How ALM techniques can help central banks” in S Milton and P Sinclair (eds), The Capital Needs of Central Banks, Routledge.

Ball, L (1993): “What determines the sacrifice ratio?”, NBER Working Papers, no 4306, National Bureau of Economic Research.

Bank for International Settlements (1996): Implications for central banks of the development of digital money.

——— (2009): Issues in the governance of central banks.

Bank of Canada (2011): Annual Report.

Basel Committee on Banking Supervision (2009): “Guiding principles for replacement of IAS 39”, August.

Benecká, A, T Holub, N Kadlčáková and I Kubicová (2012): “Does central bank financial strength matter for inflation? An empirical analysis”, Czech National Bank Working Paper, series 3, May.

Benhabib, J, S Schmitt-Grohe and M Uribe (2002): “Avoiding liquidity traps”, Journal of Political Economy, vol 110, no 3.

Bernanke, B (2011): Transcript of testimony to the Committee on the Budget, US Senate, 7 January 2011.

Bindseil, U (2004): Monetary Policy Implementation, Oxford University Press, New York.

Bindseil, U, A Manzanares and B Weller (2004): “The role of central bank capital revisited”, ECB Working Paper Series, no 392, September.

Blejer, M and L Schumacher (1998): “Central bank vulnerability and the credibility of commitments: a value-at-risk approach to currency crises”, IMF Working Paper, 98/65.

Bloomberg BusinessWeek Magazine Online (2003): “Is the Bank of Japan barrelling towards a bailout?”, 3 February.

Borio, C, A Heath and G Galati (2008): “FX reserve management: trends and challenges”, BIS Papers, no 40.

Buiter, W (1986): “Fiscal prerequisite for a viable managed exchange rate regime”, CEPR Discussion Paper, no 129, October. 74 BIS Papers No 71 – The finances of central banks

——— (2007): “Seigniorage”, NBER Working Paper, no 12919, February.

——— (2008): “Can central banks go broke?”, CEPR Policy Insight, no 24, May.

Buiter, W and E Rahbari (2012): “Looking into the deep pockets of the ECB”, Global Economics View, Citigroup Global Markets, 27 February.

Cagan, P (1956): “The monetary dynamics of hyperinflation”, in Studies in the Quantity Theory of Money, University of Chicago Press, 1956.

Cargill, T (2005): “Is the Bank of Japan’s financial structure an obstacle to policy?”, IMF Staff Papers, vol 52 no 2.

Cecchetti, S (2009): “Crisis and responses: the Federal Reserve in the early stages of the financial crisis”, Journal of Economic Perspectives, vol 23, no 1.

Cincibuch, M, T Holub and J Hurník (2008): “Central bank losses and economic convergence”, Czech National Bank Working Paper, no 3, March.

Cukierman, A (2011): “Central bank finances and independence – how much capital should a CB have?”, in S Milton and P Sinclair (eds), The Capital Needs of Central Banks, Routledge.

Dalton J and C Dziobek (2005): “Central bank losses and experiences in selected countries”, IMF Working Paper, 05/72, April.

Darbyshire, R (2009): “Talking numbers: management commentaries for central banks”, Central Banking, vol 17, no 4.

Delhy Nolivos, R and G Vuletin (2012): “The role of central bank independence on optimal taxation and seigniorage”, mimeo, May.

Disyatat, P (2008): “Monetary policy implementation: misconceptions and their consequences”, BIS Working Paper, no 269.

Easterly, W, P Mauro and K Schmidt-Hebel (1995): “Money demand and seigniorage maximising inflation”, Journal of Money, Credit and Banking, vol 27, no 2, pp 583-603, May.

Edwards, S (1995): "On the interest-rate elasticity of the demand for international reserves: some evidence from developing countries”, Journal of International Money and Finance, vol 4(2), pp 287–95.

European Central Bank (2012): Convergence Report 2012,
available at http://www.ecb.int/ pub/pdf/conrep/cr201205en.pdf

Goodhart, C (2000): “Can central banking survive the IT revolution”, International Finance, no 3, pp189-209.

——— (2010): “The changing role of central banks”, BIS Working Paper, no 326.

Frait, J and T Holub (2011): “Exchange rate appreciation and negative central bank capital: is there a problem?” in S Milton and P Sinclair (eds), The Capital Needs of Central Banks, Routledge.

Friedman, B (2000): “Decoupling at the margin: the threat to monetary policy from the electronic revolution in banking”, International Finance, no 3, pp 261–72.

Friedman, M and A Schwartz (1963): A Monetary History of the United States, 1867–1960, NBER Publications, Princeton University Press.

Fry, M (1992), “Can a central bank go bust?”, The Manchester School, vol 60, Supplement, June. BIS Papers No 71 – The finances of central banks 75

Garcia, P and C Soto (2004): “Large holdings of international reserves: are they worth it?”, Central Bank of Chile Working Papers, no 299.

Hauner, D (2005): “A fiscal price tag for international reserves”, IMF Working Paper, WP/05/81, April.

Holub, T (2004): “Foreign exchange interventions under inflation targeting: the Czech experience”, Czech National Bank Research and Policy Note, no 1.

Hutchison, M and J Judd (1989): “What makes a central bank credible?”, Federal Reserve Bank of San Francisco Weekly Letter, July 14.

ICAEW (2010): “Guidance on the determination of realised profits and losses in the context of distributions under the Companies Act 2006”, Institute of Chartered Accountants in England and Wales,
available at www.icaew.com/~/media/

Files/Technical/technical-releases/legal-and-regulatory/TECH-02-10-Guidance-onrealised-and-distributable-profits-under-the-Companies-Act-2006.pdf

International Monetary Fund (1998): “Philippines - selected issues”, IMF Staff Country Report, no 98/49.

Ize, A (2005): “Capitalising central banks: a net worth approach”, IMF Working Paper, no 05/15, January.

——— (2006): “Spending seigniorage: do central banks have a governance problem?”, IMF Working Paper, no 06/58, March.

Jeanne, O and R Rancière (2009): “The optimal level of international reserves for emerging market countries: a new formula and some applications”, CEPR Discussion Papers, no 6723, February.

JP Morgan (2002): Japan Markets Outlook and Strategy, 24 January.

Jordan, T (2011): “Does the Swiss National Bank need equity?”, a speech to the Statistisch-Volkswirtschaftliche Gesellschaft, Basel, Switzerland, 28 September (in German on the SNB website at www.snb.ch; a summary in English on the Bank for International Settlements website at www.bis.org).

King, M (2005): “Monetary policy: practice ahead of theory”, The 2005 Mais Lecture, 17 May.

——— (2012): a speech to the South Wales Chamber of Commerce, 23 October.

Kletzer, K and M Spiegel (2004): "Sterilization costs and exchange rate targeting”, Journal of International Money and Finance, vol 23, no 6.

Klüh, U and P Stella (2008): “Central bank financial strength and policy performance: an econometric evaluation”, IMF Working Paper, 08/176, July.

Martínez-Resano, J (2004): “Central bank financial independence”, Bank of Spain, Occasional Paper, no 0401.

Mishkin, F (2011): “Monetary policy strategy: lessons from the crisis”, NBER Working Paper, no 16755, February.

Mohanty, M and P Turner (2005): “Intervention: what are the domestic consequences?”, in BIS Papers, no 24.

Moser-Boehm, P (2005): “Governance aspects of foreign exchange intervention”, in BIS Papers, no 24. 76 BIS Papers No 71 – The finances of central banks

Nocetti, D (2006): “Central bank’s value at risk and financial crises: an application to the 2001 Argentine crisis”, Journal of Applied Economics, Universidad del CEMA, Vol 0, pp 381–402.

Phelps, E (1973): “Inflation in the theory of public finance”, The Swedish Journal of Economics, Vol 75(1), March.

Restrepo, J, L Salomé and R Valdés (2009): “Macroeconomìa, polìtica monetaria y partimonio del Banco Central”, Documentos de Trabajo/Working Papers, no 497.

Rodrik, D (2006): "The social cost of foreign exchange reserves”, International Economic Journal, vol 20(3), pp 253–66.

Romer, D (2011): Advanced Macroeconomics, McGraw-Hill, 4th edition, April.

Santomero, A and J Seater (1996): “Alternative monies and the demand for media of exchange”, Journal of Money, Credit, and Banking, vol 28, no 4.

Sargent, T and N Wallace (1981): “Some unpleasant monetarist arithmetic”, Federal Reserve Bank of Minneapolis Quarterly Review, Fall.

Schobert, F (2006): “Linking financial soundness and independence of central banks – Central and Eastern Europe, Turkey and CIS Countries”, Research in International Business and Finance, vol 20.

––––– (2008): “Why do central banks make losses?”, Central Banking, February.

Shirakawa, M (2010): “Future of central banks and central banking”, Opening speech by the Governor of the Bank of Japan at the 2010 International Conference, hosted by the Institute for Monetary and Economic Studies, Bank of Japan, Tokyo, 26 May.

Stella, P (1997): “Do central banks need capital?”, IMF Working Paper, no 97/83, July.

——— (2003): “Why central banks need financial strength”, Central Banking, vol 14, no 2, November.

——— (2008): “Central bank financial strength, policy constraints and inflation”, IMF Working Paper 08/49, February.

——— (2011): “Central bank financial strength and macroeconomic policy performance”, in S Milton and P Sinclair (eds), The Capital Needs of Central Banks, Routledge.

——— and A Lonnberg (2008): “Issues in central bank finance and independence”, IMF Working Paper, no 08/37, February.

Sullivan, K (2002): “Profits, dividends and capital – considerations for central banks”, a paper to an IMF Legal Service seminar for central bank lawyers,
available at www.imf.org/external/np/leg/sem/2002/cdmfl/eng/sulliv.pdf.

——— (2005a): “Transparency in central bank financial statement disclosures”, IMF Working Paper, no 05/80, April.

——— (2005b): “Learning to live with IFRS: how central bank are facing up to – or \ducking – their obligation to implement international accounting standards”, Central Banking Journal, 15 August.

Swedish Commission of Inquiry (2007): “The Riksbank’s financial independence”, SOU 2007:51, June.

Ueda, K (2004): “The role of capital for central banks”, speech delivered at the Fall Meeting of the Japan Society of Monetary Economics, 25 October 2003. BIS Papers No 71 – The finances of central banks 77

United Kingdom Treasury (2011): “A new approach to financial regulation; building a stronger system”, Treasury Policy Paper, February 2011.

United States General Accounting Office (2002): “Federal Reserve System: the surplus account”, Report to Congressional Requesters, GAO-02-939, September.

Van Rixtel, A (2009): “The financial strength and balance sheet expansion of central banks: what are the issues at stake and possible lessons for the Federal Reserve?”, internal Bank of Spain paper, 16 February.

Vaez-Zadeh, R (1991): “Implications and remedies of central bank losses”, in P Downes and R Vaez-Zadeh (eds), The evolving role of central banks, IMF, Washington.

Walsh, C (2010): Monetary theory and policy, third edition.

Woodford, M (2000), “Monetary policy in a world without money”, International Finance, no 3, pp 229–60.

 

[14] 印刷費その他の通貨管理コストや、中央銀行における預金口座を支えるコンピュータシステムの維持コストは、一般的には些少ものであるため無視している。

[15] これは、中央銀行ベースマネー発行を独占することによる未登録のフランチャイズ価値よりも大きな正味現在価値を持つ偶発債務やその他のオフバランス負債を持っていないことを前提としている。

[16] 限定詞の意味は、インフレ率が高いほど名目金利は高くなり、中央銀行の純利鞘が拡大するということである(仮定として、ベースマネー負債の大部分が無利子であり、それによって市場利回りを稼ぐことができるものとする)。

[17] Easterly, Mauro and Schmidt-Hebbel(1995)の研究では、1960年から1990年の間に、高インフレ(年率100%以上)の途上国11カ国のサンプルでは、インフレ率が250%程度になることが示唆されている。

[18] Fry (1992)は、中央銀行が負債を返済し続けるためには加速度的なインフレが必要となる状況を、中央銀行の破綻とした。

[19] Buiterはまた、インフレ目標中央銀行財務省の「協働してもやりくり可能」でない条件も導出した。このような場合には、政府が中央銀行を救済して目標をやりくりさせることもできない。

[20] Buiter (2008)は納税者が、財務省を通じて中央銀行の支払能力を保証する究極かつ唯一の保証人であると論じている。したがって、各国の財政当局は、納税者が中央銀行の純資産を保証していることを周知する必要がある。彼は(この2008年の論文では)、中央銀行の独立性が(例えば、物価安定目標の達成や規制の執行を見合わせないという約束の信頼性を高めることによって)公共政策目標の達成を支援するために定められた状況における、中央銀行の政策の有効性に対する財政当局のこの重要な役割の意味するところを論じていない。

[21] Phelps (1973)や Poterba and Rotemberg (1990) 、Chari and Kehoe (1999)を参照。もしインフレが多くの税源の一つであると実務上広く考えられていれば、ある種の景気循環に関連する特性が観察されるはずである。しかしRoubini and Sachs (1989) や Edwards and Tabellini (1991) によれば,一般的にはそうではない。Delhy Nolivos and Vuletin (2012) は,これは中央銀行の独立性の程度をコントロールできていない結果かもしれないと示唆している(独立した中央銀行は,税率(すなわちインフレ率)を反循環的に調整したり、他の税収が減ったことによる穴を埋めたりすることはない)。

[22] 物価水準の財政理論では、財政当局が政策パスを選択するまで物価は不確定であり、物価水準は財政政策と金融政策の結合関数となる(Leeper (1991), Sims (1994), Woodford (1995), Kotcherlakota and Phelan (1999) を参照)。Sims (2003, 2008)は、中央銀行の独立的アイデンティティを無視できるかどうかは、税金が最終的に中央銀行の純資産をバックアップするという理解にかかっていると指摘している。このような裏付けがない場合(SimsはECBがそのような立場にある可能性を示唆している)、中央銀行は純資産を維持することにもっと気を配る必要があるかもしれない。一方、Zhu (2003)は、Benhabib et al (2002)の財政理論モデルにおいて、中央銀行が自らの純資産に関心を持つと仮定することで、中央銀行の財務に独立した役割を持たせている。流動性の罠では、中央銀行が自らの財務を気にするあまり、十分に積極的な政策をとれなくなり、マクロ経済が不安定になる(局所的不確定性や分岐)。

[23] ここでいう濫用とは、インフレのコストに対する誤った認識や、意思決定者のインセンティブのゆがみによって、最適なインフレよりも高いインフレを許容してしまうことを意味する。

[24] 制度的な分離や独立性を主張する文献には、主に2つの流れがある。一つは、インフレバイアスがインフレと短期生産のトレードオフの相互作用に起因し、それが政策決定者の行動に対する期待に影響を与える(Barro and Gordon (1983); Persson and Tabellini (1993); Walsh(1995); and Albanesi et al (2003) )というモデルである。もう一つは、景気循環や変動の要因として、政治的競争がマクロ経済政策に与える影響に着目したものである(Alesina (1987) に始まり、その後の様々な共著者による研究、Drazen (2000) など)。これらのインフレバイアスの原因は、概念的にはインフレ税とは無関係であるが、制度的分離を動機づけることによって、同じように、中央銀行が政策目標の達成を妨げられることなく財務体質を保証するために、政府の救済に依存できるという命題を弱めることになる。

[25] これは大まかに言えば、発行通貨の裏付けとなる資産から生み出される利益から、有利子負債の支払利息や運営コストを差し引いたものである。Ize (2005)も参照。

[26] 準財政活動とは、財政当局が税や補助金の組み合わせによって予算内で実施できたはずの、再分配的な政策行動のことであると考えられる。

[27] FryとSchobertの見解は、必ずしも対立するものではない。とりわけMackenzie and Stella (1996)は、為替レートに関する行動は、再分配的である(例えば、輸出企業を優遇する)という意味で、しばしば準財政的な性質を持ち、原理的には財政による、明示的な税や補助金、支出によって実施しえたものと主張している。多くの金融政策措置が所得分配と財政に(部分的には中央銀行自身の財務活動を通じて)影響を与えるのであるから、財政政策と金融政策の間の境界線は全く明確なものではない。Goodfriend (2011)によれば、信用政策は明らかにその境界線を超えている(信用政策は、中央銀行のバランスシートの構成を変えるが、銀行の準備預金(bank reserve)やそれに対する支払利息に影響を与えないため、政策金利フェデラルファンド金利)を変えない行動と定義されるものである)。金融政策と、準備預金に付利をする政策は(彼が論じた他の2つのカテゴリーであるが)、財政的効果を持つものの、より明確に金融的な性質を持っている、と彼は述べる。それでもGoodfriendは、ゼロ金利下限においては、利潤に対するリスクと、財政的収入に関するリスクが大きくなりうるので、中央銀行の財務的独立性を維持するためには、財政当局による事前の支援が必要になる場合があると論じている。Shirakawa (2010)はより明確に述べている:「中央銀行が行う非伝統的政策手段には、準財政的な要素が含まれている。たとえば、そうしたオペレーションによる損失に伴う潜在的な納税者負担や、ミクロレベルでの資源配分への介入などである。...民主主義国家においては、これらの措置は政府によって決定さ実施される必要があるのであるから、政府が決定を先送りすれば、中央銀行は難しい立場に置かれる。」

[28] ハイパーインフレの異常値を除いても、99%の信頼水準で統計的な差が見られる。

[29] Vaez-Zadeh (1991) もジャマイカの経験を論じている。彼による歴史的解釈では、中央銀行は、自分の負債に支払う金利を引き上げれば、金利支払いコストが増え、既存の損失が増幅することになるので、金融抑圧(中央銀行の施設を利用する銀行に対する経済的に非効率な罰則)に転じざるを得なかったという。

[30] van Rixtel (2008) の Box 1 を参照。Cargill (2005) と Benecká et al (2012) も参照。Sims (2003)は、自らの独立性を心配する中央銀行が、自身の財務リスクへの影響を考えて金融刺激策を控えるかもしれないと述べたが、この問題を日本銀行ではなくECBと関連付けていた。その代わりに彼が示唆したのは、日本の財政当局の側が、中央銀行の実質的な負債の増加を懸念して、景気刺激策を弱めた可能性であった。重要なのは、そのようなことが政策に影響を与えたことを、現在の日銀幹部が否定していることである。白川総裁は、政策的な利益と日銀の財務上の利益との間に対立があることを認識しつつも、政策的利益の方が支配的であると明言している(Shirakawa (2010))。

[31] 我々はここでは明確化のために、財務上の弱さに関する定義として、「政策目標の達成を妨げる財務状況」というStella(2008)の定義を用いない。本稿の文脈では、このような定義では循環論法となるためである。

[32] 政策反応関数はテイラールールの精神を受け継いだ道具的ルールであるが、金利の平滑化と為替レートへの反応を許容している。サンプルは、為替レートの柔軟性がある程度ある国に限定されている。

[33] Vaez-Zadeh (1991)は、中央銀行に損失が現れるだけで、マクロ経済の結果に悪影響が及ぶ可能性があることを示唆した。

 

PDF版DLはこちら↓

drive.google.com

 

資金循環統計を用いた近年のマネーストック増加率の要因分解

概要と結論

 

 資金循環統計を用いて、近年のマネーストック増加率の要因分解を試みた。M3は2000年第に停滞し、2010年代に伸び、2020以降に急激に増えたように見える(図1)。ちなみに、2021年3月末までの1年間で約103兆円も増加した。これについてはまず、2020年度(コロナ禍初年度、4月から翌3月)における政府の財政支援策がマネーストックM3の増加に寄与したかのように考えられる。

 しかし要因分解を行った図2を見れば、マネーストックが6~7%も伸びた2020年度においても、財政要因(社会保障基金を含む中央政府の赤字)の寄与度は伸び率の半分弱であったことがわかる(金額は約52兆円)。この年度において最も寄与度が高いのは、通貨保有主体(金融機関と中央政府および海外以外の部門で、地方自治体を除く)における「資金調達要因」すなわち負債等の増加である(約67兆円、うち借入れは約60兆円)。また、それよりも少ない度合いで海外要因(日本の経常収支黒字)が寄与している。なお、M3は通貨保有主体の現金・預金である。「資金シフト要因」とは、金融資産全体のうちM3以外のものの増加分の寄与度である。これを見れば、2021年以降は、通貨保有主体は負債や資本金の増分とほぼ同額をM3以外の金融資産で保有するようになっていることがわかる。

 最後に、データが利用可能な全期間(1999年から2022年)についてのグラフが図3である。これによれば、2009年から2013年頃の方が、2014年以降(コロナ禍の2020年以降を含む)よりも財政要因の寄与が大きかった(すなわち財政赤字が大きかった)ことがわかる。近年においては、税負担だけでなく社会保険料等の負担も増加していることが背景にあると考えられる。

 

 要因分解やデータの詳細については解説編において説明する。

 

出典:日本銀行「資金循環統計」データより筆者作成。ただし通貨保有主体の現金・預金等をM3とした。

 

注:M3は通貨保有主体の現金・預金の保有高である。この増加率は、以下の寄与度の合計と一致する。

資金調達要因:通貨保有主体の金融負債等の増加の寄与度

財政要因:中央政府社会保障基金を含む)の赤字の寄与度

海外要因:日本の経常収支黒字(海外部門の赤字)の寄与度

金融機関要因:金融機関部門の赤字の寄与度

資金シフト要因:通貨保有主体の金融資産のうち、M3(現金・預金)以外の金融資産の増加の寄与度

 

 

解説編

 

 資金循環統計は日本経済における諸部門および海外部門の金融資産のバランスシートを統合的に表現した統計集であり、日本銀行のホームページで利用可能である(日本銀行調査統計局経済統計課2001、日本銀行調査統計局[日付なし])。最新の統計はExcelファイルとして利用できるが、それ以前のものは「日本銀行時系列データ検索サイト」から読み出すこととなる。

 マネーストックは民間部門が保有する貨幣(通貨、おカネと同義)である。これには日本銀行財務省が発行する現金(日本銀行券と硬貨)の他に、金融機関が供給する「預金通貨」(普通預金や定期預金など)が存在する。マネーストック保有する「通貨保有主体」は、金融機関や中央政府(社会保障基金を含む)および海外を除いたものである。

 資金循環統計の各部門のバランスシート(フローとストック)から必要な数値を抽出して、必要に応じて統合すれば、マネーストックの伸びの要因分解(いわゆるバランスシート分解)が可能となる(内閣府2014の付注1-7を参照、本稿末尾に収録)。通貨保有主体は金融資産として現金・預金等(流動性預金、定期性預金、譲渡性預金、外貨預金)を保有し、これらがマネーストック(①M3)となるが、それ以外の金融資産も保有する(②その他金融資産)。また負債等には借入金(表2の分類における「貸出」)の他に債務証券や株式なども含まれる(④金融負債)。バランスシート左側の金融資産から右側の金融負債を差し引いたものが、フロー表では資金過不足であり、ストック表では純金融資産である(⑤純金融資産)。資金循環表においては複式簿記の方法で部門間の金融資産・負債の対応がついているので、通貨保有主体と金融機関、政府、海外(この4部門に統合されたものがすべてである)について、資金過不足ないしは純金融資産を合計するとゼロとなる。従って、通貨保有主体の純金融資産(⑤)は、中央政府(⑥)と海外(⑦)、および金融機関(⑧)の純金融負債の合計と一致するのである(フロー表では、通貨保有主体の資金余剰が、中央政府と海外および金融期間の資金不足と一致する)。

 付注1-7によれば、マネーストックの増減に関して、「②その他金融資産」の増加はM3の減少要因であり、「④金融負債」の増加はM3の増加要因であり、また「⑥中央政府」と「⑦海外」、「⑧金融機関」の資金不足もM3の増加要因となる。すなわち、

 

  • M3の増減=④金融負債の増減+⑥中央政府の資金不足+⑦海外の資金不足
          ⑧金融部門の資金不足-②その他金融資産の増減

 

である(⑥~⑧については、付注1-7に「資金過不足」とあるのは「資金不足」の誤りであり、上の式では訂正をした)。中央政府の資金不足とは広い意味での財政赤字のことであり、海外の資金不足とは日本からみた経常収支黒字であり、金融部門の資金不足とは金融部門の赤字のことである。内閣府の解説では、これらを名付けて、

 

 M3の増減=資金調達要因+財政要因+海外要因+金融機関資金不足要因-資金シフト要因

 

としている(著者のグラフでは、金融機関資金不足要因は金融機関要因と呼んでいる)。

 

グラフを作成するために、日本銀行のホームページ(時系列統計データ検索サイト)の、資金循環統計より、各部門のフローとストックのバランスシートの四半期データを入手する(非金融法人企業、家計、非営利、地方公共団体、金融機関、中央政府社会保障基金、海外の、資産側の現金・預金と資産合計、負債側の貸出と資金過不足について、1997年第4四半期以降の全データを一挙に入手した)。本稿では、表1における各部門の中で、非金融法人企業と家計、対家計民間非営利団体の他に、地方自治体を統合したものを通貨保有主体とする。金融機関と海外は統計のまま1つの部門であるが、中央政府社会保障を合わせて1つの部門とする。

フロー表において、当該期の「①M3」の増分に相当するのは通貨保有主体の「現金・預金」であり、資産合計から「現金・預金」を引いたものが「②その他金融資産」の増分である。また、通貨保有主体の資産合計(バランスシートの負債側の合計と同じ)から資金過不足を引いたものが「④金融負債」の増分である。通貨保有主体の資金過不足(プラスが資金余剰として定義されている)は「⑤純金融資産」の増分であるが、これは「⑥中央政府」と「⑦海外」、「⑧金融機関」の資金不足に分解される。

ある四半期におけるマネーストックの増加率および各要因の寄与度は、それぞれの値の過去1年間の増加分(当該期と過去の3四半期を合わせた4四半期ぶんのフローの合計)を、前年同期のM3のストックで割ったものとする。例えば2020年第2四半期(2020[2])の場合のマネーストック(M)の伸び率と、負債等(D)の寄与度(資金調達要因)は、

 

(M2020[2]+M2020[1]+M2019[4]+M2019[3])÷M2019[2]=6.1%

(D2020[2]+D2020[1]+D2019[4]+D2019[3])÷M2019[2]=3.2%

 

となる。このようにして計算を行い、2004年第1四半期から2014年第1四半期までのグラフを描いたものが図4である。これは、内閣府・年次経済財政報告(2014)に掲載されたグラフ(図5)と、若干の違いはあるが、おおむね一致している。従って、ほぼ同様の手法で作図を行うことができたと考える(付注1-7では部門分けや計算方法に関する説明が不十分であったため、たとえ元のデータが同じであったとしても、全く同じグラフを描くことは難しい)。

 グラフを描く元となる計算結果は、本稿末尾に付表として収録してある。

 

 

図5:内閣府・年次経済報告(2014)のグラフ

 

出典:日本銀行調査統計局(日付なし)、p. 2-20より

 

出典:日本銀行調査統計局(日付なし)、p. 2-21より

内閣府(2014)の付注1-7

 

出典:内閣府(2014)より

 

参考文献

内閣府(2014)『平成26年度 年次経済財政報告(経済財政政策担当大臣報告)-よみがえる日本経済、広がる可能性-』平成26年7月

日本銀行調査統計局経済統計課(2001)『入門 資金循環 統計の利用法と日本の金融構造』東洋経済新報社

日本銀行調査統計局(日付なし)『資金循環統計の解説』

日本銀行(2021)『マネーストック統計の解説』2021年7月

 

付表: 寄与度計算の結果

M3
増加率

資金
シフト要因

資金調達要因

財政
要因

金融機関要因

海外
要因

M3
増加率

資金
シフト要因

資金調達要因

財政
要因

金融機関要因

海外
要因

1998

4

3.6%

3.5%

-4.4%

4.5%

-1.4%

1.4%

2011

1

2.6%

-0.8%

-1.5%

3.7%

-0.4%

1.7%

1999

1

3.6%

1.7%

-4.0%

5.3%

-0.7%

1.3%

 

2

2.7%

-0.8%

-1.2%

3.6%

-0.4%

1.4%

 

2

3.4%

1.3%

-5.4%

5.5%

0.8%

1.2%

 

3

2.6%

-0.7%

-0.6%

3.8%

-1.2%

1.3%

 

3

3.2%

1.0%

-5.9%

5.8%

1.1%

1.2%

 

4

2.8%

-0.6%

-0.6%

3.8%

-0.8%

1.0%

 

4

2.9%

-0.4%

-1.9%

3.1%

0.9%

1.2%

2012

1

2.6%

-2.0%

0.8%

4.2%

-1.2%

0.8%

2000

1

3.0%

-1.6%

-0.6%

3.3%

0.7%

1.3%

 

2

2.0%

-2.0%

0.1%

4.0%

-0.9%

0.7%

 

2

2.2%

-2.0%

0.2%

3.0%

-0.3%

1.3%

 

3

2.4%

-1.2%

-0.3%

3.9%

-0.5%

0.5%

 

3

2.5%

-2.4%

0.8%

3.5%

-0.7%

1.4%

 

4

2.4%

-1.0%

-0.8%

3.8%

-0.1%

0.4%

 

4

1.2%

-1.2%

-0.2%

3.1%

-1.9%

1.3%

2013

1

2.8%

-0.6%

-0.6%

3.5%

0.0%

0.3%

2001

1

1.0%

-1.4%

-0.6%

2.8%

-1.0%

1.3%

 

2

3.3%

-1.2%

0.1%

3.5%

0.5%

0.4%

 

2

1.2%

-0.6%

-1.0%

3.4%

-1.7%

1.2%

 

3

3.3%

-1.5%

0.0%

3.5%

0.8%

0.4%

 

3

0.7%

0.8%

-2.6%

2.8%

-1.3%

1.1%

 

4

3.4%

-2.3%

1.5%

3.3%

0.6%

0.3%

 

4

1.0%

2.0%

-3.6%

2.9%

-1.3%

1.0%

2014

1

2.4%

-1.9%

1.4%

2.8%

0.0%

0.2%

2002

1

2.2%

2.8%

-3.7%

3.5%

-1.6%

1.1%

 

2

2.3%

-0.7%

0.7%

2.5%

-0.3%

0.1%

 

2

1.7%

2.0%

-4.0%

3.3%

-0.9%

1.2%

 

3

2.5%

-1.6%

1.9%

2.4%

-0.3%

0.1%

 

3

1.4%

2.7%

-4.7%

3.2%

-1.1%

1.3%

 

4

2.8%

-1.7%

2.0%

2.1%

0.0%

0.3%

 

4

0.9%

1.2%

-3.7%

3.1%

-1.0%

1.3%

2015

1

3.1%

-1.6%

1.6%

2.0%

0.4%

0.7%

2003

1

0.1%

0.3%

-2.6%

2.8%

-1.5%

1.3%

 

2

3.4%

-1.9%

2.0%

1.7%

0.7%

1.0%

 

2

1.2%

0.9%

-3.1%

3.3%

-1.1%

1.3%

 

3

2.9%

-1.2%

1.1%

1.6%

0.3%

1.2%

 

3

1.5%

-0.4%

-2.1%

3.5%

-0.9%

1.5%

 

4

2.8%

-1.3%

1.4%

1.4%

0.0%

1.4%

 

4

1.4%

-1.0%

-2.0%

3.3%

-0.4%

1.6%

2016

1

2.6%

-0.7%

0.7%

1.4%

-0.2%

1.5%

2004

1

1.8%

-0.4%

-3.4%

3.9%

-0.1%

1.7%

 

2

2.7%

-0.6%

1.1%

1.4%

-0.7%

1.5%

 

2

1.0%

-1.6%

-2.2%

3.5%

-0.6%

1.8%

 

3

2.8%

-1.1%

1.7%

1.2%

-0.7%

1.6%

 

3

0.9%

-2.2%

-1.4%

3.2%

-0.6%

1.9%

 

4

3.2%

-1.0%

1.8%

1.1%

-0.4%

1.7%

 

4

0.6%

-2.6%

-1.2%

2.9%

-0.4%

1.9%

2017

1

3.3%

-1.9%

2.6%

1.2%

-0.4%

1.7%

2005

1

0.6%

-2.2%

-0.7%

2.9%

-1.2%

1.9%

 

2

3.3%

-1.9%

2.2%

1.1%

0.2%

1.7%

 

2

0.3%

-2.4%

-0.7%

2.4%

-0.8%

1.8%

 

3

3.7%

-2.5%

2.6%

1.4%

0.4%

1.8%

 

3

0.4%

-2.6%

-0.2%

2.5%

-1.1%

1.8%

 

4

3.1%

-2.0%

1.8%

1.5%

0.0%

1.8%

 

4

0.6%

-3.8%

0.9%

2.5%

-0.8%

1.8%

2018

1

2.8%

-1.8%

2.0%

1.1%

-0.2%

1.7%

2006

1

0.0%

-3.7%

0.9%

1.8%

-0.8%

1.8%

 

2

2.5%

-2.7%

2.9%

1.2%

-0.6%

1.7%

 

2

-0.3%

-3.0%

0.1%

1.6%

-0.9%

1.8%

 

3

2.4%

-2.3%

2.6%

0.9%

-0.6%

1.6%

 

3

-0.4%

-4.2%

0.9%

1.6%

-0.6%

1.9%

 

4

2.1%

-2.0%

2.6%

0.9%

-0.8%

1.5%

 

4

-0.4%

-3.1%

-0.1%

1.8%

-0.9%

1.9%

2019

1

1.8%

-2.9%

2.9%

0.8%

-0.4%

1.5%

2007

1

-0.2%

-4.0%

1.3%

1.6%

-1.3%

2.1%

 

2

1.8%

-2.0%

2.1%

0.9%

-0.5%

1.4%

 

2

0.6%

-4.4%

2.4%

1.4%

-1.0%

2.3%

 

3

1.8%

-1.9%

2.0%

0.9%

-0.6%

1.4%

 

3

0.2%

-3.5%

1.1%

1.4%

-1.3%

2.4%

 

4

2.1%

-1.9%

1.7%

0.9%

0.0%

1.4%

 

4

0.6%

-3.9%

1.8%

1.2%

-0.9%

2.4%

2020

1

2.3%

-0.4%

0.6%

1.0%

-0.2%

1.4%

2008

1

0.5%

-1.7%

-0.6%

1.2%

-0.8%

2.4%

 

2

6.1%

-0.2%

3.2%

2.3%

-0.3%

1.1%

 

2

0.8%

-1.3%

-0.4%

1.3%

-0.9%

2.1%

 

3

6.7%

0.2%

3.0%

3.0%

-0.5%

1.0%

 

3

0.8%

0.1%

-1.3%

1.4%

-1.3%

1.8%

 

4

7.0%

-0.7%

4.2%

3.4%

-1.1%

1.1%

 

4

0.8%

2.3%

-2.7%

1.7%

-1.9%

1.4%

2021

1

7.5%

-1.5%

4.9%

3.8%

-0.8%

1.2%

2009

1

1.7%

3.8%

-4.7%

3.1%

-1.6%

1.0%

 

2

4.1%

-2.0%

2.5%

2.8%

-0.5%

1.3%

 

2

1.7%

3.4%

-5.2%

4.2%

-1.7%

1.0%

 

3

3.4%

-1.8%

2.1%

2.3%

-0.4%

1.3%

 

3

2.0%

2.8%

-4.8%

4.5%

-1.6%

1.0%

 

4

2.9%

-2.7%

2.6%

2.1%

-0.1%

1.0%

 

4

2.0%

1.3%

-3.8%

4.6%

-1.4%

1.3%

2022

1

3.0%

-2.5%

2.3%

2.5%

-0.2%

0.8%

2010

1

2.0%

-1.4%

-1.0%

4.7%

-1.7%

1.6%

 

2

2.9%

-3.0%

2.9%

2.3%

0.0%

0.7%

 

2

2.0%

-1.6%

-0.7%

4.3%

-1.7%

1.7%

 

3

2.7%

-3.7%

3.6%

2.0%

0.2%

0.6%

 

3

2.4%

-1.7%

-0.9%

4.3%

-1.2%

1.8%

 

4

2.2%

-3.4%

3.2%

2.2%

-0.4%

0.6%

 

4

2.2%

-1.7%

-1.0%

4.3%

-1.3%

1.8%

               

 

PDF版のDLはこちら↓

drive.google.com

クナップ『貨幣の国家理論』に関する概念整理

本稿は2022年11月に新訳が出版された、ゲオルグ・フリードリヒ・クナップの『貨幣の国家理論』(小林純・中山智香子訳、日本経済新聞出版)を読み進める方々の便宜のために、概念整理を試みたものである。貨幣に関して我々が平素使っている用語と、クナップの用語は異なるものもあるが、どちらが正しいという性質のものではない。本稿はクナップの概念分類体系を理解するためのものである。

訳書は非常にこなれた良訳であるが、さらに別の訳語を充てた方が明快になると思われる箇所はそのようにしている(訳書の訳語を〔括弧〕で示す)。本文・出典中のページ番号は、上記の書籍(日本語版)のページである。説明には整理者の解釈が入ってしまっているので、注意深い読者は原典で確認してほしい。訳書の読者の理解の助けになれば幸いである。

 

1.正貨と本位貨幣、および請求権としての貨幣の意味

 正貨と本位貨幣(本書の最重要語)は意味が全く異なる。正貨は本位貨幣にも補助貨幣にもなりうるし、また非正貨でさえ本位貨幣にも補助貨幣にもなりうる(表1)。

 

表1 正貨と補助貨幣

 

本位貨幣

補助貨幣

正貨

金貨・銀貨等

政府が支払・受取の用意をしない金銀貨

非正貨

政府紙幣、銀行券等

卑金属硬貨、兌換券等

出典: クナップ(2022[1905])、p.111より作成

 

では正貨と本位貨幣とは何か。その定義を示す。

 

1.1. 正貨とは

 正貨とは(p.65~)、以下の様な条件を全て満たす金属貨幣である(満たさなければ非正貨である)。

 

1.正貨素材金属〔貨幣素材金属〕の種類と、そのメダル1個あたりの絶対的純分量(品位)を政府〔国家〕が規定する(例: 正貨の金貨1個は1グラムの純金を含まねばならない)。

2.上記のメダル1個の名目価値単位(通用力Geltung)を政府が定める(正貨素材発生の基準、例:正貨の金貨1個を1円とする)。

3.正貨素材金属を無制限に鋳造できる規定がある(制限があれば「非正貨素材」となり、正貨を作る材料にはならない。時代によって正貨素材が金の時期もあれば、銀や銅などの時期もある)。

4.過去に正貨として製造されたメダルも、純分量の基準と、正貨素材発生の基準を上回れば正貨として通用する。

 

 上記の条件を満たされると、メダルに含まれる金属の金額と、メダルの名目価格が固定される。ここで正貨素材とは「正貨になりうる素材」のことであって、正貨素材を(少しでも)用いれば必ずしも正貨ができるわけではない〔訳書では「貨幣素材」と呼ばれる〕。基準に従って製造されたメダルには、政府が権威・法令によって名目価値尺度(通貨名)を刻印する。それ以外の(正貨素材金属を含む)商品の価格はこの名目尺度で測定される。ふつう、金を正貨素材とすれば銀は正貨素材ではなくなる。逆に銀を正貨素材とすれば金は正貨素材ではなくなる。なお歴史的には、金と銀の両方を正貨素材とする場合もある(金と銀で上記の条件を満たすようなルールにすればよい)が、これは金銀「複本位」制ではない。

正貨素材金属量と金額の関係(例:金1g=1円)は自動的に常に固定されるわけではなく、素材金属の価格の相場は変動しうる。また、金貨も摩耗によって、名目価格に比べて含有金属量が下がることもある。そのため、金貨の名目額と金属価値を固定し続けるために、以下のような「正貨素材相場規制」が行われる必要がある(p.82)。これには、上記の「正貨素材発生の基準」の他に、「素材受迫制の基準」と「素材幻想制の基準」がある。

 

1.正貨素材発生の基準(例): 1グラムの純金を含むメダル1個を1円と決める。

2.素材受迫制の基準(例): 鋳造所は持ち込まれた正貨素材金属を全て受け入れて、上記の基準どおりの正貨に鋳造せねばならない(自由鋳造)。ただし鋳造手数料を取ってもよい。これによって正貨素材(金)の下限価格が決まる(メダル1個の鋳造手数料を5銭とすると、1グラムの金は少なくとも95銭以上の価値が保証される)。

3.素材幻創制の基準(例): 正貨素材の上限価格を決めるためには、正貨素材がいくらでも供給されるか、メダルの品位を十分に保つ規制が必要である。例えば1円金貨は0.95gの純金を含んでいなければ1円として通用しない(それよりも摩耗した金貨は従量を測って価値を決める)とすれば、正貨はそれ以上に摩耗する前に、国庫向け支払いに用いられて流通から消える。これによって、正貨枚数に比べて十分な正貨素材金属が生まれて、メダル額面よりも素材の価値が低く維持されるかのような錯覚をもたらす(p.84)。1グラムの金の価値は約1.05円(1÷0.95)よりは高くならない。

 

1.2. 本位貨幣とは

 本位貨幣(p.104)は、政府〔国庫〕からの支払のためにつねに準備され、政府がそれを支払うことを強制され、また政府がそれを無制限に受領することを約束しており、民間にも一般的受領義務が課されたものである。また、兌換されない最終的(definitiv)な貨幣である。本位貨幣は上述の正貨でなくてもよく、兌換義務のない紙幣でもかまわない(現在はそのようになっている)。この本位貨幣以外のあらゆる貨幣を補助貨幣と呼ぶ。

 

1.3. 支払と受領

 あらゆる人と人との間には、また人と企業の間にも、人と政府の間にも、債権・債務の関係がある。債務を負っている個人や法人が、貨幣を債権者に引き渡すことによって債務を消滅させようとすることを「支払」とよび、逆に、ある人に対する債権を、貨幣を受け取って消滅させることを「受領」と言う。受領する義務とは、法的に保証された一定額の債権は、期限内にその金額に相当する政府が定めた貨幣を支払われれば消滅させなければならない、ということである。本位貨幣はこの意味での「受領義務」を伴う。補助貨幣は、政府が定めた金額や枚数を超えると受け取りを断ることができる。

 貨幣とは、この意味での支払(債務の消滅)に利用できる事物であり、債務を消滅してもらうことを求める「請求権」であると言える。債務の消滅というばあい「借金を返す」事例は想像しやすいであろう。しかし、消費者がスーパーマーケットでモノを買うときには、買い物カゴに商品を入れた時点で債務を負っており、レジで金銭を支払うことで債務を解消しているのであり、この意味で貨幣が債務消滅にも用いられる。政府に対する支払では、租税債務や手数料などの支払い義務が生じたときに、それを消滅させるための「事情による請求権」として貨幣を用いることができる。

 

2. 貨幣の発生的分類、系統的分類、機能的分類

 貨幣を分類する上で、その区別の基準となる軸には、以下のようなものがある:

 

 ・重量測定的か、公布的か

 ・無定型的か、定型的か

 ・重量測定に基づく支払手段か、表券的(個数・額面による)支払手段か

・本位貨幣か補助貨幣か

・正貨素材発生的か、自己発生的か

・正範的か、非正範的か

・金属板片的か、非金属板片的か

・受領が義務的か、任意的か、そしてそれに制限額が設けられているか

・兌換可能(暫定的)か、兌換不能(最終的)か

・政府がいくらでも受け入れ、支払いのために準備している貨幣か否か

 

表2 貨幣(支払手段)の発生的分類(genetische Einleitung)

支払手段 Zahlungsmittel

 

重量測定的 pensatorisch

正貨素材発生的でしかあり得ない

 hylo-genisch ※貨幣ではない

公布的 prokramatorisch

定型的(morphisch)でしかあり得ない

表券Charta(板片Platte、箇片・切手Marke)

 

無定型的

amorphisch

定型的(箇片)

morphisch

「表券的chartal」な支払手段が「貨幣Geld」である
(硬貨も表券である)

天秤で重量を測定せず、枚数・額面金額を数える

 

(I)

金属重量測定制

Autometallismus

authylisch

al marco

いちいち天秤で金属量を量る

(II)

仮想的な
ドゥカート貨

 

硬貨だが天秤で重量を測って使用されるもの。

 

正貨(貨幣)素材発生的

hylo-genisch

自己発生的

auto-genisch

 

(III)=[1]

正範的硬貨
(=正貨)

(IV)=[2]

非正範的硬貨

(正貨の地位にない金貨・銀貨)

(V)=[3]

金属板片的硬貨

(主に卑金属による硬貨)

(VI)=(4)

金属板片以外

(本来の紙幣)

 

 

           

 

出典: クナップ(2022[1905])、p.50より筆者作成

 

 これらについては、以下の表に基づいて分類してゆく。

 

2.1. 貨幣の発生的分類

貨幣(支払手段)の「発生的分類」は表2のように整理される。「発生的」とは、貨幣の名目額面(通用力)が何を起源とするのか、という意味であって、歴史的な貨幣制度上の位置づけの発生を意味するのではない。

 支払手段(債務解消の手段となる事物)は、貨幣でないものと貨幣に分けられる。クナップによれば、貨幣でないものとは、いちいち金属の量を天秤で測って利用される支払手段である((I)と(II))。秤を廃止することが重要な進歩であり、個数や額面を数えることによって通用する表券的な支払手段が貨幣となる。それは、金貨や銀貨であっても表券的支払手段ということになる。

 発生的という用語について、「正貨(貨幣)素材発生的」とは金属の価値が貨幣の額面(名目通用力)の起源であることを意味する。金貨や銀貨の額面は、その金属の価値と強く関係しているということである(金銀材料の市場価格が、金銀貨の額面とほぼ等しく保たれる)。それに対して、貨幣の額面が金属価値とほぼ無関係に決まっているものを、おのずと名目通用力が(政府の公布によって)与えられたものとして、「自己発生的」と呼んでいる。現在の日本の紙幣や硬貨は基本的に全てこれにあたる((V)=[3]および(VI)=[4])。

 表の(III)=[1]は、正範的硬貨すなわち正貨のことであり、前節で説明した条件を満たす正貨である。たとえ貴金属貨幣であっても、その条件を完全に満たさないものは正貨ではなく、非正範的硬貨となる(IV)=[2]。

 

2.2. 貨幣の系統的分類

 表3の、「貨幣の系統的分類」は、表2の「発生的分類」とそれほど大きな違いはないが、貨幣でない支払手段(重量測定的なもの)は除去されている。表2と表3の対応関係を見ながら概念整理を行っていただきたい。

 

表3 貨幣の系統的分類

貨幣 Geld

正貨(貨幣)素材発生的

hylo-genisch

自己発生的

auto-genisch

正範的

Ortho-typisch

非正範的

金属板片的

metall-platisch

非金属板片的

 

[1]

正貨 bares Geld

[2]

兌換紙幣など

正貨でない貴金属貨など

[3]

ターラー貨

銀鋳貨(低品位)

ニッケル貨・銅貨

[4]

自己発生的紙幣

papiroplatiches

autogenisches Geld

出典: クナップ(2022[1905])、p.73より筆者作成

 

2.3. 貨幣の機能的分類

 表4の、「貨幣の機能的分類」は、当該時点の貨幣セット(用いられている様々な貨幣の組み合わせ)の中に様々なあり方の貨幣が含まれるときに、どの素材の貨幣がどのような機能を果たしているかを示している。義務的貨幣とは、債権者がその貨幣で債務の解消を求めた場合、金額にかかわらずそれを受領して債権を消滅させなければならないものである。それに対して、任意的貨幣とは、その受領と債権消滅を断ることができるものである。これは、支払額に応じて扱いが変わるものがある。現代の日本でも、硬貨には義務的受領の限度額がある。表4に示されたように、無制限貨幣、純粋な任意貨幣、制限貨幣の区別がある。

 

表4 貨幣の機能的分類

支払額を考慮しない

支払額に応じて扱いが変わる(限度額)

義務的 obligatorisch

任意的 fakultativ

義務的 ⇆ 任意的

無制限貨幣 Kuralgeld

純粋な任意貨幣

制限貨幣 Scheidegeld

(独) 金貨・ターラー貨

(独)国庫証券

(独)国法規程に従った銀貨

ニッケル貨、銅貨

(現代) 本位の紙幣

 

(現代) 硬貨

出典:クナップ(2022[1905])、p.102より筆者作成

※(独)とある行は19世紀後半におけるドイツの貨幣であるが、時期によって異なるので注意

 

 表5は、主に本位貨幣と補助貨幣の区別を示している。義務的受領か任意的受領か、最終的(兌換不能)か暫定的(兌換可能か)といったことによって、区別がなされる。受領が義務的な最終的貨幣であり、政府としてもそれを用意して政府支出に用いて、受け取り手にその受領を強制するものが本位貨幣である(また本位貨幣は、政府がその素材の品位にかかわらず政府に対する支払に際しては無制限に受け容れる)。本位貨幣でないものはすべて補助貨幣である。これも表4と照らし合わせて理解されたい。

 

表5 国庫からの支払からみた貨幣の機能的分類

義務的受領 obligatorisch

任意的受領

fakultative

最終的貨幣 definitives Geld

暫定貨幣(兌換可能)

provisorisches Geld

政府が用意し受領を強制

政府が用意しない

本位貨幣

Währung

補助貨幣 (制限貨幣を含む)

akzessorisches Geld (inkl. Scheidegeld)

※ 正貨が補助貨幣になることもある

       

出典:クナップ(2022[1905])、p.105より筆者作成

 

2.4. 本位通貨の類型

表6は、本位通貨の類型を示したものである。繰り返すが、本位通貨は正貨(I)とは限らず、非正貨(非金属の板片や紙片)などの非正貨を本位通貨とする場合もある(現代の主要国の貨幣がそうである)。また、正貨であっても、正貨素材相場規制が不完全(コインが摩耗しても放置するなど)の場合(a)もあれば、素材相場規制が機能している場合(b)もある。(b)の場合でなければ、正貨の額面と素材金属重量の関係は固定されない。

 

 

表6 本位通貨の類型

 

(a) 正貨素材相場規制が不完全

(b) 正貨素材相場規制が機能

I. 正貨セット

1.銀

2.金

 

I. 1a

I. 2a

 

I. 1b

I. 2b

II. 非正貨セット

1. 金属版片

2. 紙片

 

II. 1a

II. 2a

 

II. 1b

II. 2b

出典:クナップ(2022[1905])、p.120より筆者作成

 

  1. 通用と国庫への滞留

 上記の概念整理から、政府が本位貨幣および補助貨幣と定めたものが、その名目的額面に基づいて通用することが理解できたであろう。ただし、補助貨幣は本位貨幣以上のプレミア(含有金属価値が額面よりも高いこと)があれば、退蔵されて流通しない。補助貨幣はディスプレミアがなければ支払いに使われず、流通しない(「悪貨は良貨を駆逐する」というグレシャムの法則は、このことに関係する)。

 他方で、政府は悪化でも本位貨幣を受け入れなければならない。それは、正貨よりも品位の低い補助貨幣を、人々は政府に対する支払いに優先的に用いることを意味する。その結果、補助貨幣が国庫に滞留する。これは、たとえ政府が均衡財政を維持できていたとしても、政府の財政を悪化させる一因となる。そのため、価値の低い補助貨幣が滞留した場合、政府には通貨の品位を下げる改鋳を行う必要性が生じる。

 

4. さいごに

以上のとおり、クナップの貨幣概念を整理してきた。

クナップの書籍が出版されたのは1905年であり、その頃の主要国が金本位制を採用していたことから、金属主義的貨幣観が常識であった。しかし現在では、いずれの主要国も、銀行券という不換紙幣を本位とする貨幣制度を採用している。このことはクナップの先見の明を示していると思われる。

クナップの書籍は、こなれた日本語訳によっても難解であるので、本稿を参照しながら、概念整理しつつ読み進めていただければ、必ずや理解が深まるものと思われる。ご活用いただければ幸いである。

 

PDF版DLはこちら↓ 

 drive.google.com

 

 

ミクロ経済学のための貨幣循環

youtu.be

制作・解説:朴勝俊(関西学院大学教授)

 

ミクロ経済学の貨幣循環」というタイトルで、貨幣と財政の本質をわかりやすく解説した動画です。政府の貨幣発行だけでなく、岸昌三先生の論文「貨幣循環」の事例に基づき、民間の生産活動の営みを支える民間銀行の貨幣創造と、返済による貨幣破壊までのサイクルについても説明しました。このことが説明されているミクロ経済学の教科書は、私の知る限り無いと思います。

 

動画のスライドは以下からDLして頂けます。

 

drive.google.com

【参考資料】新しいBIS実効為替レート指数

BIS研究者による実質実効為替レートの解説を翻訳しました。全文はPDFファイルをダウンロードしてご覧下さい。なお、翻訳には誤りがありえます。引用のさいは原典をあたってください。

 

新しいBIS実効為替レート指数

Marc Klau and San Sau Fung 著

朴勝俊 翻訳

 

<はじめに>

 BISの実効為替レート(EER)指数が拡大・更新された。新しい指数は、一貫した方法論に基づいて52カ国をカバーしており、時間を通じて変化するウェイト付けを使用することで、世界貿易の最近の動向を反映している。新たに算出された指数は、BISのウェブサイトで公開されている。

 実効為替レート(EER)は、単一の二国間レートよりも為替レートのマクロ経済的効果をよりよく示す指標である。名目実効為替レート(NEER)は、二国間為替レートの加重平均の指数である。実質実効為替レート(REER)は、NEERを相対価格や相対費用の指標で調整したものであり、REERの変化は名目為替レートの変化と、貿易相手国に対するインフレ率の差との両方を考慮している。政策分析や市場分析においてEERは、国際競争力の指標として、金融・財務状況指数の構成要素として、外的ショックの伝達の尺度として、金融政策の中間目標として、あるいは運用目標として、様々な目的に用いられている2。したがってEERの正確な測定は、政策立案者と市場参加者の双方にとって不可欠である。


 BISは1993年以来、BIS出版物や中央銀行会合のための研究支援の目的と、より短期的な分析や市場の監視の目的で、27の経済圏のEERを用意してきた。当初のEER指数のウェイトづけの体系は、単に1990年の貿易フローに基づいていた3。しかし過去10年間の、世界の貿易分野における急速な発展によって、対象範囲の拡大と貿易のウェイト付けの見直しが必要となった。本特集では、まずBISの新EER指数の要点を説明する。

 

全文翻訳PDFファイルはこちらからDLできます。

drive.google.com

実質実効為替レートは高いほうがよいのか?

2022年1月26日 朴勝俊著

 

■ はじめに

 日本経済新聞(日経)が、「円の実力低下、50年前並み、弱る購買力、輸入に逆風 消費者、負担感増す」というタイトルの記事を出しました(2022年1月21日)。記事は冒頭部分で以下のように述べています。

 

円の総合的な実力が50年ぶりの低水準に迫ってきた。国際決済銀行(BIS)が20日発表した2021年12月の実質実効為替レート(10年=100)は68.07と1972年の水準に近づいた。日銀は円安は経済成長率を押し上げると主張するが、同レートの低下は物価低迷と名目上の円安が相まって円の対外的な購買力が下がっていることを示す。消費者の負担感も増すことになる。

 

 興味深いのは、日経が実質実効為替レートの定価について、「円の対外的な購買力が下がっている」と否定的な評価を下しているのに対して、日銀は「経済成長率を押し上げる」と肯定的にとらえていることです。どちらの見方が妥当なのでしょうか? そして難しいのは、「実質実効為替レート」の正体です。「為替レート」だけでも難しいのに、「実質為替レートだけでも難しいのに、「実質実効為替レート」とはいったい何なのでしょうか?

 結論から述べましょう。正しいのは日銀です。私たちには「消費者・海外旅行者」としての側面と、「生産者・労働者」としての側面があります。そして一般論として、消費者・海外旅行者としての私たちにとっては円高が有利ですが、生産者・労働者としての私たちにとっては、円安の方が有利です。円安によって、実質GDPが上がりやすくなり、産業空洞化が起こりにくくなり、雇用が増えやすくなり、賃金が上がりやすくなります。他方で、実質実効為替レートの高さは「円の実力」などではなく、日本で作られる製品の「国際的な価格競争力の弱さ」を示す指標ととらえるべきです。

 

■ 円安のデメリットとメリット

 日経がいうように、現在の円安が好ましくないものだとしたら、政府と日本銀行は、人為的にむりやり円高にする政策を実施することは、やろうと思えばできます。政策金利をむりやり引き上げれば、金利を稼ごうという金融機関や資産家が、巨額の資金を日本に移します(日本円の需要が増えて円高になります)。そのようなことをすべきでしょうか?

「消費者・海外旅行者としての私たち」にとって、円安のデメリットは明らかです。海外からの輸入品(外国車、ワイン、エネルギー資源)の価格が高くなりますし、海外旅行に行ったときには、レストランでの食事が高価になります。多くの人々が、円安を嫌がるのは当然のことです。

 でも、国内で働く「生産者・労働者としての私たち」にとっては、円安の方が有利になります。むしろ円安の方が「安全だ」といった方がよいでしょう。円安になった方が、実質GDPが高くなり、雇用が増え、賃金が上がりやすくなると考えられます。いや、雇用が増えなくても、賃金が上がらなくても、解雇や賃下げの危険性が低下するのです。そして、私たちの多くは、消費者であるまえに生産者・労働者として、収入を得なければならないことを、忘れてはなりません。

これは、標準的なマクロ計量モデルの試算をみれば理解できるでしょう。内閣府の「短期日本経済マクロ計量モデル(2018年版)を参照しましょう[1]。シミュレーション分析によれば、基準ケースと比べて10%だけ円安にするにすると、実質GDPは上昇し、失業率は若干下がり、時間当たり賃金が上がるということです。他の例を網羅することはここではできませんが、「普通につくられたモデル」なら同様の結果になると思われます。その理由は、簡単に言えば日本製品が割安になり、国際的な価格競争力が強くなるからです。

 

図表1: 内閣府の短期日本経済マクロ計量モデルによる円安効果の試算

f:id:ParkSeungJoon:20220128101151j:plain

出典: 丸山ほか(2018)

 

 逆にいえば、円高によって国内生産者の価格競争力が弱くなります。外国製品の安さに太刀打ちできなくなるのです。ひどい円高が続くと、日本国内の生産がやってゆけなくなり、工場ごと海外に移転するケースが増加します(これが産業空洞化です)。その影響で解雇や賃下げが進み、不況やデフレにつながるのです。実際にそれは、2010年頃に起こったことです。日本経済研究センターによれば「円高で輸出採算が悪化すれば、企業は海外に生産をシフトする傾向が強まる。経済産業省(2019)によると、製造業の現地法人生産比率は国内全法人ベースで08年に17%だったが、徐々に高まって15年には25%を初めてこえた。輸送機械、はん用機械などの加工型で現地生産比率が高い」ということです[2]。このように空洞化が進んだので、円安のメリットは弱くなった、という発言も聞かれます(この記事も、そういう意味あいがあります)。中にはメリットは無くなったと極論する人もいます。しかし、25%超が現地生産(海外での生産)になったということは、まだ7割以上が国内生産だということですから、円安のメリットはまだまだあるのです。

 

 

■ なぜ円安が生産者・労働者にとって有利なのか: 名目為替レートで考える

 ここからは、できるだけ単純な想定のもとで、円安の方が生産者・労働者にとって有利であることが、直感的に、本質的に理解できるよう説明を進めます。

世界には日本と米国の2国があり、両国とも自動車だけを生産しているものとします。両国の自動車は全くおなじスペック(同種同質)とします。このような想定をするのは、国の数が増えたり、財の数が増えたり、品質の違いを考慮すると話がたちまち複雑になるためです。同じようなものを、お互いに貿易しあうことを「水平貿易」といいます。このとき、国際的な「裁定取引」が働きます。単純化のために、さらに輸送費や取引費用もゼロと考えます。

 

  •  平価が成立する名目為替レート

 日米で全く同種同質同サイズの自動車が、日本では1台100万円、米国では1台1万ドルで売っているとしましょう。この時、名目為替レートが1ドル=100円の時だけ、日米の両市場で、価格が等しくなります(名目為替レートとは1ドル100円といったおなじみの為替レートです。数字が高くなると円安です)。

 

[日本市場] 日本車[100万円/台]=米国車[100万円/台]

[米国市場] 日本車[1万ドル/台]=米国車[1万ドル/台]

 

このとき、貿易商人にとっては、わざわざそれ以上、自動車をどちらかの国で安く買って、相手国に運んで売って、利ざやをかせぐことはできなくなります。このように価格が等しくなることを「平価が成立する」と言います

 

  •  円安になったら?

 これが、もし1ドル=200円の円安になったらどうなるでしょうか。1万ドルの米国車は日本では200万円に、100万円の日本車は米国では5000ドルになりますね。

 

[日本市場] 日本車[100万円/台]<米国車[200万円/台]

[米国市場] 日本車[5000ドル/台]<米国車[1万ドル/台]

 

どちらの市場でも日本車の方が安くなります。このとき、商人は、日本車を調達して米国で売ると、利ざやを稼ぐことができます。ですから、日本車の輸出が増えるのです。このことは、為替レートが是正されて、再び日本車と米国車の価格が両市場で一致するまで続きます。

 

もし、1ドル=50円の円高になったらどうでしょう。このとき1万ドルの米国車は日本市場で50万円に、100万円の日本車は米国市場で2万ドルになります。

 

[日本市場] 日本車[100万円/台]>米国車[50万円/台]

[米国市場] 日本車[2万ドル/台]>米国車[1万ドル/台]

 

どちらの市場でも、日本車の方が高くなり、売れにくくなることが分かります。このとき貿易商人は、米国車を調達して日本で売ると、利ざやを稼ぐことができるようになります。つまり円安の結果として日本では米国車の輸入が増えて、貿易収支は赤字に向かいます。このことは、両国の自動車価格そのものが替わらない場合には、名目為替レートが是正されて、再び日本車と米国車の価格が両市場で一致するまで続きます。

 

同様のことは、他の全ての「貿易可能な商品(貿易財)」について言えます。貿易財とは、国境を越えて持ち運びができるモノだということです。輸出品か、主に国内で消費されている商品かは、関係ありません。円安になっても輸出業者しか儲からない、というのは誤りです。主に国内向けのモノを生産している業者にとっても、円安は、安い外国製品の輸入を防いでくれるので、メリットがあるのです。

ちなみに、貿易不能な商品(非貿易財)とは、料理店や床屋などが提供する、基本的にその場で消費するサービスのことです。誤解されがちですが、マクドナルドのビッグマックは貿易可能な商品ではありません。

 

ここまでをまとめますと、

 

・平価に相当する適正為替レートだと、輸出入が落ち着く 

・円安だと、日本製品が輸出されて、貿易黒字につながる

円高だと、外国製品が輸入される、貿易赤字につながる

 

ということになります。ミクロ経済学の基礎の基礎である「裁定取引」を考えただけでも、ここまで理解できますこれを踏まえて考えれば、円安になるほうが、日本製品の価格競争力が強くなり、売上が増えて、生産者・労働者にとっては有利になることが分かります。つまり実質GDPが増えて、産業の空洞化が防げて、雇用が増えやすくなり、賃金が上がりやすくなるのです。

 

 

■ 実質為替レートは「価格競争力の弱さ」を意味する

1ドル100円といった、おなじみの為替レートを名目為替レートと言うのでした(数字が高くなると円安です)。これに対して、実質為替レートは、両国の商品の価格の違いが勘案された為替レートということです。これはどういうことでしょうか? 前節と同じ想定で、平価が成立していたときを基準に考えましょう。

e[円/ドル]をおなじみの名目為替レート(数字が高くなると円安)としますと、

 

100[万円/台]=e[円/ドル]×1[万ドル/台]

 

が成立するときが、たまたま平価が成立するときです。そのときのeは100でなければなりません。右辺の単位を約分してゆくと、左辺の単位に一致することを確認してください。この式を少し変形させて、実質為替レートは次のように定義されます。

f:id:ParkSeungJoon:20220128101948j:plain

この右辺の単位に注目してください、[/ドル]×[万ドル/台]÷[万円/]と、単位どうしを約分してやると、全部消えてしまうことが分かります。したがって、ここでいう実質為替レートは単位のない、1を基準とする数値となります。なお、ここでは大小関係の意味で、名目為替レート(e)と同じ見方ができるように、実質為替レートの数値が高くなるほど、円安になるようにしています。この数字は、何を意味しているのでしょうか? 分子は米国車の価格を円換算したものであり、分母は日本車の価格です。ですから、実質為替レートは、米国車と日本車の相対価格ということになります。これは、1台の米国車が日本車よりも何倍高いのか、ということです。実質為替レートを考える時には、もはや、価格そのものや、名目為替レートそのものを無視して、モノ同士をみて、どちらが高いのかを考えるものだということです。

 

  •  平価が成立するとき実質為替レートはどうなるか

平価が成立するとき、e=100ですから、

 

実質為替レート=100[円/ドル]×1[万ドル/台]÷100[万円/台]

 

となります。したがって実質為替レートは1となります。米国車と日本車の値段が同じだということです。

 

  •  名目為替レートが円安になったとき実質為替レートはどうなるか

円安になって、e=200になったら、

 

実質為替レート=200[円/ドル]×1[万ドル/台]÷100[万円/台]

 

となります。したがって実質為替レートは2となります。米国車が日本車の2倍高くなるということです。これは日本車の方に2倍の価格競争力(安さを武器にする強み)があるということです。これが「実質的な円安」の意味するところです。日本市場でも米国市場でも、日本車の方が安くなって、売れやすくなるのです。

 

  •  名目為替レートが円高になったとき実質為替レートはどうなるか

円高になって、e=50になったら、

 

実質為替レート=50[円/ドル]×1[万ドル/台]÷100[万円/台]

 

となります。したがって実質為替レートは0.5になります。これは、日本車が米国車の2倍高くなるということです。これが「実質的な円高」の意味するところです。このことは、日本車の価格競争力が半分まで悪化したことを意味します。日本市場でも米国市場でも、日本車が高くなって、売れにくくなるのです。

 

  •  自動車の価格が変わったら実質為替レートはどうなるか

ここまでは、名目為替レートeの変化だけで説明しましたが、それぞれの国内の自動車価格の上昇が起こった場合にも、実質為替レートが変化します。ここでは、話を分かりやすくするために、例えば、名目為替レート(e)は100のままで、日本車の値段だけが2倍になった場合を考えましょう。1台200万円になった場合のことです。

 

実質為替レート=100[円/ドル]×1[万ドル/台]÷200[万円/台]

 

ゆえに、実質為替レートは0.5となります。これは、実質的な円高を意味します。これは日米どちらの市場でも、日本車1台の価格が米国車1台の価格の2倍になったことを意味します。このことは、日本車の価格競争力が半分まで悪化して、売れにくくなったことを意味します。平価は実質為替レートが1の場合なのですから、平価よりも実質為替レートが円高になると、米国車が日本に押し寄せて、貿易赤字が増えます。貿易赤字は円安につながります。価格を固定して単純計算すれば、名目為替レート(e)が200[円/ドル]まで円安になれば、実質為替レートが1になって、平価が回復されることになります。

 

実質為替レート=200[円/ドル]×1[万ドル/台]÷200[万円/台]=1

 

  •  対外切り下げと対内切り下げ

このように、円が下落できれば(対外切り下げexternal devaluationできれば)、国内産業は値下げや賃下げの努力をさほどしなくても、国際競争力を回復できます。GDPも雇用も賃金も(自国通貨でみるかぎり)高く保つことができます。これがもし固定相場になりますと、無理して賃下げ・値下げをしないといけなくなります。

たとえば、ギリシャなどのユーロ加盟国は、ドイツなどより競争力が低いのに、強い通貨を使うことになってしまいました。実質為替レートが上がり、国内産業の価格競争力が低下しました(そして貿易赤字が増え、対外負債が増えました)。しかし、ユーロに加盟してしまったために、通貨を切り下げることはできません。そのため、経済危機の後には、失業を増やして、賃金を下げて、デフレを起こして、対内切り下げを行うことで、価格競争力を回復させることを強いられたのです[3]。産業の空洞化が一層すすんだことは言うまでもありません。他方、金融危機に見舞われた小国アイスランドは、通貨がいっとき暴落したことによって、漁業や観光業の価格競争力が回復し、その後は経済も回復しました。

 

  •  実質為替レートは「円の実力」ではない

ここまで読んでいただいて、実質為替レートは「日本製品と外国製品の価格比」にすぎないことが分かっていただけたでしょうか。価格比(相対価格)に過ぎないものが、「円の実力」という意味を持つことはありません。このことは極端な例で考えると分かりやすいでしょう。平価の状態から、いわゆるハイパーインフレが進んで日本車の価格が1万倍に上がり、名目為替レートの値が5000倍の50[万円/ドル]まで円安になったとします。米国車のドル価格はそのままとします。すると、

 

実質為替レート=50[万円/ドル]×1[万ドル/台]÷100[億円/台]=0.5

 

となり「実質的な円高」になります。日本車の方が、米国車より2倍高くなった計算になります。それでも、この状態を「円の実力」が高くなった、とは誰も言わないでしょう。

 

 

■ 実効為替レートは「為替レートの加重平均」である

名目為替レートと実質為替レートについて理解ができたら、実効為替レートの話に進みましょう。

実効為替レートとは、貿易相手国が複数ある場合に、全ての貿易相手国に対しての平均的な為替レートを計算したものです。貿易相手国の貿易シェアなどでウエイト付けをして、為替レートを「加重平均」したものです。これには、名目の実効為替レートと、実質の実効為替レートがあります。実効為替レートは、過去のある時点(基準時点)の値を100として、時間を通じての相対的な変化を見るモノです。そのため、より正確には実効為替レート指数(effective exchange rate index)と呼ぶべきものです。

実効為替レートは、それぞれの貿易相手国との2国間の為替レートについて、ある時点を「基準時点」として、その何倍になったかを計算して、それを加重平均して計算します。この場合の基準時点は、あくまでも恣意的なもので、その時点に種類の異なる様々な商品について平価が成立していたとか、貿易が均衡していたという意味ではありません。例えば、最近の実効為替レート指数は、2010年を100にしているのに対して、当時いわゆる「ビッグマック平価」がほぼ成立していました[4]。でもこれはあくまで偶然ですし、そもそもビッグマックは貿易財ではありません。

実効為替レートを考える場合には、おなじみの為替レート(eの数字が大きくなるほど円安)とは逆に、数値が下がった場合の方が円安に見えるように、数字を設定するのが慣わしです。少し難しくなりますが、以下に計算方法の考え方を示します。あくまで「実効」とはどういうことか、「加重平均」とはどういうことかが理解できるようにするためだけに、ここまでと同様の単純な想定で話を進めます。生産物は自動車だけという単純な想定のまま、貿易相手国の数だけを2つに増やして、計算方法の概略を説明します(実際の計算はもっと複雑ですが、本質は同じです[5])。

 

  •  名目実効為替レートの計算方法

日本の貿易相手国が欧州(ユーロを使う)と米国(ドルを使う)だけだったとして、貿易シェアが40%と60%(合わせて100%)だったとします。基準時点を2010年として、そのときの円対ユーロ為替レートが120[円/ユーロ]、円対ドル為替レートが100[円/ドル]だったとします。そして2022年現在、円対ユーロ為替レートが130[円/ユーロ]、円対ドル為替レートが115[円/ドル]だったとします(この数値例では、どちらの経済圏に対しても円安が進んだことになります)。このとき、次の式のような計算をします。

f:id:ParkSeungJoon:20220128102103j:plain

この式の右辺の、最初の100は、基準年の値を100にするためのものです。括弧内は、基準年の数字が分子、現在の数字が分母です。これを0.4乗や0.6乗をしながら掛け算することで、シェアを考慮した加重平均をとることができています。結果は89となります。これは、2010年時点を100として、外国に対する平均的な為替レートが今では89まで下がったことを意味します。数字が下がったので、円が全ての貿易相手国に対して、名目為替レートが平均的に1割ほど割安になったということです。繰り返しますが、あくまで「2010年に比べて」割安になったということですので、本当は2010年に割高だったということなら、いまちょうど良くなっているのかもしれない、という解釈も可能です。

 

  •  実質実効為替レートの計算

 実質実効為替レートは、本稿の例でいえば、相対価格の変化となります。基準時点を2010年として、そのときの日本と欧州の、自動車でみた実質為替レートが2(欧州車が2倍高い)、日本と米国の実質為替レートが1(日本車と米国車の価格が等しい)だったとします。そして2022年現在では、対欧州実質為替レートが3(欧州車が3倍高い)、対米実質為替レートが2(米国車が2倍高い)になったとします(どちらの経済圏に対しても、円安が進み、日本の競争力が高まっています)。このとき、以下のような計算をします。右辺の最初の100は、基準年の値を100にするためのものです。括弧内は、基準年の数字が分子、現在の数字が分母です。これを0.4乗や0.6乗をしながら掛け算することで、シェアを考慮した加重平均をとることができています。

f:id:ParkSeungJoon:20220128102832j:plain

これは、2010年時点を100として、外国車に対する日本車の相対価格が現在では56まで安くなり、国際競争力が2倍近くに高まったことを意味します。決して「円の実力が下がった」わけではありません

 

実際に公的機関などが計算する実質実効為替レートをもとめる際には、計算に使う2国間の実質為替レートを求めるさいの価格は、ひとつの財の価格ではなくて、たくさんの財の価格の加重平均をとった物価指数が使われます。これによって、計算式の見た目もずいぶん変わりますが、考え方は基本的には同じことです(ただし物価指数はふつう、各国の国産品の価格だけではなく輸入品の価格にも影響されるものですので、これらを用いた実質実効為替レートとは、じっさい何を計算しているものなのかが、若干あやふやになります)。目的によって、消費者者物価指数や企業物価指数、輸出物価指数など、異なる物価指数が使われ、この物価指数の選択によって結果が異なります[6]

 単純に言えば、以下のような計算が行われます。

f:id:ParkSeungJoon:20220128103144j:plain

 ただし、I(アイ)を国名記号(IがEなら欧州、Aなら米国、Jなら日本)として、は2010年の日本とI国の名目為替レート[円/ユーロまたは円/ドル]、はI国の物価指数です。公的機関などが発表する実質実効為替レートは、実際にはもっとたくさんの貿易相手国を含めてもっと複雑な計算がなされますが、そのさいも本質は同じと言えます。つまり、この指数は「円の実力」ではなく、日本のモノやサービスが外国のモノやサービスに比べて、平均的にどれだけ高くなったのかを示すものなのです。

 

 

■ 水平貿易と垂直貿易

 ここまでは、同じモノを貿易しあう「水平貿易」を想定して、円安の方が価格競争力の面で有利になることを、明らかにしてきました。しかし実際には、円高になった方が有利になると考える人が多くいます。そのような人たちは、実質的な円高になることを「交易条件が改善した」と言って歓迎する場合が多いです。
 確かに、自分の国で作れないものを貿易しあう「垂直貿易」の場合には、一般に交易条件が良くなる方が自国にとって有利だと考えられます。日本の場合は、石油などのエネルギー資源を輸入せざるをえないので、国際原油価格の上昇が原因であれ、円安が原因であれ、これらの価格が値上がりすると不利になりますし、GDPにも悪影響が及びます。とはいえ、交易条件がよくなった場合でも、実際には日本は、モノを売って外貨を仕入れて、その外貨で石油を買わないといけないので、必ずしも円高が望ましいとは言い切れません。

また「霜降り和牛肉」や「夕張メロン」のように、他の国ではなかなかマネできないような、事実上日本でしか作れないような品物は、生産者にとって、高ければ高いほどよいかもしれません。しかしこれも長い目で見れば、高値で売れることが分かった外国の生産者が、頑張って同じようなものの生産を実現させる可能性があります。

 

 

■ 結論

一般に、消費者・海外旅行者としての私たちには円安よりも円高の方が有利ですが、生産者・労働者としての私たちにとっては円高よりも円安の方が有利です。そして、私たちの多くは、生産者・労働者として収入を得て、初めて消費ができますので、総じて円安の方が有利と考えられます。

実質実効為替レートは「円の実力」を示す指標ではなく、本質的にみれば、日本製品の価格競争力の弱さを示す指標です。これが平価に相当するときには、どの国の市場でも、日本製品と外国製品の価格がだいたい同じになって、貿易収支がある水準で安定すると考えます。それよりも、実質的に円高になると、日本製品がどの国の市場でも価格競争力を失うことになり、輸出が減って輸入が増え、貿易赤字が増えると考えられます。ですから、いまが円安であることを不安視して、金融引き締めで円高誘導するような政策をとれば、実質GDPは低下し、空洞化が進み、失業が増え、賃金が下がる恐れがあります。

 それでも、円安によって一時的に物価が上がり、それが生活の負担になる人がいることは事実です。特に現在は、円安と同時に国際エネルギー価格が上昇している局面のようです。それに対しては、円高誘導するよりも、政府がおカネを作って、消費税減税や一律給付金の支給などを行って、収入のほうを底上げしてあげるほうが正しい政策だと言えるでしょう。

 

[1] 丸山ほか(2018)「短期日本経済マクロ計量モデル(2018年版)の構造と乗数分析」ESRI Research Note, No. 41. Sep. 2018.

[2] 小野寺敬ほか(2019)「円安メリット薄れる国内産業 -原発停止や海外現地生産が背景に-」JCERニュースコメント、円安の産業連関表分析、公益社団法人日本経済研究センター、2019年11月18日。経済産業省(2019)『第48回 海外事業活動基本調査概要(2017年度実績/2018年7月1日調査)』

[3] ギリシャ元財相で経済学者・政治家のバルファキスは、次のように書いています。「通貨切り下げは国債競争力を回復するための一般的な方法だが、ギリシャはユーロを使っており、通貨切り下げによって外国からの投資を呼び込むことはできない。その代わり、劇的な緊縮策を用いれば、「対内切り下げ(internal devaluation)」として知られる効果によって、同じ結果が得られる。なぜか? 政府支出を大幅に削減すれば物価や賃金が下落する。するとギリシャのオリーブオイルや、ミコノス島のホテル宿泊料、ギリシャの船舶運賃などが、ドイツやフランス、中国の顧客にとって、ぐっとお手頃になる」(バルファキス(2019)『黒い匣』明石書店、p. 55)。

[4] 英国エコノミスト誌によれば、ビッグマックの価格比から計算されるビッグマック平価は85.71[円/ドル]、実際の為替レートは87.18[円/ドル]で、その差はわずか1.7%でした。参考URLは https://www.economist.com/big-mac-index/

[5] 本当の計算方法を知りたい人は専門の文献に当たってください。教科書としては例えば、高木信二(2011)『入門 国際金融(第4版)』日本評論社、入手容易な論文としては、例えば、幸村千佳良(2012)「実効為替レートの計算方法について」『成蹊大学経済学部論集』43(1)、pp. 37-50、を参照。

[6] 国際決済銀行(BIS)や国際通貨基金(IMF)、経済協力開発機構(OECD)、欧州中央銀行(ECB)、イングランド銀行、米国FRBなど様々な機関が、それぞれの定義で、名目と実質の実効為替レート指数を計算しています。その定義の違いは、BISの資料に要約されています。Klau et al. (2006) “The new BIS effective exchange rate indices” BIS Quarery Review, March 2006, p. 64.

 

 

全文PDF版ダウンロードはこちら

drive.google.com

【みんなのお金の紙芝居シリーズ・ショート】日本のような国で財政破綻が起こらないのはなぜか?ー中・上級者向け解説動画

今回は、積極財政の説明をする必要がある人のための、短かめの10分の動画です。

 


www.youtube.com

 

貨幣と財政の本質をとらえた積極財政論の根拠説明の中でも、比較的むずかしい、(1)政府支出と国債発行で貨幣が生まれる、(2)国債は借り換えるもので、それは常に可能だ(日銀乗換と民間金融機関借り換え)、ということのロジックを、4部門バランスシート模式図で説明しました。これで、ひとまず、必ずしも課税をしなくても政府支出がまかなえることと、国債の借り換えは常に可能だということが、説明できるようになるでしょう。

 

今回の動画は、基本的な知識をお持ちの中・上級者向けに、上記の論点だけを説明したものです。民間銀行の信用創造や、インフレ抑制の方法、課税がお金を消すしくみ、などは扱っていません。

 

基礎から学びたい方は、まず

「【動画】国の借金を返すとおカネが消える-池上彰さんの「国の借金1100兆円」にこたえて」

parkseungjoon.hatenadiary.com

 

または
財政破綻論は本当か」


www.youtube.com

をごらんください。

 

また、朴勝俊&シェイブテイル(2020)『バランスシートでゼロからわかる 財政破綻論の誤り』青灯社、をお読みくださいませ。

https://www.seitosha-p.com/2020/06/post-97.html

www.seitosha-p.com